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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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策と不安

「まだ追い付けんのかっ!!!」


 オルコリア共和国外征派閥第二軍約三万を率いるアドリアン侯爵は大いに苛立っていた。


 外征派閥を束ねるパウロ大公から派閥の()()()を預かったのは二週間ほど前。

 下された命令は単純明快、忌々しい内建派閥の都市を片っ端から落として回ることだった。

 アドリアン侯爵は命令に従い三万という大軍で各都市を制圧。

 連戦連勝を重ね増長した第二軍は手柄を求めて指令書に記されていなかったドワーフ自治領への侵攻を開始した。

 夜闇に紛れて進軍した第二軍は数に任せてドワーフたちを急襲。ここまでは上手くいっていた。

 だが、千にも満たないドワーフ戦士団との戦闘は想定以上の苦戦を強いられた。

 森や洞穴から突然現れる地の利を活かしたゲリラ戦術に四苦八苦する間にドワーフたちの撤退を許してしまった。

 追撃に移った第二軍はこれ以上の被害を抑えるために最近実戦投入されたばかりの魔物使役術に頼ることにした。

 使役術は問題なく効果を発揮し周辺の魔獣たちはドワーフたちへ襲いかかった。

 しかし、壊滅まであと一歩のところで謎の一軍が出現し魔獣たちを一掃しそのままドワーフを護衛するように南へと消えていった。

 このまま逃がしてしまえば手柄どころか失態になると恐れたアドリアン侯爵は謎の一軍への追撃を開始したのだが一向に追いつけない。

 兵を分けて包囲網を敷こうにも敵の総数が見えない現状それもできない。

 炊事の痕跡や足跡の数から割り出そうにも巧妙に細工されており毎回予想兵力が誤差と言えない範疇で増減するので参考にもならない。

 どうにか目視しようと放った斥候も誰一人として帰ってきていない。

 つまり、何も上手くいっていないのである。


「このままでは儂は()()()()に……」


 今、アドリアン侯爵が感じているのは苛立ちと焦燥感。

 もしもこのままドワーフを逃がしてしまえば勝手な行動を嫌うあの方の機嫌が損なわれてしまうことは容易に想像できる。

 そうなれば自分も第二軍の兵士たちも全員二度と朝日を拝めなくなることは間違いない。

 そのためにも何としてもドワーフを根絶やしにして功績にしなければならない。


「申し上げます! 足跡を追跡していた斥候からこの先の分かれ道にて敵が二手に別れたとのこと。そのうちドワーフの足跡のみ西へ向かっているとのことです」

「ドワーフだけが別行動をし始めたということか? 謎の一軍はどうした」

「人間の足跡と蹄の跡は東南方面の道へ続いているとのことです。恐らく別行動になったと思われます」

「そうか!ようやく儂にも運が向いてきたようだな!」


 逃走を続ける敵軍が兵を分ける利点はないが考えられる理由は三つ。

 何らかの策で兵を分けた可能性とどちらかを逃すために別れた可能性。

 そしてもうひとつ。


「ドワーフを見捨てることを選んだのだろうな」


 状況から見て謎の一軍がドワーフの救援にやってきたのは間違いない。

 大方、かつてドワーフに恩を受けた傭兵団かそこらだったのだろうがそれはどうでも良い。

 大事なのは追い詰められた状況では人間は自分のことで精一杯になるということ。

 つまり、ドワーフたちを助けることを諦めたのだ。


「どうされますか」

「決まっている全軍でドワーフを追うぞ。ドワーフは既に死に体、すぐに追いつけるだろう。奴らを始末したあとでもう一方の一軍を片付ける。斥候部隊をいくつか放って追わせておけ」

「かしこまりました」

「忌々しいドワーフめを根絶やしにしてくれる」





「とか考えてるんだろうなきっと」

「そう単純に引っかかってくれるでしょうか」

「かかるさ。これまでの奴らの動きを見てればわかる」


 プラウム卿は半信半疑といったところだが俺は十中八九この策はハマると思っている。


 俺が描いた策。

 それは俺たち救援軍とドワーフの分裂を演出して時間を稼ぐという単純なものだった。


 ここまでまともに交戦していない俺たちは敵からすれば謎の一軍。

 正体を知ろうにも斥候は徹底的に排除しているから補足することすらできない。

 そんな敵軍がなぜ俺たちを追えているかといえば行軍の足跡や炊事の痕跡だ。

 広く斥候を放っている敵軍は俺たちの痕跡を目印に追い続けているのだと思う。

 そう予想してここまでこちらの数を特定させないために足跡や炊事の形跡を細工してきた。

 斥候狩りと痕跡偽装によって俺たちの総数把握ができない。

 これが圧倒的な兵力を持つ相手が今まで兵を分けてこない理由だ。

 返り討ちを恐れて包囲に踏み切らないことから相手の指揮官はある程度の戦の経験があって慎重さを備えた人物と分析できる。


 しかし、いかに慎重と言えど敵軍は追撃を続けて既に七日以上が経過しており間違いなく焦れている。

 そこに奴らが俺たちを追う理由となったドワーフだけが離脱したように見せればどうなるか。

 必ず食いつく。

 状況的には救援軍とドワーフの仲違いにも見えるしな。


「報告します。敵軍の進路が西へと向いたとのことです」

「ほらな?」

「まさか本当に…。しかしどうやったのですか。ドワーフたちはまだ我が軍にいるというのに」

「ここまで来て見捨てる選択肢はないさ。それに方法自体も単純な子供騙しだぞ」


 俺が取り出したのはドワーフの履いている人間のものよりも厚底で大きい軍靴だ。

 使ったのはこれと白鳳騎士のみ。


「ドワーフから予備の軍靴を借りてそれを白鳳騎士に履かせてそのまま一刻ほど歩くように命じた。そのあとはグリフォンに乗って帰ってくればドワーフの足跡はのみが残るだろ?」


 少々白鳳騎士たちの疲労が蓄積する策ではあるが上手くいけば大いに時が稼げる。

 不測の事態が起きれば即座の帰還を命じてあるしそろそろ戻ってくる。


「白鳳騎士たちが戻ってき次第、速度をあげるぞ。今のうちに一気に引き剥がして北方諸国連合の支配域まで駆け抜ける」


 俺が見出した活路はオルコリア共和国東南部から北方諸国連合へ抜けるというものだ。

 この考えを話した時、北部貴族たちは大いに驚いた。

 何故ならば北方諸国連合はルクディア帝国に独立を保証されている国でありこれまで皇国とは敵対していた。

 そんな国へいきなり一軍を率いて入れば即時戦闘は避けられない。

 だが、今の情勢がこの策を可能とする。


「破邪同盟を利用するという考えは盲点でしたりこればかりは殿下の発想力に感服するほかありませんな」

「使えるもんは何でも使わないとな」

「しかし、懸念もあるのでは?」

「ああ。もしも大結界が北方諸国連合との国境に張られていれば本当に手詰まりになる」


 この策の唯一の負け筋はそこだ。

 もしもこちらの動きを事前に察知されて皇国との国境に張られた大結界と同じものが展開されれば俺たちは完全に逃げ場を失う。

 そうなればどれだけ逃げようがいずれ見つかり数に押し潰されるだろう。

それだけは避けなければならない。


「ここからは時間との勝負だ。兵たちにも負担を強いることになるが全力で走るぞ」

「はっ。諸将にもそう伝えます」

「ドワーフ王もそれで良いですか?」

「儂は皇子を信じるのみだ。その結果がどうであれ受け入れよう」

「弱気になりそうなことを言わないでください」

「がっはっは! 儂が弱気に見えるか? 接敵するなら儂らを呼べよ。全て蹴散らしてくれるわ」

「怪我人ではあるので大人しくしてください」


 ドワーフ王が飛び出さないためにも敵と遭遇しないように向かわなければ。





 白鳳騎士が帰還するまでの僅かな時間で俺は一人になりアウリーを呼んだ。

 頼んでいたことの成果を聞くために。


「上手くいったか?」

「ううん。やっぱり無理。この国のあちこちで念話の妨害目的っぽい魔力波が流れてるせいで上手く伝達できない」


 アウリーに頼んでいたのはプラールへ現状を報告すること。

 プラールの傍にはレシュッツの一件で俺の秘密を知ったレインがいる。

 つまりプラールに報告を伝えられれば俺たちの状況はレインに伝わり、父上や宰相にも伝えることができる。

 情報の出処について探られるだろうがレインならば上手くやってくれるだろう。


「プラールを喚び出せないか試した?」

「ずっとやってるがこっちも無理そうだ。魔力回路は問題なく機能してるけど召喚も念話は一切できなかった」

「厄介だねほんと」


 ここまで徹底的な情報封鎖をしているとなると外征派は相当な入念な準備をしていたのだろう。

 各国の密偵にも気づかれず、近くで対立していた内建派の目すらも欺いて。


「不安要素は残るが決行するしかないか」

「さっきは自信満々でみんなに言ってたけどやっぱ怖いんだね」

「…俺の策が上手くいかなければすぐに追手はやってくるし東部にも同じ結界があればその時点で壊滅は免れない。この判断に二千近い人間の命がかかってるのに万全を尽くせないのはどうしてもな」

「やれることはやれてるよ。 それに本当に追い詰められたら私たちで抑えるつもりでしょ?」

「…契約が露見することよりも人が死ぬ方が嫌だからな」

「君はやっぱ優しい人の子だね」


 アウリーが後ろからぎゅっと抱きしめてくれるが俺の意識から胸を騒がす感覚が消えることはなかった。

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