拳とは何か
「拳とは何か――貴様らに、それが見えるのか」
羅刹王の言葉が、万象を断ち切るように響く。
空間は、止まっていた。
いや、止められていた。
拳の理によって、時間、空気、意志さえも封じられていた。
だが、ただ一つだけ、抗っていたものがあった。
――それは、「問い」。
「……なあ、太子」
煬帝の声が、虚空の中で響いた。
身体は動かない。
言葉も、肉体から発せられたものではない。
だが、**拳と拳が交じり合った“意志の共鳴”**が、それを可能にしていた。
「俺たちは……何のために拳を握ったんだろうな」
太子は、ただ目を閉じた。
そして、思い出す。
――子どもの頃。
理不尽に叩かれた農夫をかばって、父・用明に叱責された夜。
「王たる者は、秩序を保つべし」
「感情で動くな。人を守るとは、すなわち“距離”を置くことだ」
その言葉が、ずっと胸に突き刺さっていた。
けれど、違うと思った。
王もまた、民と同じ大地を踏み、同じ風に吹かれている。
“距離”を置くことは、思考を止めることだ。
だから、自ら拳を握る。
問いを、問いのまま保ち続けるために。
「煬帝……俺はね、
拳は“答え”じゃなくて、**“問い続けるための灯”**だと思ってる」
「問い……?」
「ああ。拳ってのはね、ただ誰かを倒すためにあるんじゃない。
自分自身を試すため、相手の存在を尊重するため……
“どうして戦わねばならなかったのか”を、後に残すための証なんだ。」
その瞬間――
太子と煬帝の周囲に、光が灯った。
それは拳の形ではなかった。
五芒星のような円環でもなく、剣でも、炎でもない。
ただ――**“呼吸”**だった。
生命が、拳の中に宿った。
「名を与えるか、太子」
「うん、これは……」
二人は同時に声を発した。
「天命照打!!」
拳が動いた――!
空間を封じていた羅刹王の“無”が、一瞬だけ“有”に変じた。
その刹那、太子の拳が動き、煬帝の拳が重なり、
交差する意志が、羅刹王の心臓を“突き抜けた”。
「……何っ……!? 貴様ら……! 拳が、理を超えている……!?」
ドオォォォン――!!!
羅刹王が、拳ごと吹き飛ばされた。
大地が震え、羅刹殿の天井が崩れ、拳の衝撃が“記憶”にまで刻まれる。
煬帝がぜえぜえと肩で息をしながら、笑う。
「へへっ……これは、もう“拳”じゃねえな……」
「うん……“存在の証明”だよ……」
だが、まだ終わらない。
崩れた天井の奥――
そこから、真なる羅刹王の姿が、ゆっくりと現れる。
いままでのは“封印体”。
本体は、拳の奥底に眠る“虚無そのもの”。
その瞳は、まるで宇宙の底に光る黒い星だった。
「よかろう……ならば、我が拳も、最終段階に入ろう。
王よ。拳士よ。問うがよい――お前たちは、この拳を超えられるか?」
最終決戦。
いよいよ、“羅刹の拳”の本質が明かされる。