冠位十二宮、陽徳宮の番人を破る者!!
「太子、御出になられるか?」
そう問うたのは柿本人麿。
その背には長巻。口元にはまだ少年の面差しを残すが、瞳の奥には修羅が潜む。
だが、太子は首を横に振った。
「否。ここは彼が行くべき戦場だ」
静かに一歩、前に出たのは、淡墨の法衣をまとった秦河勝。
その姿を見て、番人・秦公羅睺の眼が細くなる。
「……なぜお前なのだ? その男(太子)こそが、お前たちの柱に見えるが」
「お前が“目”だけで見ているからだよ」
秦河勝の声は、まるで風のようだった。
羅睺が吼える。
「口先だけで我を侮るか! 来るがよい、東夷の法狂い!」
轟ッ!!
羅睺の拳が振るわれる。
「陽徳爆雷拳」――地を穿ち、風を砕くその拳を、秦河勝は真っ直ぐに受け止めた。
だが次の瞬間、その拳が、まるで泥のように崩れる。
「な……何だ、この力は……!」
「それは“聴く力”だ」
河勝の掌は相手の拳を包み、意識の芯を貫いた。
「我が拳は、あなたの怒りを聴いている。
あなたの義、あなたの憤り、あなたが誰のためにこの宮を守っているのか――それを、聴いた」
「貴様ァ……!!」
「ならば答えよう。拳で、聴いたものを」
――「天聖聴心流・応響掌」
それは音もなく振るわれた。
だが、次の瞬間、羅睺の体が宙に浮き、地へと叩きつけられる。
静寂。
誰もが声を失っていた。
柿本人麿は拳を握った。
「……見えなかった……ただの掌打が、あれほどの巨体を……!」
蘇我馬子は太子を見ず、天を仰いでつぶやいた。
「……あの男は、すでに我らを越えている。おそらく、帝さえも」
小野妹子は、ひとり嗤った。
「まこと愉快な随行だ。どこまで堕ちて、どこまで登るか……」
太子は静かに言った。
「彼は“法”の力を知っている。そしてそれを拳に変える覚悟を持っている。
それが、冠位の門を開いた鍵なのだ」
冠位十二宮・第一の門、「陽徳宮」――突破。
次なる門、「霜華宮」にて、さらなる死闘が待つ。
だがそのとき、霧の中より、ひとつの影が動いた。
「……聞こえたわよ、法の音。次は“氷”の番」
仮面の女拳随使・霜花が、静かに舞い降りる。