最終決戦への序章!?残された馬子の回想!?
夜だった。
風は止み、山の奥にひっそりと佇む庵に、火の気だけが灯っていた。
囲炉裏の中、赤い炭がぱちぱちと音を立てて燃えている。
蘇我馬子は座っていた。
袈裟のような粗末な布を肩から掛け、長い髪を後ろで結んでいる。
その横顔は、どこか――
十字架の向こうに消えた男のように、深い哀しみと静かな慈愛を湛えていた。
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薪を一本手に取る。
乾いた音とともに、ポキリと折った。
音が、静寂に響く。
「……五拳聖のうち、四人が散ってしまったか」
焚べた薪が炎に包まれていくのを、じっと見つめながら呟いた。
「賀茂明……おまえは太陽に焼かれて消えた。
阿佐……おまえは心の声に殉じた。
剛蔵……おまえは信を託して戦った。
そして道鏡……太子の拳に、むしろ、救われたか」
炎が揺れ、彼の顔の陰影を深める。
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「聖徳……いや、“厩戸”。
まさかここまでの男になるとはな。
あの頃、私はおまえを、“ただの理想家”だと思っていた」
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静かに、回想が始まる――
かつての都。
春霞の中を歩く、若き日の馬子と厩戸皇子。
二人は言葉を交わしていた。
「民が生きやすくなるには、“律”が必要です。
誰かの想いだけで裁かれる時代は、終わらせねばならない」
「だが、“律”で心は裁けぬ。
人は皆、悲しみと怒りを抱えて生きている。
それを拳で正すならば、おまえは――“裁く者”になるぞ、太子よ」
「それでも、私は進みます。
それが、この身に託された、道だから」
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回想が終わり、炎の揺らぎに戻る。
「……そうか。
ならば、いま一度、おまえの“拳”を見せてみろ。
おまえが、どこまで“天聖”を貫いたかをな」
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そのときだった。
庵の外から、足音が聞こえた。
ざっ……ざっ……と、雪の上を踏むような、慎重で確かな音。
馬子は振り返らない。
ただ、ゆっくりと、炭をつつく手を止めた。
戸口の前に、二人の影が現れる。
一人は、狩衣を身に纏っている
もう一人は、軽やかな足取りながら、目に静かな覚悟を湛えている。
馬子の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「来たか。
“私の拳”を試しに来たのか?」
外の者は、何も言わない。
ただ、そっと扉を開けた。
庵に風が入り、火が大きく揺れた。
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そして、馬子は呟いた。
「よかろう。
ならば、見せてみよ……おまえたちの“和”を。
この、蘇我馬子が、“最後の律”を問うてやろう――」
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次回、「最終聖拳・蘇我馬子、開帳」
囲炉裏の火が、最後の聖戦を照らす。
その拳は、救済か。断罪か――。