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焔は心に宿る

 ふたたび拳が交差する。

 轟音はもはや聞こえない。

 炸裂するはずの衝撃が、羅刹殿の中心にて、吸い込まれるように沈んでいく。

 まるで魂と魂が等しい重さでぶつかったときだけに生じる、“無音の一撃”。


 その余韻の中で、太子と煬帝は、拳を組み合ったまま、わずかに体を離さない。

 互いの呼吸が、相手の胸を鳴らす。


「感じるか……?」

 太子が静かに呟いた。


「おまえの拳の奥にある“炎”……それは、おまえだけのものではない。

 王となった時から、おまえの焔は、民の痛みや、父への憎しみ、弟への嫉妬すらも呑み込んできた……」


「やめろ……やめろ太子……!」


 煬帝の仮面の奥の声は、まるで幼子のようだった。

 王でも帝でもない、一人の名もなき少年の呻き。

 その声を覆い隠すように、煬帝は拳を抜き、もう一度、太子を打とうとする。


 だが――拳は止まった。


 太子の手が、その拳を包んでいた。

 まるで、慈しむように、そっと、静かに。


「その拳には、まだ“温もり”が残っている。

 そしてそれは、かつて“誰かを愛した記憶”だ」


 煬帝の目が見開かれる。



 ――過去。


 父の冷たい言葉に背を向け、ただ一人の兄として、弟・楊俊の寝床に忍び込んだ夜があった。

 何か一つ、弟に与えられるものはないか。

 楊広が差し出したものは、小さな木彫りの獣だった。


 「兄上、これは……」


 「虎だ。“王の象徴”だ。おまえにはこれが似合う。……俺には、似合わない」


 弟は嬉しそうにそれを抱いて眠った。

 兄は背を向け、闇の中で泣いた。



 太子の声が届く。


「おまえが“王”を名乗るために捨てたものは……かつて、おまえが“王”ではなかった時に、持っていた宝物だ」


 煬帝の拳が、震え、力を失う。


「その拳に……そんな言葉を重ねるなッ……!」


 仮面が――砕けた。

 ひとつの拳でなく、太子の“想い”が、煬帝の仮面を壊したのだ。


 露わになった顔。

 そこにあったのは――老いた支配者の威厳ではなく、父に愛されたかった一人の少年の顔だった。


「俺は……何を……守ってきた……?」


 呆然と呟く煬帝に、太子はそっと手を伸ばした。

 そして、拳を開く。


「その答えは、これから見つければいい。俺のようにな」


 長き戦いの火種が、いま、ひとつの鎮火を迎えようとしていた。

 だが――その瞬間、羅刹殿の奥から、異様な音が響いた。


 ググググ……グワァアアン――!!


 太子が顔を上げる。

 煬帝も目を見開く。


「まさか……!」


「まだ、“誰か”がいるのか……?」


 羅刹殿、最奥の扉が開く。

 そこに待っていたのは、帝をも傀儡として操る、“真の黒幕”の影――!


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