第一試練 時の間に潜む鬼
五重塔の一層目。太子が足を踏み入れた瞬間、周囲が闇に包まれた。光が吸い取られたかのような、完全な暗黒。目を開けても閉じても、変わらない。
ただ一つ、聞こえるのは、**カチ、カチ、カチ……**と、時を刻む音。
太子は手を前に出し、静かに歩み出した。すると、奥から声が響いた。
それは、低く、嗄れた、だがどこか理知的な声。
「時は、万人に平等である。だが、等しく残酷でもある……聖徳太子よ、お前の時、止まってなどいないだろうな?」
突然、太子の背後に、老人の姿をした鬼が現れる。
背は曲がり、手には巨大な砂時計。目は虚ろで、口は半笑い。
しかし、声と気配には、禍々しい力があった。
「我は“時鬼”ナガレマノ。ここでお前に問う――お前は、過去の呪いを断ち切れるか? 未来への焦燥を鎮められるか? そして、今この瞬間だけに集中できるか?」
すると、地面に無数の過去の映像が現れる。
倒れた秦河勝、焼けた法隆寺、そして――物部守屋の断末魔。
太子は静かに目を閉じ、胸の内で「南無仏」と唱えた。
その瞬間、心に天聖心が広がる。
「わたしの拳法は、聴く拳。時の声も、聴いてみよう……!」
時鬼が襲いかかる。砂時計を振り回し、時間を操るように攻撃してくる。
太子の動きが鈍る。体が重い。老いを押しつけられているのだ。
「フフフ、どうした、若者よ。お前もいずれ、こうなるのだ。筋は硬くなり、反応は鈍る!」
太子は、微笑んだ。
「そのときは、わたしが若者を導く番だ。老いは恐れぬ。なぜなら、老いを知ることで、若さがわかるからだ!」
叫ぶやいなや、太子の拳が閃く!
天聖聴心流・破時閃光拳!!
拳は鬼の胸に直撃した。過去・現在・未来のすべての時を貫く一撃。
ナガレマノは呻き、崩れ、そして砂となって消えていった。
**
暗闇が晴れ、太子の目の前に石段が現れる。
五重塔の第二層へと続く道。
「時を破るには、心を今に置くこと。修行、続けよう」
太子は再び、黙って登り始めた。