出兵
創世歴655年2月。
しんしんと降り積もっていた雪が溶け始めた今日この頃。
人口が六千を超えてすっかり中規模都市の仲間入りを果たしたアングレーム。
その立派な城壁の眼下、北港に位置する広場には多くの人々の姿があった。
ざっと見ても数百はいるであろう彼らの前に広がるデラン川には十を超える船団が停泊して出発よ時を待っている。
オルコリア共和国内ドワーフ自治領を治めるドワーフ王から救援願いが届けられたのはひと月半も前の話。
元々外交窓口があったのならまだしもそれすらない状況で皇国に接触し、初の交渉が救援依頼という非常識極まりない事態であったが、皇国はこれを受諾した。
その後、ドワーフ領救援軍が編成される運びとなり選出された者たちは出陣準備に追われた。
ドワーフがオルコリア外征派の攻勢を問題なく耐えられるひと月という短い時間の中で可能なら限りの準備を整えた者たちが今日この地に集まった。
そしてそんな彼らの目線の先には壇上に立つ一人の青年へと向かっている。
武装する千にも及ぶ兵たちの視線を集める銀髪の青年は特に緊張した素振りもなく口を開いた。
「アルニア皇国第三皇子、ルクス・イブ・アイングワットだ。本作戦においてこの軍の大将を務める。諸君の中には何故今日集められたかよく理解していない者たちもいるかもしれない。これから我々が向かう先は隣国オルコリア共和国だ。だが、我々の目的は侵攻ではない、友好を結んだ土人族の治める地の救援である。オルコリア共和国では長きに渡って内戦が続いているということは聞いたことがある者もいると思う。オルコリアでは獣人や亜人の多くが迫害にあい、ただ人族と姿が異なるというだけで虐げられてきた。身の危険を感じて故郷を捨てて我が国にやってきた者も多い。かの国の現状に失望した彼らは我が国に助けを求めた。ここ数日アングレームで過ごした諸君ならばわかるだろう? 人族も獣人族も何ら変わりない共に今日を生きる友であると」
北部や中央から集まった兵士たちは初めてアングレームの現状を目にして驚愕した。
比較的差別意識の低いアルニア皇国ではあるが残念なことに人種差別は存在している。
しかしこの都市に住まう人と獣人は互いに手を取り合い、協力し、笑いあって過ごしていた。
その姿はまさしく世界平和の理想を体現した都市であった。
多くの者がそれを美しいと思った。
「これから赴く先は内戦中の他国、多くの危険と困難が予想される。他者のために我らが血を流すこともあるだろう。それでも我らは義故に盟友を救わねばならない。我が国は弱き者を見捨てない義心溢れる正義の国だからだ! …号令をかける、目指すはオルコリア共和国ドワーフ自治領! デラン川から船路で進軍し最短で盟友の待つドワーフ自治領へ向かう。……ひとつだけ総大将として命じる。総員生きて帰国せよ!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
号令に応じたのは騎士や兵士だけでなかった。
難民を受け入れ理想郷を築き上げてくれた皇子を見送るために集まった獣人を中心としたアングレームの市民たちまでもが声を上げた。
数千人から湧き上がった声は大地を揺らし都市中に響き渡っていた。
「ルクス殿下ご武運を」
「さっさと終わらせて帰ってくるさ」
「ご不在の間にわたくしとの婚姻の妨げになる逃げ道を全て断っておきますね」
「…早く帰らないと」
「大丈夫です。私がしっかり見張っておきますので」
「セレナのことはレインに任せた。ロミエル、アングレームを頼む」
「お任せください」
「俺が帰った時、更なる発展を遂げていたら父上に爵位を与えるよう打診しておく。……ずっと文通もしてるし姉上も満更じゃないみたいだしな」
「…っ!? なぜ文通のことをご存知で…?」
「一度姉上からの手紙が俺の机に間違って届けられたからな。あ、中身は見てないぞ」
「…お気遣いありがとうございます」
「とにかく頑張れ。それじゃあいってくる」
意気揚々と船に乗り出陣した彼らの姿は勇ましく船の背が見えなくなるまで人々は手を振り見送った。
全ての者の無事を願い信じて。
のちに魔人戦争を超えて世界の歴史に深く刻まれる大厄災。
その序章であり、史上最大の犠牲者を出すことになるオルコリアの慟哭が今、始まる。
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