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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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起死回生の一手

 国王執務室にて皇王ヴォルクと政務にあたっていた宰相オーキスの元に執事長である初老の男性が飛び込んできた。

 いつもの落ち着いた雰囲気と穏やかな笑顔をかなぐり捨てた様子は初めてで付き合いの長いヴォルクとオーキスも驚いた。

 同時に理解した、ただ事では無い何かが起きたのだと。


「何事だ」

「今しがた北部国境の影鳥から知らせが」

「北部の? オルコリアが動いたか」


 影鳥とは国内外で諜報活動をおこなうアルニア皇国の極秘部隊である。


「はい。我が国とオルコリアの国境にて大規模な魔力を探知し調べたところ…我が国との国境全域に大規模な結界が展開されました」

「国境に結界だと? …対魔獣の結界か?」

「……いえ。どうやらそれは魔力を持つ全ての生物を遮断する結界のようです」

「そんな馬鹿な…! この部屋程度の空間に施すことでさえ難しい結界を国境にだとっ!?」


 魔術とは千変万化の力だがその中でも結界系統の魔術は特殊だ。

 相手からの攻撃を防ぐ障壁。

 侵入を防ぐ領域の形成。

 対象を封じ込める檻。

 このように使用用途に合わせた効果を付与するのだが、条件が複雑であったり複数の対象があてはまる条件だと当然術者にかかる負担も累積していく。

 今回のような魔力を持つ全ての生物を対象にした結界を張るのなら熟練の魔術師が千人単位で必要となる。

 これを国境全てに張り巡らせるなど世界中の魔術師を動員してやっとのこと。

 そのはずだった。


「…結界が張られる直前にルクス殿下の部隊に同行していた影鳥からこれが届けられました」


 執事長の手には羊皮紙を巻き付けた一本の棒が握られている。

 これはアルニア皇国が使う暗号文のひとつで棒に巻き付けた羊皮紙に伝えたい内容を書き記す。

 棒から羊皮紙を外すと一見すれば意味の分からない文字の羅列になるというもの。

 受け取った側は同じく棒に巻きつければすぐに内容を確認できる。


「文にはなんと?」

「『対象の保護達成。外征派三万以上の追撃。魔獣使役の疑いあり。船喪失。救援求む』と」

「なんだとっ!? 三万など外征派の戦力の半数以上ではないかっ」

「…いかに救援部隊が精鋭と言えど十倍以上の兵力差はどうにもなりません。急ぎ援軍を送らなければ全滅してしまうでしょう。もしルクス殿下に何かあれば……」


 今回の救援部隊を少数にした理由はいくつかあるが一番の理由は外征派を刺激しないためであった。

 可能な限り数を絞り目立たず電撃的にドワーフを救い撤退する。

 これがアルニア皇国首脳部が思い描いた筋書きであったが完全に裏目に出てしまった。

 そして問題はその部隊を率いているのが第三皇子のルクスであること。

 ヴォルクとオーキスとしては今回の出陣でルクスの評価を他の皇子たちと同列に引き上げる算段だった。

 スオウでの一件やレシュッツ悪魔事変を経てルクスの評価は間違いなく上がっている。

 だが、未だにその功績と実力を疑う貴族が確かに存在する。

 元が低すぎる評価だったこともあるが当の本人が評価されることを望まず、挙げた功績に対して肯定も否定をしないことが尚更そういった声を助長させている。

 その全てを払拭するための任命だったのだが。


「…ああ。あれに何かあれば国中の獣人たちや慕う者たちが仇討ちに走るであろうな。団結力の高い北部貴族たちも続くだろう。そうなればオルコリアと戦争になることは止められん」


 ルクスの治めるアングレームの噂は商人たちを通じて国内はもちろん国外にも届いている。

 どこの国でも獣人は白い目で見られがちで肩身の狭い思いをしている。

 そんな中で人間と獣人が手を取り過ごす都市があるとなれば誰しも興味を抱く。

 ルクスとしても獣人が種族ごとに持つ人より優れた能力を自分の理想の実現に用いたいと考えているため積極的に都市の評判を広め移住を受け入れている。

 今やルクスは獣人たちから強い支持を受けている。

 そんなルクスが亜人差別の激しいオルコリア共和国に討たれれば十中八九、獣人たちは立ち上がる。

 魔人戦争を経験して各家の繋がりを強化し仲間意識が特別強い北部貴族も呼応して同胞の仇討ちへと動くことは容易に想像できる。


「とにかく援軍を送りましょう。北部国境からの侵入が不可能ならば西部から海路で送るしかありません。だいぶ遠回りではありますがルクス殿下が東に逃れてくれれば間に合う可能性も…」


 オーキスが代案を上げる中、執務室の扉が再度叩かれる。

 執事長が応対のために退出したと思えばすぐに戻ってきた。


「西部から鳥が届きました」

「西部から?」

「オルコリアに潜伏していた影鳥からの報告です。…外征派九万と内建派五万が開戦し、内建派が敗北。現在は南西へ敗走中とのことです」

「なに…!?」

「九万…?」


 オーキスですら理解できなかった。

 数年前からオルコリアの動向には注視していたし戦力の把握も入念におこなった。

 何度も調査と裏取りをおこない叩き出した数字が全体で約十万。

 現在は二分されているため外征派の全兵力は五万程度のはず。

 最初は誤報を疑ったが瞬時に振り払った。

 精鋭諜報部隊である影鳥がそんなミスをするとは思えない。

 つまり事実である。


「総軍五万のはずの外征派が九万もの軍だと…? ルクスを追っている部隊を含めて十二万。そんな兵力が一体どこから湧いてきたのだっ」

「陛下、今は」

「わかっておる。だが、オルコリアの情勢が見えん以上できることが限られてしまった。オーキス、何か妙案はないか」

「今やるべき事は二つ。一つはルクス殿下の部隊を助け出すこと。もうひとつは…」

「北部国境の守りを固めることか」

「はい。可能性は低いですが外征派が内建派を倒した勢いのまま我が国になだれ込むこともありえます。ですので有事のために配置していた東部国境守備軍を北部国境の守りに加えます。同時に北部全体に警戒態勢を命じます」

「ひとまず北部はそれでよかろう。オルコリア内で孤立した救援部隊はどうするつもりだ」

「援軍は送ります。ですが北からも西からも送りません」

「なに?」


 呆気にとられたヴォルク。

 黙って聞いていた執事長も怪訝な表情を一瞬浮かべた。


「少々を無理な主張になりますがどうにかなるでしょう」


 この厳しい盤面でもアルニア皇国が誇る深謀の宰相オーキスは起死回生を図る。

 奇しくもその予想外の一手は異国の地で危機に陥っている彼の脳裏にも浮かんでいた。

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