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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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天才から見る天才

 アルニア皇国に本格的な冬が訪れ、新たな年を迎えた。

 北方の各地では初雪を観測し、オルコリア共和国内は豪雪に見舞われて各地の戦闘が止まったらしい。

 大陸が一時の平穏を享受する中、活気と熱気に溢れる都市があった。

 

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 今日は帝国産の茶葉からスオウの玩具まで仕入れてあるよ!」

「冬季限定で精霊の羽衣が定価の三割値引きだ! さぁ!買った買った!」

「朝仕入れたばかりの海鮮物はいかがかね!」


 アルニア皇国西部に位置する都市アングレームは目下、好景気に沸いていた。

 二ヶ月前に皇王直轄地だったこの都市を第三皇子ルクス・イブ・アイングワットが領主として任せられるようになってからというもの異常ともいえる勢いで発展を続けていた。


 たった二月の間にできたとは思えない立派な城壁は壮観の一言に尽き、二千にも満たなかった人口は四千を超えてなおも増え続けている。

 北部と西部を結ぶ街道に位置していることもあって大陸各地の品々がここに集約され多くの商人が足を運ぶ場所になった。

 そしてアングレーム領の最大の特色。それは、


「ガレリア商会さんー! お届け物です」

「おお!ありがとう。いつも助かっているよ。冬の空は寒いだろう?」

「いえいえ! 私たち鳥人族は秋先になるとモコモコの冬毛になりますし、ルクス様からこんなに素敵で暖かい制服もいただいているのでご心配には及びません!」

「そうかそうか。それならいいんだ。全く、この都市は便利すぎて他の都市に行けなくなりそうだな」


 赤い制服に身を包み斜めがけの鞄を肩口に引っ掛けた鳥人たちが都市の空を駆け回っている。

 地上を見れば郊外の牧場や畑で兎人族が人間と共に楽しげに働いている。

 これこそが最大の特徴、人間と獣人とが手を取り合って共生しているのだ。

 この光景を作り上げた第三皇子はなんてことのない人類のあるべき姿にしただとこともなげに口にしていたが実際のところそうではない。

 アトラティクス大陸どころか他の二大陸を含めても人間と獣人が対等に暮らしている場所は存在しない。

 主人と奴隷の関係がほとんどであり、良くて優等と劣等の差別関係だ。

 故にこの都市に初めてやってきた者は大抵この異常な光景に驚愕し、近くの酒場で住人にどういうことかと聞くまでが既定路線ワンセット

 そして同時に領主である第三皇子に対して畏敬の念を抱くのだ。

 これが後世に語り継がれることになる理想郷アングレームの始まりである。





 アングレームの領主館。その執務室の扉がコンコンと控えめに叩かれる。


「失礼します。商業部と服飾部門の報告書をお持ちしまし…あら?」


 執務室に座って終わりのない書類仕事をしているはずの銀髪の皇子へ報告書の束を届けにきた氷風の才女こと、レイン・フォン・アストレグであったが執務机に積まれた書類に向かって一心不乱に判を押していたのは別人であった。


「おはようございますレイン様」

「はい、おはようございます。なぜロミエル様がそこに?」

「…本日の予定をお伝えに来たところルクス殿下があとは頼んだと言って出て行かれてしまって。多分図書館にいらっしゃるかと」

「なるほど。ここしばらく執務に追われる日々で本を読むこともできていなかったようでしたし鬱憤が溜まっていたのでしょう。ですが政務を押し付けられたにしては嬉しそうですね」

「…読書をこよなく愛する殿下があれほど真剣に政務に向き合い日々上がってくる人間と獣人間のトラブルを全て解決して今のアングレームを作り上げられた。古今東西を見渡してもこれほど理想的な都市は他にないでしょう。そんな都市の運営に自分が携われていると思うと心が昂るのです。…きっと僕はルクス殿下に心酔しているのでしょうね」


 それはロミエルの正直な気持ちの吐露であった。

 幼少期から父母に天才だともてはやされ、領地を大きく発展させて領民とも比較的良好な関係を築いたロミエル。

 ()()の記憶を上手く活用している彼からすればルクスは正真正銘の天才であり、怪物であった。


 ロミエルとて獣人の差別の撤廃を目指して試行錯誤していた時期がある。

 しかし、全くと言っていいほど上手くいかずに先送りにした過去がある。


「僕の理想の領地はアングレームなんです。人種の壁を超えて笑い合えるなんてすてきじゃないですか。僕じゃできなかったその姿がここでは形になっている。誰も言いませんが、これこそがルクス殿下の打ち立てられた偉業だと僕は思います。そんな殿下に頼られていると思うと嬉しく思えてしまうのです」


 アングレームへやってきてから早二ヶ月。

 ルクスは何かとロミエルへ仕事を振り続けた。

 デラン川流域の測量に商業区画の調整、若き兎人族族長のお悩み相談とその解決までといったように多岐に渡った。

 中には何故と思うような雑事も含まれていたがその全てが無駄にならなかった。


 ルクスの先を見通す力はロミエルの想像できない領域にあるのだと気付かされた。

 それ以来、今任された仕事がどこへ繋がるとかが楽しみでならないのだ。


「……少し妬けます」

「え?」

「いえ、なんでもありません。それでは私はルクス殿下の元に向かいますのでこちらの書類はよろしくお願いしますね」

「ちょっ!? これ何十枚あるんですかっ。こんなの一人じゃ無理ですって!!」

「私よりもルクス殿下にとっても信頼されているロミエル様ならきっとやり遂げられます。それとカーサス様がオルコリアへの出兵編成や物資関連の書類を持ってこのあと来られると思いますのでそちらもお願いしますね。では失礼します」


 悲痛な叫びが上がったがその声は執務室の防音性に阻まれて他の者たちには届かなかった。

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