第四試練 炎に宿る怒りの化身
石段をのぼった先は、赤い霧に満ちた世界だった。
火でもない、血でもない。もっと――内側からわきあがる熱。
「ここは……どこだ?」
そうつぶやいた太子の声は、赤い霧に吸い込まれ、音にもならず消えていく。
次の瞬間、霧の奥から足音が響いた。
ぬるり、と。ねっとりと。だが、一歩ごとに大地がきしむほどの重み。
現れたのは――
もう一人の“聖徳太子”だった。
その顔は怒りに満ち、眉間には深い皺、口元はきつく結ばれ、拳には血がにじんでいた。
「誰だ……お前は?」
問いに答えず、もう一人の太子は拳を突き出した。
轟音と共に、岩壁が崩れる。
太子は咄嗟に身をかわし、無意識に構えていた。
――天聖聴心流・構え一式。
「なるほど。これは“俺の怒り”ってわけか」
誰にも怒りをぶつけられず、
理性という名の皮をかぶせて、
拳に沈めてきた“獣”。
それが今、具現化して襲ってくる。
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「俺は、守屋を殺したくなかった……だけど、殺した。
馬子を信じたかった……でも、裏切られた。
額田皇女を理解したかった……だけど、できなかった!」
太子の叫びに呼応するように、“怒りの太子”は笑った。
嗤った。
「それが“お前”だろう?」
ふたりは拳をぶつけ合う。
赤い霧の中で、拳と拳が弾け、閃光が走り、地が裂ける。
だが、太子の拳は次第に鈍る。
怒りの太子は、むしろ加速していた。
**
「怒りは……力をくれる。だが、それに支配されれば、同じだけ破壊もする」
太子は、静かに拳を下ろした。
そして、目を閉じた。
「聴心――聴くのだ。この怒りを。拒まず、肯定せず、ただ在るものとして、聴くのだ……」
その瞬間、赤い霧が止まり、
怒りの太子の拳が宙で止まった。
拳は、涙になって崩れ落ちた。
怒りとは、否定するものではなく、
向き合い、共に生きるものだった。
**
試練の空間が砕け、赤い霧が空へ還る。
太子の前に、次の階段が現れる。
『第四試練、通過。拳に怒りを宿し、怒りに拳を与えぬ者なり』
彼は深く息を吐き、階段に足をかけた。
残るは、ただ一つ。