第五試練 魔童子 柿本人麿 3
夜の闘技場は、静寂に沈んでいた。が、それは一瞬のこと。
柿本人麿が詠い始めると、空気が裂けた。まるで天地そのものが、彼の詩に共鳴し、震えているかのようだった。
「響け、言霊。破れ、偽りの空。
この世は嘘なり、偽なり、狂気なり。
されど、詩だけは真なるもの。
ゆえに、我が言葉よ、世界を穿て――天壊詩篇!」
風が変わる。空がねじれる。瓦礫が舞い、法隆寺の屋根すら軋んだ。詩が現実を変えていく。かつて、こんな拳があっただろうか? 否、これは「詩拳」だ。詩で殴る。詩で殺す。
「来い、聖徳太子!お前の拳で、詩を超えてみろよッ!」
太子は前へ出る。顔に焦燥も、怒りも、恐れもなかった。代わりにあったのは、限りなく透明な意志。
「柿本よ。お前の詩は、確かに美しい。だが、それは絶望から始まっている。私は、希望から始まる言葉を……拳を持っている!」
右拳が燃え上がる。
「拳経奥義――聖言天光掌!!」
詩と拳が、空中で激突した。
その瞬間、世界が白に包まれた。
……
静寂。微かな風。倒れていたのは柿本人麿だった。だが、死んでいない。彼は、うっすらと笑っていた。
「負けたよ……だが、清々しい気分だ。お前の中に、本物の声があった。俺がずっと探してた“真の言霊”ってやつさ」
太子はそっと彼の肩に手を置いた。
「お前の詩も、真実だった。だが、それを超えるものが、これからのこの国には必要なんだ」
人麿はうなずく。
「行け、太子。次の試練が待ってるぜ……いや、“摂政”よ」
こうして、第五試練は終わった。太子の身体はボロボロだったが、魂には一つの確信があった。
――希望は、言葉の先にある。
つづく。
(次回:「摂政即位――試練の果て、法隆寺の光」)