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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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皇国特使

時の流れは早いことにもう8月ですね。

皆さん水分補給を忘れずに…!

 アングレームの朝は早い。


 急激な人口増加による住居の不足。

 人と獣人による文化の違いとそれに伴うすれ違いや衝突。

 不足する建材の数々。

 これらの問題に対処するべく面倒くさがりな皇子は趣味への時間を犠牲にして不眠で指揮し、命令を各所へ走らせた。


 住居の不足は獣人たちを総動員して手伝わせた。

 これだけ聞くと結局奴隷のように扱ってるのかと問われそうだが実際は獣人たちの方が喜び勇んで働いている。

 若き皇族の領主は建設作業への参加は自由とし参加した者ついては一日あたり銀貨一枚と労働時間内の食事の保証を確約した。

 通常、肉体労働を領主が強いる場合は労役として扱われることが多い。これは支払うべき税の一種であるため納める民側には一枚の銅貨も支払われない。

 これに対しアングレームでは金も食事も付いてくるのだ。

 自給自足が主であった獣人たちは総じて金銭的な余裕がない。

 食事についても一日一食あれば十分といった具合なのだがここでは全てが満たされる。

 お金を貰い、食事も出されるという獣人であることを考えれば破格すぎる条件だ。

 半信半疑であった獣人たちも多かったが先に参加した者の好意的な声を聞いて我先にと飛びついた。

 ただ労働力を搾取するだけではなく民の生活を豊かにするメリットを提示する。

 ルクスのやり方は施政者としては実にずる賢かった。

 提案した際に財源はどこから出すのかと問われた際にルクスは「年金が出る皇族にも関わらずまともに外に出ることも調度品を買うこともない俺だぞ? どれだけの財貨が金庫に腐ってると思ってる」と笑いながら自身の貯蓄を放出した。


 比較的まともな貴族が揃っているアルニア皇国でも領主が私財を投げ打ってまで領民、それも獣人に寄り添った政策を取ろうなどと行動したのはルクスのみである。


 こういった話を酒場にやってきた屋敷の文官や旅の行商人が得意げに話しているのを聞いた獣人たちの間でルクスの評価が上がり、種族と価値観の違い故に頻繁に衝突し続けていた人間と獣人たちの諍いがルクスの一言によって日に数回程度の頻度にまで減った。

 各獣人族の長から無用な争いを起こすなと言い含められたこともあったが、多くの獣人はそれ以上に文句のつけどころのない待遇を与えてくれたルクスへの感謝と恩義から彼に迷惑をかけないように自発的に行動した結果だった。

 ひと月にも満たない期間でルクスは獣人たちの心を掌握したのだ。


 この事実に密かに恐怖したのはロミエルだ。

 今やアングレームの住人、特に獣人たちはルクスに心酔しており、どうすれば役に立てるかを議論するほどに傾倒している。

 仮にルクスが戦争に赴くようなことがあれば当然のように兵へ志願することだろう。

 実際そう意気込む獣人文官たちの会話を聞いている。

 ルクスの名のもとに人間も獣人も分け隔てなく団結しているのがアングレーム現状なのである。


「負けていられない」


 ふっと呟いてロミエルは仕事用の机に積み上がった書類に目を通し始めたのだが館の外から馬の嘶きが聞こえた。


「なんだ? 今日は馬を館の前に停めるなと各方面に通達したはずだが…」


 明け方まで書類と格闘し、各部署へ指示を出し終えた徹夜の皇子が寝室に入ったため眠りを妨げないように館周辺での音の鳴る行為全般を規制したのはつい数刻前である。

 にも関わらず館の正面に馬を停めた者がいる。

 アングレームに住まう者が心酔する皇子の眠りを妨げるなどあるわけがない。

 となれば可能性はひとつ、外部からの来訪者である。


「…あれは皇国特使?」


 窓から正面口を見ると群青色の帽子を被る男が見張りの騎士に何やら話している。

 群青色の帽子は皇国特使という皇王からの特別な使者を示す。

 皇国特使は国家機密を扱うため基本的に謎に包まれた職だ。任命される条件も不明で何人の特使がいるのかも知らされていない。


「さすがに起こさないとかな…」


 ゆっくり寝かせてあげたいがそうもいかない。

 なにせ皇国特使がやってきたということはそれ相応の事態を知らせる使者であるから。

 国政に大きな影響を及ぼす何かを。

 ロミエルは特使を出迎えるために屋敷の入口へと向かった。





「お出迎えありがとうございます。皇国特使のカーサスと申します。以後お見知りおきを」

「ルクス皇子殿下付き補佐兼、アングレーム政務官のロミエル・フォン・フレミネアです。現在ルクス皇子殿下は朝方までの政務のお疲れからお眠りになっております」

「そうでしたか。それは間が悪い時に来てしまいましたね」

「急ぎの要件であれば起こして参りますが…」

「それには及びません。少々特殊な事情もありますので」


 カーサスはたった今出されたお茶一口含むと美味しいと呟いた。


「これからお話することはルクス皇子殿下、ならびにアングレームの皆様の今後に関わるお話となります。先にルクス皇子殿下の側近の皆様にお話ししたいのでアングレームの領地運営に携わる主要な方を集めて頂けますか?」

「かしこまりました。半刻ほどお待ちいただくことになってしまいますがよろしいですか」

「ええ。時間はありますので」


 半刻後、アングレーム各地で政務にあたっていた面々が応接室に集まった。

 集められたのはロミエル、ジェリク翁、レイン、セレナ、カシアンの五名。


「お待たせしました」

「いえいえ。お茶がとても美味しく楽しんでいたらあっという間でした。さて」


 カップを置いたカーサスは室内を見渡して何かを確かめる。

 やがて問題ないと判断したのか頷いた。


「失礼しました。宰相閣下から限られた方のみに伝えるようにと命じられておりますので確認しました。盗聴対策も万全に施されているようですね」

「……それはもう」


 実は眠りを邪魔されたくないとか読書の妨げにならないようにとかくだらない理由で屋敷内の大部分が防音の魔道具の適応範囲内になったことを知るロミエルたちは皇国特使の賞賛からそっと目を逸らした。


「それでは私がここに来た理由をお伝えします。改めて念を押しますがこれから話すことは他言無用でお願いします」

「この場にいる者に機密を漏らすような者はいません。安心してください」

「それでは伝えます。此度はユリアス皇子殿下、オーキス宰相閣下、そして皇王陛下よりお言葉と手紙を預かっております。手紙はルクス殿下宛のため皆様には皇王陛下からのお言葉をお伝えします」

「拝聴いたします」


「『移民獣人の件、加えてアングレームの発展ともに大儀である。今後とも第三皇子ルクスをよく支え皇国の更なる繁栄の為に尽力せよ。さて、いくつか伝えるべきことがある。まず、先日帝都で行われた対悪魔会談について。結果から言えば冒険者ギルドの協力の元、ルクディア帝国、シャラファス王国、ノア聖教国、北方諸国連合、そして我が国の五カ国間で悪魔に対抗するための同盟【破邪同盟】が結ばれることとなった。以後、五カ国間の移動が活発になることを承知せよ。次にそちらからやってきたドワーフの件である。協議の結果、我が国はドワーフの願いを聞き入れることと相成った。オルコリア共和国内建派からの承諾を得て破邪同盟参加国への根回しが完了したのちにオルコリア共和国へドワーフの救援と保護を目的とした国外遠征が始まる。その際、アングレームの戦力を編入するゆえ準備を進めよ』とのことです」


 アルニア皇国の政治に関する最終的な決定権は皇王が持つ。

 中央集権国家であるためそこは揺るがないのだが、皇王が国の行く末の舵を取るまでの過程には有力貴族の思惑や派閥の意向が絡み合う。

 東西南北を統べる公爵と辺境伯が軍の要職についている関係上、武官中心の軍派閥が強い影響力を持つと思われがちだが、実際はそうでも無いのがアルニア皇国。

 宰相や各大臣を中心とした財務派閥は軍の予算を定める権利を持っているため軍派閥も強気な意見は出し切れないのだ。

 かといって仲が悪いのかと言えばこれも違う。

 軍派閥のトップと財務派閥のトップは学院時代の同期であったため関係としては良好。

 互いの派閥の要職に就く者同士も他派閥へ一定の理解があるため予算も適正に出されているし互いに意見を交わすこともしばしば。

 そう、世界的に見てもアルニア皇国の派閥事情は良好そのものなのだ。


 つまり、遠征諸費を理由に財務派閥が反対しそうなこの他国への出兵も皇王が命じるということは両派閥で合意が取れたということなのである。

 この話を聞いていたロミエルだけはアルニア皇国の上層部の親密さに改めて驚いているのだがそれ以外の面々にとっては普通のことという認識なので至って落ち着いている。

 そんな中で内心の動揺を押さえ込みアングレームの若き政務官は挙手をした。


「質問をよろしいでしょうか」

「はい。と言っても私はあくまで陛下のお言葉を伝える役に過ぎませんので分かることはお答えするという形になりますが」

「承知しております。オルコリアへの出兵については分かりました。その際に我が国が送る軍の規模と編成、兵站についてはどのようになるのでしょうか」


 目的がドワーフの保護及び独立の手助けとされているが、現状を鑑みるにオルコリア共和国外征派と遭遇すれば戦闘は避けられないだろう。

 半端な数の兵を送っても外征派によって制圧されてしまうことも想定される。


 そして最も重要な兵站について。

 戦争において大事なのは兵站の管理。

 軍の規模が大きくなればなるほど兵站を太く揺るぎないものにしなければならないし、戦地が遠ければ遠いほど兵站確保は至難となる。

 今回のような敵国内での活動では兵站の問題は非常に大きな懸念事項となる。

 アングレームから兵を出す以上、最低限これらの情報は政務官として聞かねばならない。


「まだ調整中ですが黒鳳騎士団第三分隊と白鳳騎士団第二分隊、さらに各宮廷魔術師団より選抜された五十名の出陣は確定しています。これに北部貴族軍とアングレームの戦力を加えることになるかと。兵站管理はジャマフ伯爵が担当することが決定しております」

「ジャマフ伯爵が…。それなら心配はなさそうですね」


 ジャマフ伯爵の名が出るとジェリク翁とカシアンが安堵の表情を浮かべていた。


 皇国北西部の海沿いに領地を持つジャマフ伯爵は軍関係者ならば必ず知っている有名人。

 混沌渦巻く魔神戦争の際にアルニア皇国が送った北方諸国連合救援軍の兵站を一手に担い、頻繁に起こる魔物による襲撃を掻い潜り、二万の兵を無事送り出し兵站を維持し続けた影の立役者である。

 ジャマフ伯爵の偉業を知る者たちにとって彼が戦に関わるかどうかは最早全体の士気に関わるほどなのだ。

 

「部隊編成の確定が完了次第、アングレームに集結させます」

「アングレームに…つまりオルコリアへの経路は北部国境からではなくデラン川ということですね」

「そうなります。現状北部国境を接しているオルコリア側の地域は外征派の勢力圏です。北部国境から侵入した場合、即時戦闘に突入することでしょう。最悪大規模な戦争に発展することさえあり得ます。悪魔の存在が不安視される今、皇国としてもそれは避けたいのです」

「そのためのデラン川からの北上ですか」

「ええ。国境さえ抜けてしまえばそれ以降のデラン川沿いは内建派の支配領域なのでドワーフ自治領まで戦闘にはならないはずです」

「理解しました。最後に一つだけ」


 人差し指を立てたアングレーム政務官は皇国特使へ問う。

 聞きたくないが聞かなければならないことを。


「此度の出兵の責任者…総大将はどなたですか」

「その様子ですとある程度予想がついているのでは?」

「…ルクス殿下でしょうか」

「はい。正式な任命書は後ほど殿下に直接お渡しいたします」

「確かに他国での活動には咄嗟の事態に対応できる者が必要ということは理解できます。ですが破邪同盟が成立した今、最も近くにあり危険な仮想敵国であるオルコリアへ皇族の方をお送りせずとも伯爵以上の方であれば十分と愚行しますが…」

「当然陛下や中央の方々も同様のご懸念をお持ちです。ただ、国外での軍事行動には多大な責任が伴います。内建派はもちろん、外征派からも接触があることでしょう。そういった全てを任せられる立場で咄嗟の交渉に対応できる知略、そして他国に轟く勇名があり現状動かせる人物となるとルクス殿下しかおられないのです」

「それは…そうですが」

「皇王陛下を始め中央の方々とて備えは万全にしております。軍事演習の名目で東部国境の精鋭を北部国境沿いに駐屯させ有事の際には即時に動かせるように待機させています。加えて各宮廷魔術師団も皇都に招集し待機状態にしてあります。ルクス殿下の身に危険があればオルコリアと戦端を開くのもやむを得ないと陛下は仰られていました」

「…ルクス殿下は嫌がりますよ間違いなく」

「陛下や宰相閣下も同様に予想しておりました。ですので餌で釣ると仰られておりました」

「…稀覯本あたりを提示すれば間違いなく乗ってしまうでしょうね。残念ながら」


 ルクスをそれなりに知る者ならば珍しい本一つで面倒なことや危険なことでも割とやる気になってしまう単純ちょろいな奴だと知っている。

 そしてやる気になれば相当優秀なことも。


「その辺はのちほどルクス殿下へ直接お話しましょう。言い忘れていましたが本日から私もルクス殿下付きの補佐として配属となります。よろしくお願いしますね」

「え、皇国特使が!? どういうことですか!?」


 こうしてまた一人アングレームに愉快な仲間が加わった。

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