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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
87/103

手段は選びません

 アングレームには新設されたばかりの図書館がある。

 蔵書のほとんどは読書好きな皇子が溜め込んでいた年金、もといお小遣いをこれでもかと使って買い集められたもの。

 皇族の道楽のためだけに建てられたのかといえばそうではない。

 図書館は現在アングレームの住人と身元が確かな者には館内に限り無料で貸し出しまでおこなっている。

 そこに人間も獣人もない。あるのは静謐の空間のみ。

 読書家皇子は寝食以外の時間は大抵図書館にいる。

 ルクス発案の政策の多くは既に軌道に乗っているので政務の多くをロミエルへ丸投げしているのだ。


「ルクス殿下」

「………………」

「…旦那様」

「やめなさい」

「聞こえているじゃないですか」


 黙々と本を読み進めるルクスを呼んだのは葵色の髪を肩口で切り揃えた可憐な少女。

 セレナ・フォン・カーペンターであった。


「子どもたちへの読み聞かせはもういいのか?」

「はい。すっかり満足したみたいで獣人の子が中心になって外へ遊びに出ました。レインさんが引率です」

「勉強して遊んで食べて寝る。子どもの特権だな」

「ふふ、少し羨ましいですね」


 もっとも運動などしないで読書に明け暮れたいというルクスの本心などセレナにはお見通しなのだが。


「ところでルクス殿下」

「…なんだ?」

「お返事は決まりましたか?」

「………俺の婚約相手については俺の意思だけで決められるものではないと言ったよな」

「はい。ですがそれは諦める理由になりますか? 積もりに積もったわたくしの想いはどんな魔術でも打ち消すことはできません。とはいえ、わたくしとて貴族の娘、婚姻には政治的な思惑が付きまとうと理解しています。それでもわたくしはルクス殿下以外の殿方と結ばれることを考えられません。無理に婚姻を迫られれば家を出ることだってしてしまう、そのくらい真剣なのです」

「…想いは嬉しい。けど俺は好きがよく分からないんだ。兄や姉、妹のことは好きだ。ロミエルもレインもセレナも好きだ。でもこの好きはセレナの言う好きとは違うんだと思う。万を超える本を読んできてもこの感情だけは理解できずにいるんだ」


 少女の真剣な想いにルクスも秘めていた正直な思いをぶつけた。

 スオウで新たな精霊王となった少女の想いに応じた時と同じように。


「ではわたくしが理解させて差し上げます。わたくしを好きだと思えるように」


 奇しくも返ってきた言葉も同じだった。

 ルクスは場違いにも恋する乙女は時に大胆で強いと形容されるがその通りなのだろうと思った。


「だからそれまで婚約はしないでくださいね」

「…それは父上次第だ」

「なら大丈夫です。陛下と宰相閣下には何年も前からルクス殿下との婚約を打診していますから。お優しい陛下はもしも他の方との婚約が決まることになれば前もってわたくしにお教えするとお約束してくださっていますので」

「…君はすごいな。色んな意味で」


 高位貴族の娘とはいえそのような約束を国の頂点と結べている事実が本当にすごい。というか怖い。


「それとわたくしは本気ですので今後手段は選びませんよ。もちろん法や倫理は遵守しますけど」

「何をする気だ…」

「そうですね、例えば…」


 チラリとどこかを見たセレナは椅子から立ち上がり対面に座っているルクスの背後から顔を耳へ寄せた。


「こんな風に勘違いされるようわざとらしく口を寄せてみたり」

「っ…!!」


 鈴の音のような声が鼓膜を震わす。

 耳にはセレナの息がかかってひどくこそばゆい。

 五感のひとつを支配されたと錯覚するほどに。


 …まて、セレナは先ほどなんと言ったか。

 勘違いされるように…? 誰に?


 ガタリと立ち上がった俺は周りを見渡した。

 そして彼女の行動の真意を悟った。

 周囲には俺とセレナをキラキラした目で見る年頃の少女や瞠目したりにこやかな視線を向ける図書館の利用者たちの姿。

 先の場面は傍から見ればセレナが俺の頬に口付けしているようにも見えただろう。

 いや、そうとしか見えなかったはずだ。

 じゃなかったらこんなにも視線が集まるわけがない。


「いやっ、これは違くて!」

「ルクス殿下、図書館ではお静かに」

「誰のせいでこうなっていると…!」


 などと言ってるうちに数人の獣人族…確か街であった出来事を街中に教えて回る伝報使という職に就いている者たちが走らない程度の早足で去っていったのを視界に捉えた。

 このままでは早ければ今日の夕方には俺とセレナの話題で街中が満たされてしまうことだろう。

 アングレーム内だけなら良いが社交に広まれば俺にもセレナにもあとが無くなる。

 あの獣人たちが話を広げる前に捕えなければ…!

 

「どこに向かわれるおつもりですか?」

「…どれだけ本気なんだ」

「こんな風に皇族でいるルクス殿下に魔術を向けてでも、です」

「不敬罪どころじゃないぞ」

「先程のわたくしたちを見ていた観衆からすれば婚約者同士の戯れに見えますよ」


 動き出そうとした俺の周囲には濃密な魔力が漂い暴風領域が展開された。

 傷つけずに相手を捕え、一歩も踏み込ませないための檻。

 これをどうにかするには檻の外にいる術者をどうにかしなければいけない。

 かといって魔術で狙うには暴風が邪魔すぎる。

 無理やり突破することもできなくないが図書館の本に被害が出てしまうだろう。

 万事休す、打つ手無しの四面楚歌。

 しかし俺以外の人間ならば、という枕詞が付く。


「アウリー、この風を消してくれ」

「んー。まだやだ!」

「!?!?!?」


 奥の手である風の精霊王様はあろうことか嫌と言った。

 普段二つ返事で協力するアウリーがである。

 もっとも、不本意ながら理由はわかってしまう。


「…面白そうだからとか言わないよな」

「ううん、その方が面白そうだから私は止めないの。いい加減ルクスも婚約者作らないとだし。私が第一夫人になるけど人間のお嫁さんも欲しいでしょ?」

「ごめん、何言ってるか分からない」


 ほんとうにこの精霊は何を言っているのだろうか。

 術を解け、解かないという不毛な言い合いをしているうちに伝報使は図書館の外に消えていた。

 俺はというと見えぬ空を仰いだ。


 翌日からアングレームにはセレナが俺を口説き落としたという風説が流れ始めることになった。

 これを耳にしたレインが冷ややかな笑顔と共に事情聴取に乗り出したのは言うまでもないだろう。

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