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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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疑念

 ドワーフ戦士団の救援に向かわせた部隊が帰ってきた。

 壊滅寸前だったらしいが何とかカシアンたちが間に合い、救うことができたようだ。

 そのカシアンだがなんとドワーフ王を連れて戻ってきた。

 どうやら王が前線で戦わねばならない程の事態だったようだ。

 カシアンに呼ばれた俺が周辺警戒を黒鳳騎士に引き継いで天幕に戻ると隻腕の大柄な男がプラウム伯爵たちと話している。


「お待たせして申し訳ない。ドワーフ王とお見受けいたします。この軍を率いておりますアルニア皇国第三皇子ルクス・イブ・アイングワットと申します。救援が遅れ申し訳ありません」

「何を謝る必要があるか! 皇国は国交のない我らドワーフのために敵国の真っ只中に来てくれおった。感謝こそすれど恨み節などあるわけがないだろう! つい先ほども窮地を救ってくれたのだからな。おっと、名乗るのが遅れてしもうたわい。ドワーフ王のギドレムだ。改めて救援感謝する」


 互いに挨拶を済ませ握手を交わす。

 ドワーフ王は俺をじっくり見つめてくるり


「なにか?」

「いやなに。まさか皇国が軍の大将に皇子を据えてくるとは思わなんだ」

「私個人としてもユグパレあたりに率いさせると思っていました」

「勘違いしないでほしい。儂としてはあの古き英雄ではなく、新しき英雄が亜人であるドワーフを救いに来てくれたことが嬉しいのだ。レシュッツの件は儂らの心に大きく響いておる」

「英雄など…。私にとっては過分な評価です」

「つい話し込んでしまったが急ぎ伝えたいことがある。ここで良いか?」

「はい、私も聞きたいことがいくつかありますので」


 主要な者たちが揃ったのを確認してドワーフ王が語り出す。


「今、この国の中では魔人戦争以上の災いが起ころうとしておる。…既に起きてるやもしれぬ」

「魔人戦争以上の災い…? それはドワーフの方々が自治領を出て広告を目指していたことと関係があるのですね」

「うむ。もう聞き及んでおるかも知れぬが儂らは以前より共和国の強硬派から攻撃を受けておった」

「我々で言うところの外征派のことですね。そのことはグゴリー殿から聞いています」

「攻撃といっても小競り合い程度のものばかりで大した被害もなかった。それに兵の質も悪く一当てすればすぐに蹴散らせた。故に油断しておった」

「四日前の夜、奴らは三万を超える大軍で我らの自治領に侵攻してきおったのだ」

「外征派が三万超の軍を?」


 …三万を超える大軍でドワーフ自治領に侵攻した?

 宰相によれば外征派の軍規模は三万以上五万未満のはず。

 内建派も四万以上の兵があるから内戦がこんなにも長く続いているのだ。

 互いに下手な動きをすれば対する敵方に差し込まれるから。

 それなのに大勢に影響がない中立派のドワーフへ三万もの軍で攻めかかった…?

 目的も状況もまるで読めない。


「プラウム卿、どう思う」

「……悪手という他ないかと。外征派の中心地は共和国北西の旧王都。そこから三万もの軍を正反対に位置するドワーフ自治領へ向かわせれば内建派に大きな隙を見せることになります。概算では外征派の兵力は約五万。二万を旧王都に残したとしても内建派との兵力差は二万以上。戦となれば敗北は必至です」


 ここに来る前、エルチェで聞いた内建派の集結は恐らくその動きを察知した大公が決戦に挑むための行動だろう。

 今頃西部では大きな戦になっているかもしれない。


「敵方三万に対して儂らは八百。いかに儂らが叩き上げの戦士とはいえこれだけ兵力差があっては地の利を活かしても覆せぬ。故に儂は民を皇国の方角へ先んじて逃がし、撤退を開始した。奴らも最初こそ追ってきたがすぐに追撃をやめおった」

「ますます分かりませんね。深追いしても問題ない場面だったはずですが…ん?」


 ふと疑問が浮かび上がった。

 カシアンの報告によればドワーフたちは魔獣の群れに襲われていたという。

 魔獣は本能のままに動くため一見すれば撤退中に運悪く襲われたように思える。

 だがどうにも引っかかる。


「ドワーフ王。魔獣に追われたのはいつからですか?」

「む? 三日ほど前であったか。そういえば外征派の追撃が止んですぐのことだったな」

「外征派も魔獣に襲われていたか分かりますか?」

「今思えば魔獣が現れたのは外征派と入れ違いであった。だが奴らが襲われているのは一度も見ておらぬ」

「……確証のない可能性の話ですが外征派は何らかの手段で魔獣を手懐けているのではないでしょうか」

「まさかルクス皇子。奴らが魔獣の使役をしているというのか!」

「はい」


 魔獣の使役に関する研究は二十年前から行われている。

 人間というのは強欲そのもの。

 どんなものでも使えないかと考えを巡らせ、未知の存在に強い興味を抱く。

 アトラティクス大陸で最も魔獣が生息するのはオルコリア共和国というのは周知の事実で魔人戦争以前から日々魔獣との戦いを繰り広げていた。

 どの国よりも魔獣と身近で研究に没頭していたのもオルコリア共和国。

 この事前情報を持つルクスとしては可能性を捨てきれない。

 今回の場面などは決定的である。

 魔力のあるものを狙ったり本能のままに見境なく人を襲い喰らう魔獣が魔力を持たないドワーフを執拗に襲っていたという事実。

あって然るべき懸念であろう。


「…仮に魔獣の使役術を会得したのならオルコリアは最も警戒すべき相手になりますね。人工的に魔獣津波(スタンピード)を引き起こすことすら可能かもしれません」

「ああ。プラウム卿の言う通り我が国の…いや、大陸中の国々が警戒することになるだろう」

「もしルクス皇子の読みが正しいのならば外征派は大規模な魔獣の使役が可能ということです。それを自国内の内戦とはいえ戦争で使えばオルコリアは……」


 カシアンが深刻そうにそう言えば場の全員が考え込んだ。


 そう、魔獣の使役術を編み出しただけならばまだ良い。

 現状、内戦中ということもありオルコリア共和国は大陸の国々の中で孤立している。

 先日成立が発表された対悪魔を目的とした破邪同盟に参加できていない唯一の中規模国家がオルコリア共和国である。

 魔人戦争の主戦地となったオルコリアとしては参加したかったはずだが外征派と内建派の睨み合いが続く今の情勢下では会談の参加など不可能。


 この状況で外征派が適切に技術を発表すれば各国は偉業を称えて諸手を挙げて破邪同盟に招き入れたことだろう。


 しかし、外征派はそうはせずに戦争に利用した疑いがある。

 これが杞憂でなく事実ならば大陸全体で高まりつつある悪魔打倒の気運が魔獣を使役する人類の敵として悪魔より先にオルコリアを滅ぼすことになることすらありえる。

 少し考えれば分かることだがそれでも行動に移したのだとしたら外征派は大陸中の国々を敵に回しても勝算があるのかもしれない。

 重い空気が漂い始めたが走り込んで来た騎士の言葉で霧散した。


「報告致します!」

「了承なく入るな、軍議の場だぞ!」

「待て、カシアン。緊急の知らせのようだ。何事だ」

「はっ! ドワーフ自治領方面へ偵察に出ていた白鳳騎士が街道からこちらへ迫る軍勢を確認したとのこと!」

「なにっ、距離と数は?」

「ここから半日の距離、数は三万は下らないとのこと」

「元々ドワーフ自治領を攻めていた外征派の軍か。何故今頃になって出てきた?」

「今考えても仕方ない。いくら精鋭揃いのこの軍でも三万は無理だ。それに地の利もあちらでは話にならない。来た道を戻り国境まで撤退する。ドワーフ王もそれでよろしいですか?」

「もちろんだ。なんじゃ? この状況で儂が領土の奪還を主張するとでも考えたか?」

「可能性はありますので」

「がはは、正直な皇子じゃな。我が領を守れなかったのは儂の力不足。それを救われたばかりの儂が言い出すのは恥知らずもいいところだ。取り返すのは皇国の恩義に報いてからじゃ」


 ドワーフ王が脳筋ではなくちゃんと話ができる人柄で良かった。

 これで奪還を主張したら切り捨てて撤退するところだった。


「ドワーフ王の同意も得た。これより我らはドワーフを守りつつ来た道を戻り皇国へ帰還する。すぐに出発するぞ。先頭はプラウム卿以下北部貴族軍、中央にドワーフを集めて金虎隊と銀狼隊で護衛。殿はカシアン達黒鳳騎士に任せる。中央は俺が指揮する。それと白鳳騎士は二隊に分けて索敵。三時間ごとに隊を交代して休ませろ」


 いち早く撤退するために矢継ぎ早に指示を出す。

 相手が本当に三万以上の大軍ならば機動力は圧倒的にこちらが有利のはず。

 距離もあるし船まで引いてしまえば振り切れると考えていた。

 深刻な状況ではあったが十分対処可能な範疇であった。

 次の報告が来るまでは。


「ほ、報告っ!」

「今度はなんだ!?」

「停泊所の白鳳騎士より伝令! 魔獣の大群により船団守備部隊は壊滅…!」

「そんなばかなっ…!?」

「守備部隊の兵たちはどうなった?」

「……報告によれば地上部隊は魔獣に包囲され脱出の手段がなかったため空から離脱が可能だった白鳳騎士数名が本隊に知らせるために離脱。彼女らが最後に確認できたのは魔獣の大群によって蹂躙される守備隊の様子だったと。…状況から考えて全員戦死したものと思われます」


 静寂は瞬時に浸透した。

 船の護衛には北部貴族軍の一個中隊百名があたっていた。

 小規模な魔獣津波(スタンピード)であれば対処可能という優秀な部隊である彼らが為す術なく倒れていったのならばそこは間違いなく地獄であったのだろう。

 俺は静かに瞼を閉じて空を仰いだ。

 だがそれも一瞬のことですぐに頭を切り替える。


「船が無事かわかるか?」

「そこまでは…」


 最短で皇国領へ戻るには船で川を下るしかない。

 だがそのための船の無事も分からない。

 仮に船が無事でも付近に魔獣の大群が彷徨いている中を突破して辿り着かなければならない。

 ドワーフの民を抱えている今、それはほぼ不可能に近い。

 そう、俺たちは退路を失ったのだ。


「前方からは外征派の大軍、後方には魔獣…。手詰まりですね」

「そうかもしれぬ。だが、私たちが諦めるということは二千以上の命を諦めることになる。先に逝った者たちのためにも私たちは生き延びなければならない」

「プラウム卿の言う通りだ。なんとしてでも国へ帰るぞ。ドワーフ王、ご協力頂けますね?」

「もちろんだ。儂がこの死地へ皇子たちを呼んでしまったのだ。この命に変えても必ず皇国へ帰してみせよう」

「死に急がないでくださいね」

「がはは! 善処しよう」

「魔獣の使役術の存在が確かでない以上、一番の脅威は北から向かってきている外征派の軍だ。打開策を考えるにしても(とき)がいる。ひとまず南へ移動するぞ」

「はっ」


 異国の地でアルニア皇国軍とドワーフたちによる決死の退却戦が幕を開けた。

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