アウリーの警告
エルチェを出立して四日が経過した。
当初の想定していた外征派との遭遇戦はこれまで一度も起きていない。
それどころか内建派の兵の姿も一切見ていない。
道中の村落で情報収集を試みるも大きな戦が起きるからと各領主が徴兵してどこかへ向かったという答えしか得られなかった。
…本音を言うのならドワーフの救援を諦めてでも帰りたい。
あまりにも情報が無さすぎるのと共和国内の情勢が不穏すぎる。
「ルクス殿下、そろそろ陸路に移りますのでご準備を」
「わかった。下船後は速やかに隊列を作って移動する。船は俺たちの退路だ。北部貴族軍から百名ほど守備につけておけ。それ以外はドワーフ自治領へ向かう」
「かしこまりました」
ふぅと息を吐き出して椅子から腰を上げた。
そこにアウリーが険しい顔をしてやってきた。
「情報収集はどうだった?」
「全然ダメ。この国に住んでる精霊たちが何かにひどく怯えてるみたいで情報も断片的にしか得られなかったわ」
「断片的に? なんて言ってたんだ」
「聞けたのは『北』、『たくさん』、『人間違う』、『南へ』っていう四単語」
「…そのままに考えるなら北に人間ではない何かがたくさんいて南へ向かった、もしくは向かってるってところか。人間じゃなくて怖いものってなんだ? やっぱり魔獣か?」
「小さい精霊たちは高ランクの魔獣を怖がる傾向はあるけどあんなに怯えてるのはちょっと異常ね」
「そうだよな。…プラールも連れてくるべきだったか」
今回プラールは付いてきていない。
彼女には俺がいない間のアングレームの各要人たちの守護をお願いした。
アングレームに残した兵たちは治安維持のための最低限でありBランクの魔獣でも対処できないだろう。
そういった場合はレインに任せるのだがプラールはその護衛兼、補佐だ。
もし、プラールがこの場にいたのなら闇や魔獣を恐れない光の精霊にも頼れたのだがないものねだりをしても仕方ない。
「ねぇルクス」
「なんだ?」
「…すごい嫌な感じがするの。ドワーフの住処に近づけば近づくほどこの感覚は強くなってる。それに良くないことが起こる時に吹く風がずっと吹いてる」
「…このままドワーフたちを見捨てて帰れと?」
「私はその方がいいと思う。ううん、それでも遅いかも。貴方でも危険なくらいの大きな嵐が起きる、そんな気がするの。だから…」
アウリーがこのように忠告をすることは初めてだった。
これまでのアウリーは風の精霊らしく自由奔放で何をするにも面白ければそれで良いといった感じだった。
そんな彼女がこんなにも真剣に俺へ向き合うのはフィアとシアの誘拐事件以来ではないだろうか。
この忠告は精霊としての本能が告げる間違えようのないものなのだろう。
きっと聞き入れるのが正解だ。
ここで引き返して助けを求めるドワーフのことを忘れ、また図書館に引きこもって大事な人だけを守り本を読むこともまた選択肢の一つ。
だが、
「俺は進むよ。皇国の皇子として、助けると決めた彼らを見捨てることはできないから」
曲がりなりにも俺は皇子である。
悪魔が現れて人間に害をなそうと暗躍している以上、もう趣味だけに興じるだけの皇子ではいられない。
変わらなければ家族も大事な人たちも守れないから。
「…そう言うと思ったけどね。うん、その方がルクスらしい」
ニコリと笑ったアウリーはふわっと浮き上がり俺の首元へ手を回す。
額を合わせると互いの瞳に自分の姿が投影された。
「君がしたいようにして。私は君の、君だけの味方だから」
「ああ。頼りにしてる。嵐が起きるなら二人で吹き飛ばしてやろう」
「ふふっ、それが一番手っ取り早いね」
笑うアウリーの裏にはまだ心配と不安を感じる。
それでも彼女は悟らせないようにと笑ってくれている。
俺は本当に彼女に愛されてるみたいだ。
来たる嵐へ心を固めながら俺はアウリーと船室を出た。
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