冠位十二宮、霜華宮!!
長安の空に、凍てつく気が立ち込めていた。
冠位十二宮――その第二の門「霜華宮」。
門を守るのは、随の拳随士の中でも異色の存在とされる女、**霜花**である。
「ひとつ、訊いていいかしら?」
霜花の声は、まるで凍てつく薄氷を踏むようだった。
「なぜあなたたちは、帝に会いたがるの?」
秦河勝は前へ歩み出た。
その法衣の裾が、氷のような床に擦れる音だけが響く。
「東にて芽吹く理を、天に問うためだ」
「理、ね……つまらない」
霜花の身体が、霧とともに消えた。
「ッ!!」
次の瞬間、秦河勝の左頬が切り裂かれていた。
血が、白い霧に一筋の紅を落とす。
「見えなかった……!」
柿本人麿の瞳が揺れる。
「奴の拳は、霧と同化している――否、“見えさせない”拳……!」
河勝が低く息を吐く。
「理解した。貴殿の拳は……“存在を抹消する拳”。だが、聴こえる」
彼の足元の霧が、微かに揺れた。
――「聴心流・鳴鏡掌」
放たれた掌が、空を裂くように霧を払い――
「……外したの?」
再び、霜花の爪が背を切り裂いた。
「見えてるようで、見えてない。
聴こえてるようで、聴こえてない。
あなたの“心”は、まだ“寒さ”を知らない」
秦河勝が膝をついた。
血が、白い石ににじむ。
「河勝!!」
太子が叫ぶ。
だが河勝は振り返らず、微笑んだ。
「……太子。ここで退きます。
だが、彼女の“無”は、太子にこそ破れる道がある。
私は……まだ“聴けて”いなかったのかもしれない……」
そして、彼は霧の中に倒れ伏した。
静寂。
蘇我馬子が言った。
「……随には、ああいう“化物”もいるのだな」
小野妹子は呟く。
「この旅は、思った以上に深い地獄に入ったようだ……」
太子は、一歩前へ。
「次は……私が行こう。河勝の“聴けなかったもの”を、“見る”ために」
柿本人麿が長巻を背に、太子の背を見つめた。
「……太子よ、氷を割るのは、拳ではなく、心なのだろうか」
霜花の笑い声が、霧の奥で響いていた。