登場!!斑鳩阿佐!?論破の拳!?
森の奥で倒れた河勝は、木の根元にもたれていた。
意識は朦朧としながらも、まだ気は折れていない。
「……まだ、終わっちゃいねぇさ……」
「どこかで、休ませてあげたいが、ごめん。俺の身体も限界だ」
と、やっと立ち上がった聖徳太子もほとんど虫の息である。
その時――
森の反対側から、もう一つの気配が歩み寄る。
落ち葉を踏む足音は柔らかく、だが背後に膨大な“影”を引いていた。
現れたのは、白く長い装束をまとった若き拳士。
だがその目は異様に静かで、どこか空虚で――そして、恐ろしく澄んでいた。
その男は、河勝に問いかけた。
「あなたが、秦河勝……ですね」
「……誰だ、あんたは」
「私は――《斑鳩阿佐》。“論破の拳”をもって、あなたに問うために来ました。
斑鳩阿佐。
その名は、拳よりも“言葉”で人を崩す異端の拳士として知られていた。
口数は少ない。
だが、一語放たれるたび、相手の思考と“信”を揺るがす。
「あなたは、なぜ太子に仕えるのですか?」
「……っ、そんなもん決まってる。あいつには――この国を変える力がある。あいつが信じるものは、本物だ」
「本物とは、何を指しますか? 目に見えない“信”の話ですか?
ではあなたの“拳”は、誰のために振るわれているのですか?」
阿佐の言葉が、空気のように染み入る。
次第に河勝の心の奥に、迷いが浮かび上がる。
(……こいつ、拳で打ってこない。
だが、心を――削ってくる)
河勝が拳を構えると、阿佐は一歩だけ近づき、言った。
「あなたは“自分”のために拳を振るっている。
太子のため? いいえ、あなたは“信じたい自分”のために戦っているだけです」
言葉が突き刺さる。
しかし――
河勝は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「そうかもな。……だが、だからこそ、俺は太子の拳を信じられる。
俺は信じたいんだよ。誰かを。
自分だけじゃなく――未来に向かってる誰かをな」
その瞬間、阿佐の目がわずかに揺れた。
(――揺らいだ?)
河勝の足が、静かに地を蹴る。
「俺の拳は“信”を守るためにある! 太子を、そしてこの国を、“偽りの理屈”から護る!」
拳がうなる。
それは、静かでまっすぐな“信”の拳。
あの太子に教えた最初の一撃――“心”を伝える拳だった。
阿佐の身が、軽くよろける。
「……答えになっていません。ですが……少し、面白いですね」
阿佐がはじめて拳を構えた。
次回――
第十話「論破の拳、沈黙す――太子と河勝の絆」
言葉と拳が交錯する極限の戦い。
信じるとは何か? 言葉とは何か?
その答えが、森の奥で静かに拳を通して語られる!