五重塔の試練 〜摂政への道〜
「摂政を……?」
聖徳太子は、その言葉に、目を見開いた。夜の風が止まり、時間が凍ったようだった。
額田皇女の口調は、毅然としていた。
「そうよ、太子。私の“国づくり”を止めたいのなら、あなたが代わりに道を示せばいい。正義も慈悲も、拳も知恵も、そのすべてで。私が認めるのは、力と試練をくぐり抜けた者だけだ」
太子の足元が、わずかにぐらついた。
「……それは……」
「そう、“五重塔”の試練を越えることを意味する。あなたが摂政になるには――法隆寺に秘められし五つの試練を、全て打ち破らなければならない」
桐比等がわずかに眉をひそめた。
「まだ、あれを使うつもりか……額田よ。あれはもはや、人の試練ではない」
「だからこそだ。この国を動かすのは、常人では務まらぬ」
月明かりの下、額田皇女は宣言した。
「法隆寺・五重塔――そこには、五つの密室が存在する。
一の間は〈幻視〉。
二の間は〈記憶〉。
三の間は〈感情〉。
四の間は〈運命〉。
そして五の間は――〈自己〉。
太子よ、それらすべてを越え、真なる“拳”をもって我らの未来を照らせ」
太子の拳が、震えていた。
それは恐怖ではない。
魂が、鼓動を打っていた。
「それが……摂政になるということか」
「そうよ。政治とは、ただの権力じゃない。
この国すべての“痛み”を自分に通すことだ。
その覚悟なくして、この国の先など見通せるものか!」
太子の脳裏に、これまでの闘いがよぎった。
物部守屋の覇王豪徳流。
蘇我馬子の神拳。
道鏡の堕落した雷。
額田皇女の冷酷な理想。
それらすべてが、今、彼の魂に火を灯す。
「……いいだろう。受けよう。
その五重塔、俺の“天聖心”で切り拓く!」
額田皇女はほほ笑んだ。
「ならば夜明けと共に、扉が開く。
帰ってきた者は、今まで一人もいない。
だが、あなただけは……あるいは、と思える」
桐比等が呟く。
「そして、もし太子がそれを越えることがあれば……
この国の名は、きっと――“日本”になる」
五重塔が、わずかに揺れた。
まるで彼の到来を、すでに感じ取っているかのように――。
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※次回:第二十四話「一の試練〈幻視の間〉!姿なき師の拳」
太子が最初に出会うのは、“自らが崇めてきた存在”との対決だった——。