桐比等の乱入!!
草原に響く衝撃音が、空を裂いた。
太子の拳と額田皇女の剣が交わる、その刹那。
重なる影を、何かが貫いた。空気が真っ二つに割れ、砂煙が爆ぜた。
「――おぬしら! 何をしておるか!!」
重々しい声とともに、大地に影が降り立つ。
堂々たる体躯。背を覆うは、経巻を模した羽織。
その手は穏やかにして強く、眼光は山を砕く鋭さを持つ。
「桐比等……!」
太子が驚愕する。その声には、尊敬と畏怖が滲んでいた。
かつての賢者にして武聖。
十七条の憲法を拳法に高めた男。伝説の“理法拳”の使い手。
桐比等は、太子と額田の間に立ち、両腕を横に張る。
「おぬしらの拳は、それぞれに天命を帯びておる。だがな……この日の本の国が、滅びの崖に立っていることを忘れてはならん!」
拳を握った瞬間、大気が震えた。
「――理法拳・第一条、《和を以て貴しと為す》!!」
ズドォォン!!
不可視の気が放たれ、二人の拳士は宙に吹き飛ばされる。
地に叩きつけられ、息を呑む太子と額田。
「桐比等……どうして……!」と太子。
「わたしの拳を封じる者など、誰にもいなかった……」と額田。
だが、桐比等は彼らを責めることなく、静かに言った。
「戦に勝つ者が正しいのではない。正しさが、勝たねばならんのじゃ。そのためにこそ、拳がある」
彼は太子を見た。
「聖徳よ、そなたの拳に、“十七条”の理を宿せ。暴を断つ拳ではない。法を説き、国を結ぶ拳じゃ」
そして、額田皇女を見た。
「そなたの求める国とは、力の下に均された静寂か? 民は、恐れによって従うと、そう思っているのか?」
額田は口をつぐむ。
「……私は、正しき者だけが生きられる国を作りたい。それが、この腐った時代には必要だと……」
桐比等は首を振る。
「正しさとは、光と闇のあわいに立つ者だけが知るもの。そなたもまた、闇に囚われた」
太子と額田、二人は同時に膝をつく。拳を下ろす。
静寂の中、夜風が吹き抜けた。
やがて桐比等は天を仰ぎ、こう言った。
「日の本の国に、刻が迫っておる。西の空より、謎の武人たちが現れ、法隆寺を焼いた。名を……道鏡という」
「道鏡……!? あの坊主が……」と額田皇女が歯噛みする。
太子の眼が光った。
「ならば、我らの拳を、外なる敵に向けよう。内に争う時ではない」
桐比等は静かに頷いた。
「よくぞ言った、聖徳よ。そなたこそが、この国の《導拳》たる者……」
そのとき、夜空が朱に染まった。
――法隆寺が、燃えていた。