表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/100

聖者、血を吐く

 激突。

 刹那、空気が千切れ、赤き炎が真横に流れる。羅刹殿の壁が剥がれ、石床が波のようにうねった。


 ――鳴ったのは、拳と拳がぶつかる音ではない。


 それは、思想と思想がぶつかった衝突音だった。


「この拳……ただの体術ではない……!」


 太子は呻く。口元から血が流れている。

 煬帝の拳には、力以上の「重み」があった。まるで、千年分の帝国の矛盾と哀しみが、拳に宿っているかのように。


「ふふ……感じたか、皇子よ。これが“帝拳”――」


 煬帝が仮面の奥で嗤う。


「この拳は、ただ敵を砕くだけではない。

 諸国を屈服させ、民の心を縛り、天命すら黙らせる……それが、王の拳だ」


 その言葉に、太子の眉が震える。


「民を縛ることが王の務めか……!」


 立ち上がる。

 鎧がひび割れている。肩は脱臼しかけ、肋骨に走る痛み。だが、太子はその目を閉じ、つぶやいた。


「“義を見てせざるは勇なきなり”。それが俺の拳の根だ……」


 言葉と共に、拳に光が宿る。

 紫電が指先から立ち上がる。それはまるで、空海の経文を拳に宿したかのように、静かで、荘厳だった。


「やはり……あの拳か」


 煬帝の声がわずかに低くなる。


「“十七条拳法”――仏と法と心の拳。

 かつて我が弟・楊俊を倒した、あの忌まわしき拳を……!」


 煬帝が、一歩、踏み出す。

 重い。羅刹殿が揺れる。まるで帝国の大地そのものが、主の意志に反応しているかのように。


 そして、拳を構える。


「いいだろう。次の拳――受け止めてみせよ、聖者よ。

 この拳に耐えられれば、貴様を“王”と認めてやる……!」


 次の瞬間、煬帝の全身が炎の中に消えた。

 それは拳ではない。紅蓮の奔流だった。神すら焼き尽くすと言われた「赤帝破軍撃せきてい・はぐんげき」が、太子を呑み込もうとしていた。


「十七条拳法――第十一条、『忿いかることなかれ』……!」


 太子が、静かに手を合わせ、

 そのまま、両の掌で空を斬った。


「――“慈風・天心崩”!!」


 瞬間。

 風が吹いた。炎が止まり、殿の空間が凍った。

 煬帝の拳が空を裂くも、太子の掌はすでに――そのすべてを受け止めていた。


「何……だと……?」


 煬帝の瞳が揺れる。


 太子の足元が崩れ、血が滲む。


「おまえの拳は、強い。だが――孤独すぎる」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ