対悪魔会談(下)
誤字報告ありがとうございますm(_ _)m
大変助かります。
「全員揃いましたので会談を再開いたします。先ほどレシュッツ悪魔事変の大まかな概要を皆様に共有しましたが、私があえて省いた内容があります。そしてそれが一番深刻な問題でもあります」
「悪魔が絡む時点で良い内容じゃないじゃろうな」
「サイラス様の仰る通り最悪な内容です。…悪魔は奴らの住まう魔界から我々の住む世界へ顕現するために魔力を持つ生命体の死体を依代として用いるという話をご存知の方もいらっしゃると思います。しかし、今回悪魔たちは人間社会に紛れてごく普通の人間として暮らしていたことが判明しました。……奴らは顕現してすぐに単体で暴れるのではなく、何かを準備していたようなのです」
魔人戦争の際は世界に現れてすぐに侵攻を始めた悪魔たちが人間の中に潜んでいるというのはこれまでの悪魔の行動傾向から逸脱している。
「加えてレシュッツに現れた悪魔の主格…ヴィネアはシャラファス王国に保管されていた呪狂王の禁書を盗み出し、禁術と悪魔の力で人を操り、手駒へと変化させていたそうです。その力は常人を遥かに超えており脅威度は最低でもB級に届くようです。そして今回レシュッツで起きたことは始まりですらなかったというのが冒険者ギルド総長としての見解です」
「…悪魔たちは人間の弱体化を狙っている?」
「恐らくは人間同士を疑心暗鬼に陥らせるための策でもあるだろうな」
「奴らは一度人類に敗北しています。魔人戦争で仲間が討伐されたことを受けて確実に人類を打倒することを考え始めた。その目的はこの世界を侵略し手中に収めることではないでしょうか?」
「冒険者ギルドとルクディア帝国の予想はマリウス様と同じです。奴らの目的は我々の住まう世界の確実な侵略であると。ですが過度なご心配は不要です。これを阻止するために今回我々は皆様を集めたのですから」
メリルがそう言うと大陸一の国土面積と力を持つサファム皇帝が口を開く。
「儂、ルクディア帝国第十四代皇帝サファム・ゼクトゥール・ルクディアはここに悪魔へ対抗するべくこの場に集う全ての国家へ破邪同盟の締結を提案する」
サファム皇帝の提案への反応は大きく分けて二つ。
驚きと安堵である。
シャラファス王国やノア聖教国のルクディア帝国との関係は仮想敵国であり、いつ大きな戦いに発展してもおかしくない程度には国境沿いの小競り合いが絶えない。
ルクディア帝国といえば言わずと知れた大陸へ覇を唱える巨大国家。
その歴史は侵略と併合がほとんどである。
現にルクディア帝国の構成国には十を超える中小国家が存在する。
そんなかの国が主要国全てへの同盟を提案するというのはこれまでの帝国の在り方を考えると信じられないことだった。
密かに安堵を浮かべたのは冒険者ギルドと北方諸国連合の面々。
この同盟を立案した冒険者ギルド総長であるメリル・シュザンは魔人戦争の後から根気よく帝国へ対悪魔を目的とした同盟の成立の必要を説いてきた。
悪魔とは人知の及ばぬ存在でありその力は一国家で相手取るには大きすぎる。
魔人戦争で人類が多大な犠牲を払った一因は連携不足だった。
日々戦いを繰り返していた当時の国々は自国よりも圧倒的力を持つ悪魔たちに為す術なく蹂躙された。
もしもあの時、国家間の団結があれば侵攻速度も犠牲は抑えられたはず。
実際、メリルは魔人戦争で両親を失っている。
その亡き両親に同盟の成立を誓い行動した結果が今回の破邪同盟。
描いていた構想がやっと形になったと感動も一入である。
帝国の庇護下にある北方諸国連合としても悪魔がまた現れた以上、人類同士で争っている場合ではないと考えていた。
北方諸国連合とは最前線で魔人戦争を経験し生き残った国々がまたやってくるであろう悪魔に対し団結しようと考えて設立した連合。
そんな彼らと同じように大国が行動してくれたという結果は彼らの選択が間違っていなかったという証左にもなり北方諸国の民たちも大いに喜ぶだろうと。
「冒険者ギルドはサファム陛下の破邪同盟の成立を全面的に支持いたします。同盟が成立し参加国となった国には冒険者ギルドへの討伐税の廃止を宣言します」
討伐税とは各国内で冒険者によって討伐された魔獣の等級と数に応じた金銭を冒険者ギルドへ納めるという仕組みのことでこの制度は冒険者ギルドが創設された頃から存在する。
この討伐税を支払うことを拒否した場合、冒険者ギルドはその国内での活動頻度が大幅に低下してしまう。
冒険者ギルドが掲げる力なき民のためにという理念がありながら金を求めるのはどうなのかと問われることがあるが、冒険者とて命懸けで依頼を遂行している。そんな冒険者たちへの報酬や支援をするためには財源確保は必要不可欠なのだ。
冒険者になるきっかけのほとんどは金のため。
金がないと苦しむ新米冒険者の多くは民のことを考える余裕などなく、その日を生き抜くことで精一杯。だがそんな彼らも依頼をこなし、生活に慣れてくると民のために頑張る先輩たちの背中に気づく。そしていつしか民のためにの理念を継承していくのだ。
さて、冒険者ギルドが請け負う依頼には成功報酬が存在する。
これは依頼主から与えられる報酬なのだが実は討伐税によって納められた金が少なくない額を負担している。
魔獣などの討伐依頼というのは大抵付近の民が発見し冒険者ギルドへ討伐を依頼する。
このとき貧しい身の上の民は報酬を十分に用意できないことが多い。こういった時に報酬金額へ討伐税を財源としてあてがうのだ。
とはいえ討伐税の全てが財源になる訳ではなく実はそのほとんどが冒険者ギルドの運営費や諸費に回されている。
「討伐税の廃止ですか。国としてはこれまで討伐税に割いていた予算を別へ回せるのは嬉しいです。しかし冒険者ギルドの運営に支障はないのですか?」
「マリウス殿下の懸念は当然のものかと思います。私も報告されていた通りの冒険者ギルドの財政だと厳しいと考えていました。ですがここ数年の収支報告を精査した結果、複数の横領の証拠が見つかりまして。お恥ずかしい話です」
「なるほど。最近冒険者ギルド内で大規模な人事異動があったという噂を聞いたがそういうことだったか」
「ええ。お恥ずかしいことに副総長を含む職員たちが結託して横領しており報告書類も何重にも偽造していたため発覚が遅れました。皆様にもこの場を借りて謝罪させてください」
深々と頭を下げるメリルへ各国の代表者たちは同情を込めた視線を送った。
メリルは元々世界を飛び回るSS級冒険者である。
前任のギルド総長が亡くなった際に発見された遺書に後任としてメリルを任じるという一文がなければ今でも各地を巡っていたことだろう。
やったことも無いギルド経営や事務仕事をいきなり任された経緯から経理や小難しい業務は長年勤務していた副総長が担当していたのだがその結果、横領と汚職がギルド内で横行してしまった。
責任者とはいえ不憫だと各国代表たちは思った。
これがSS級冒険者として世界の安寧に従事してきた者でなければ非難の嵐が吹き荒れている。
「謝罪を受け入れよう。その汚職に手を染めた痴れ者共の後始末が面倒なのであれば帝国が請け負うがどうじゃ?」
「皇帝陛下のお手を煩わせるまでもなく私が然るべき処分を下しております。…もうこの世にいない者や犯罪奴隷の身となった者たちの話をしても時間の無駄ですので」
「ならばよい。じゃが討伐税の廃止はギルドの運営にとって死活問題ではないか?」
「ご心配には及びません。これまで横領された金額と各商会からの冒険者ギルドへの寄付で十分回ります」
「ふむ、それなら問題はなかろう。さて、では各国の答えを聞かせてもらおう」
「シャラファス王国は破邪同盟を承諾、参加いたします」
「ほう? 王国の軍部であれば禍根のある我が帝国との同盟などもってのほかだと騒ぎそうじゃが?」
「ええ。確実に騒ぐでしょうが私が黙らせます。どうしてもと喚くのなら悪魔に軍部が警備していた区画から保管していた禁書を盗まれた挙句、それを利用された責任を持ち出せば黙るでしょう。これは悪魔が絡む人類全体の問題です。面子や感情論に配慮する余裕はきっとないでしょうし」
「ふむ。王国の未来は明るそうだな」
「光栄な評価です」
「他の国はどうか?」
「北方諸国連合は当然参加させていただきます」
「我々ノア聖教国も是非に。邪悪なる存在を滅するには団結すべきでしょう」
「アルニア皇国も同盟へ参加します」
「ルクディア帝国が掲げる悪魔に対抗し奴らを滅するための破邪同盟。これへの会談参加国全ての加入を確認しました。この同盟設立の事実は冒険者ギルド総長メリル・シュザンの名のもとに世界各地へ広く公表させていただきます」
「うむ。では同盟の詳細なことを条文に記す。異議があれば申し出よ。一つ、破邪同盟宗主国は形式上ルクディア帝国が務めるが同盟加入国は対等であり平等である。一つ、同盟期限は十年間としこの期間中の侵略を目的とした戦争を禁ずる。一つ、同盟加入国内での悪魔に関する発見は冒険者ギルドを通じて必ず報告すること。一つ、同盟加入国か悪魔による攻撃を受けた場合は必要物資の供給や軍事力の提供といったあらゆる面で被害国を支援すること。どれか一つでも破った国には経済的制裁を加える。大きなところでいえばこんなところだろう。異議はないか?」
頷き了承を伝える各国代表を確認しサファム皇帝は立ち上がった。
「承諾を確認した。ルクディア帝国第十四代皇帝サファム・ゼクトゥール・ルクディアの名において、ここに破邪同盟の設立を宣言する!」
この同盟の成立は大陸を超えて世界中に衝撃を与えた。
これが後世においてルクディア帝国の最たる偉業と謳われる破邪同盟誕生の瞬間であった。
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