対悪魔会談(上)
皇都クラエスタを発ち東部国境を超えてから約一月、アルニア皇国第一皇子ユリアス・イブ・アイングワット率いる一団はようやく目的地へと辿り着いた。
「ここが帝国の首都、帝都ルクディアスか」
「さすがに荘厳の一言ですね。一見すると都市の発展を第一に区画が整備されていますが、各区画を壁で区切り有事の際には防衛線として構築できるように作られているようです」
「ああ。常時発動の魔術障壁も堅固で一筋縄でいかないようだ。恐らく戦時用の障壁もあると考えると現戦力で攻め落とすには骨が折れるな」
「…ユリアス殿下ここは既に帝都の中です。どこに耳があるかもわかりませんので下手なことはおっしゃらないようにお願いします。コールソン、お前もだ」
「失礼しました」
黒鳳騎士の精鋭百名に護衛される馬車の中でユグパレ元帥に諭されるのは第一皇子ユリアスとその右腕として先の対帝国戦で活躍したコールソン・クリーク。
今回の会談にあたって東部国境でユリアスと合流した彼はしきりに帝都を観察していた。
いつか攻めるかもしれない都市の弱みを探るのは将の性であろう。
しばらく帝都の街並みを眺めていると中央に鎮座する大きな城の前までやってきた。
ルクディア帝国が世界に誇る白亜の城、帝城ニラディア。
その正門前には紅の鎧で統一された騎士がずらりと並び中央には見覚えのある男の姿があった。
「これは手厚い出迎えだな」
「少々手厚すぎますけどね」
馬車が止まったところで下車した三人を赤髪の男は両手を広げて迎えた。
「ようこそ帝都ルクディアスへ。思いの外早い再開であったな、ユリアス」
「ふっ、そうだな。まさか皇太子のクライン自らが精強と名高い紅華を引き連れて迎えてくれるとは思わなかった」
大陸屈指の領土面積と豊富な人材を持つルクディア帝国には複数の騎士団が存在し、皇帝直下の第一から第五の近衛騎士団の他に各皇族麾下の騎士団が存在する。
その中でも屈指の戦績と強さを誇るのが紅華の異名を持つ炎龍騎士団。
皇太子クラインの直属部隊でありその比類なき強さから帝国各地の魔獣の討伐に飛び回っているはずの最精鋭部隊が一国の皇子の出迎えだけのために整列しているのは些か過剰といえる。
「我が帝国にとって最も厄介で脅威と考えられている皇国から麒麟児がやってくるんだぞ? これくらいは必要だろう」
「過分な評価だ。三年後には倒す相手ではあるけどな」
「ふっ…言ってろ。必ず打ち負かして俺の配下にしてやるぜユリアス」
「その言葉、そのまま返してやるよ。クライン」
固く握手を交わした二人の姿を皇国の元帥はため息をこぼしながら眺めていた。
◆
ユリアスたちアルニア皇国組が帝都に到着してから六日後、全ての会談参加者が帝都入りし、帝城ニラディア内の大会議室に集められた。
ルクディア帝国第十四代皇帝サファム・ゼクトゥール・ルクディア。
炎の精霊王との契約者であり帝国皇太子クライン・ゼクトゥール・ルクディア。
シャラファス王国王太子マリウス・ド・シャラファス。
シャラファス王国名誉男爵【勇者】シリル・ルーデ。
ノア聖教国枢機卿エゼキエル・アイシュリング。
今代の聖女ニア・ライサンドラ。
北方諸国連合代表ドリアン・アルバリア。
北方諸国連合軍務総長サイラス・ヨールド。
アトラティクス大陸冒険者ギルド総長メリル・シュザン。
最高位ランクSS級冒険者ラグナ、パーシヴァル、ノーラ・カロルイン。
そして、アルニア皇国第一皇子ユリアス・イブ・アイングワット。
皇国が誇る救国の英雄ユグパレ・フォン・グライツナー。
アトラティクス大陸の長い歴史の中でもこれほどの規模で各国の要人が一堂に会することなどたったの一度もなかった。
厳粛な空気の中、錚々《そうそう》たる顔触れに臆することなくパンと手を打ち鳴らしたのは冒険者ギルド総長。
「皆様のお顔が怖いのでこれ以上険しい顔になる前に早速始めさせていただきます。今回多忙極まる皆様をこの場に集めた発起人の一人である私、冒険者ギルド総長メリルが進行を務めさせていただきます。よろしいでしょうか」
全員が頷いたことを確認したメリルは満足そうに笑みを見せてありがとうございますと続けた。
「まず今回の会談にあたり主要国のほとんどからのご参加を賜り、遠路はるはる帝都まで出向いてくださったことに厚く御礼申し上げます」
「当然のことです。何せ悪魔の問題は大陸に生きる全ての人々にとって決して無関係な事柄ではありませんから」
「そういった認識をこの場の皆様がお持ちであったことに安心いたしました。さて、それでは改めて本会談の参加者の皆様を紹介いたします」
順番に紹介される各国の要人たち。
もっとも、一定以上の知名度のある参加者しかいなかったためそこまで時間はかからなかった。
「さて、今回話し合う予定の議題は悪魔への対策についてですが、前提として知っておかなければならない事案がございますのでそちらから説明させていただきます。すでにご存知の方も多いでしょうが二ヶ月ほど前、アルニア皇国南部にて魔人こと、悪魔が出現、そして討伐されました。ここまでは各国冒険者ギルドからお伝えしたはずなのでご存知のことと思います。これから語るのはアルニア皇国から提供されましたレシュッツ悪魔事変の報告書の内容となります」
少なからず驚きの空気が漂った。
大陸どころか人類を揺るがす悪魔の出現とはいえ、自国の戦力を分析できるような情報を惜しげなく提供したアルニア皇国の姿勢に対してである。
当然そこには悪魔にも勝てる自国の戦力を知らしめ外交的優位を得ようという意図もあるのだがアルニア皇国としてはそれ以上に大陸の団結を願っていた。
それゆえの情報提供である。
「ユリアス殿下、我々の要請に応じて貴国の機密に当たる文書を公開していただけましたこと、この場を借りまして改めてお礼申し上げます」
「我が国としては国益よりも、悪魔に対しての人類の団結を優先すべきと判断しました。礼には及びません」
「ありがとうございます。それでは内容に入らせていただきます。事の発端はアルニア皇国南部の視察中であった第三皇子ルクス殿下に同行していた第四、第五皇女様が何者かに拉致されました。この際、護衛に付いていました氷風の才女と名高いレイン・フォン・アストレグ様も連れ去られました」
これに唸ったのは北方諸国連合ヨールドの軍務総長サイラスだった。
「それはそれは。音に聞こえた氷風の才女殿もか。護衛はレイン嬢のみだったのか?」
「いえ、皇国の騎士団のひとつである白鳳騎士団から二十名が同行していたようですが襲撃犯によって壊滅したと」
「ほう。空を駆ける騎士たちの練度は高いと儂は聞き及んでいるがその襲撃犯が悪魔だったのか?」
「いえ、ですがそのことについては後ほど説明させていただきたく」
「話の腰を折ってすまなかったの。進めてくれ」
「はい。続けさせていただきます。皇女様が攫われたことを知ったルクス殿下は僅かな時間で犯人の本拠地を特定し、黒鳳・白鳳両騎士団を自ら率いて突入。この時ルクス殿下も数名の悪魔を討伐したとのこと。その後、無事攫われた二人の皇女殿下とレイン様を救出。黒鳳騎士団長と白鳳騎士団長が上位存在らしき悪魔四体と戦闘になり、その間に首魁と思われるヴィネアと名乗った悪魔は謎の人物と戦闘になりました」
「謎の人物…? 皇国の戦力ではないのか?」
「そのようです皇帝陛下。高位冒険者ではないのかと冒険者ギルドにも問い合わせがありましたが、当時の皇国南部に滞在していた冒険者で一番高いランクはA級でした。つまり冒険者ではない何者かということになります」
「ふむ」
「続けます。まず二人の騎士団長は四体の悪魔に対して勝利しました。謎の人物と悪魔ヴィネアの戦闘は激化し相当の被害を街に与えました。そして悪魔ヴィネアによって推定Z級の巨大魔獣が召喚されました」
「Z級だとっ!?」
「…悪魔以上の脅威ですね」
間違いなく今日一番の驚愕が全員を襲った。
Z級の魔獣など最後に現れたのは百年近く前であり当時はいくつもの国が滅んだという記録が残っている。
「しかし、召喚直後に精霊魔法と思われる一撃で討伐。熾烈な戦いの末、悪魔ヴィネアはレイン様の水属性第十二階位魔術によって討たれました」
おぉという驚愕と感嘆の混ざった声が複数上がった。
それは人類の魔術が悪魔へ届いたという事実と御伽話のような結末への歓声でもあった。
「以上がレシュッツ悪魔事変の顛末です。恐らく詳しく聞きたいことがいくつもあるでしょうが、質問は会談終了後にお願いします。こちらの報告書にある内容でしたら答えて良いとアルニア皇国からも許諾を得ています。ですが、先に三点だけ補足しておきます。まず一点、皇女殿下を攫った一団は悪魔によって改造された人間でした。以降便宜上、改造魔人と呼称します。その力は個体差があるが、総じてA級以上であるとのことです」
「人間を化け物へと変える…。我ら聖職者としては到底見過ごすことができない事象です」
「聖職者に関わらず許してはならんだろうな。まあ倫理の欠片もない点だけは悪魔らしいとも言えよう」
「最低A級というのも厄介です。我々人間が変化させられるということは方法次第では量産できるでしょうし」
「全くですね」
「次に二点目。レイン様が放った魔術を水属性第十二階位魔術と言いましたが、その術式は大きく改良されたオリジナルだったことがわかり、先日大陸魔術協会から水属性第十三階位に認定するとの声明も発表されました。その桁外れな威力は伝説に残る水の精霊魔法に迫るとも劣らないものだそうです」
「人の身で『魔法』の域に達した魔術師か。是非とも一度会いたいものだ」
「精霊に迫る、か。俺も精進しなければなるまいな」
この補足に関しては参加者たちは穏やかに聞いていた。
若干名の目の色が変わり闘志を漲らせたのをユリアスは目ざとく確認していた。同時に小腹が空いたなどと考えてもいたが、どうせ次の補足を聞けば一旦会談は休憩となる確信があった。
「最後の補足です。…ええと、これは謎の人物に対するアルニア皇国の考察と分析なのですがその人物は恐らく精霊契約者のようです。それも相当高位な精霊…報告書の内容と私の直感から等級は間違いなく精霊王。契約者である謎の人物自身の魔力量ですが精霊王と契約できる時点でS級を軽く超えていることでしょう。また、その人物自身の術式構築速度は常軌を逸していたともあります。…そもそも上位の悪魔と単身戦ってあまつさえZ級の魔獣を一撃で討伐するなど精霊王級の精霊との契約者でなければ不可能ですから」
メリルが一通り語り終えると普段は微塵も動揺を見せない鉄仮面をかなぐり捨てて謎の人物への所感や考察を述べていた。
そのあとの展開はユリアスの思った通りであった。言ってしまえば紛糾した。それはもう大いに荒れた。
アルニア皇国の切り札説から引退した高ランク冒険者説、果てには新たな勇者や異世界人ではないかとの疑惑まで浮上した。
対悪魔について話し合う前に疲労した者が多く見られたため、一度休憩を挟むことになった。
◆
「ユリアス殿下、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
「これはエゼキエル枢機卿。聖教国の軍事一手に任されるような方が私などに声をかけてくださるとは思いませんでした」
「確かに私は教皇猊下より軍事を任せられていますが、とてもユリアス殿下のように指揮することはできますまい」
「ご謙遜を」
休憩のタイミングでユリアスの元へ話しかけにやってきたのはエゼキエル枢機卿だった。
ノア聖教国にて軍事を担う彼はかの国の国教であるノア聖教の七人しかいない枢機卿の一人だ。
その傍には今代の聖女として選出されたニア・ライサンドラが控えている。
ノア聖教国では十年に一度、聖女選定会が開催される。
聖女の選定基準は至ってシンプル。
ノア聖教を信仰する信徒の中で最も治癒魔術の適性が高く、慈愛の心に溢れる者が選ばれる。
今回会談に同行してきたニアは数ヶ月前に選出されたばかりの聖女でその年齢は十六歳と歴代の聖女と比べてもかなり若い。
そんな二人がわざわざ話しかけにきたという状況はユリアスの脳内で警鐘が鳴り響くには十分な理由だった。
「それにしても先ほどの情報には驚かされましたな。とても信じられない…まるで英雄譚の一幕でも聞かされているのかと思うほどでした」
「悪魔の出現も夢物語であれば良かったのですが」
「それはごもっとも。不浄かつ邪悪の代名詞である悪魔は我らノア教徒にとっても滅ぼさねばならない相手です。しかし、かの存在は人間よりも強大な力を持っている。そんな悪魔の討伐を出現したその日にその場の僅かな戦力で果たし、民からただの一人も犠牲者を出さなかったアルニア皇国の勇には私は感激いたしました」
「ありがとうございます」
何が言いたいのだろうか。前置きが長いのは聖職者としての性なのだろうか。
密かにそう思っているとエゼキエルはおもむろに若き聖女に目を向けた。
「ニアは先ほどのお話を聞いていて何を感じましたか?」
「そうですね…皆様謎の人物についての考察に夢中となっていましたが私は第三皇子殿下に興味があります」
「私の弟にですか」
「家族のために高貴な身分でありながら自ら騎士を率いて敵の本拠地へと乗り込む。きっと優しく慈愛に満ちたお心をお持ちなのでしょう。いつかお会いしてみたいものです」
「聖女殿にそのような評価を頂けたと聞けば弟も喜ぶことでしょう」
などと言いつつもルクスが聞けば「そんなんじゃない。やめてくれ」と嫌そうに言うのだろうとユリアスは思った。
意外と恥ずかしがり屋な弟だからな。
そこに休憩室から帰ってきた壮年の巨漢がやってきた。
「なんじゃ、皇国の第三皇子の話か? ワシも混ぜてもらおうか」
「これはサイラス様。ご無沙汰しております。サイラス様もルクス殿下にご興味が?」
「当然であろう。あの本を読むだけで外に出ることも公務をすることもないとの情報しかなかった第三皇子が複数の悪魔が出現した状況を完璧に収拾してみせた上に直接悪魔を討伐しているんじゃぞ? 悪魔の恐ろしさもその理不尽さも我々北方諸国が一番理解しておる。これで興味が出ぬわけがない」
魔人戦争で多くの人々が犠牲になった北方諸国。
いくつもの国が悪魔によって滅びた。
為す術もなく大事な人も場所も焼かれた背景と経験があるからこそのサイラスの発言だった。
少々ルクスを馬鹿にしたように聞こえるが、以前のルクスの評価としては一般的なものであるため何も言えない。
「ワシは今日の会談には第三皇子がやって来ると思い楽しみにしておったんじゃがな。酒を酌み交わしたかったわい」
「生憎、弟は現在多忙で国を離れられません。私で我慢していただけますか?」
「帝国軍を破った皇国の麒麟児と酒が飲めるならこれほど嬉しいこともない。話題も事欠かぬだろうしな。会談後は北方諸国産の美酒を馳走しようではないか」
まもなく会談を再開すると通達がされたのでその場は一旦お開きとなる。
ふうと息を吐き出したところにユグパレがやってきた。
「殿下がこのような場所でため息とは珍しいですな」
「俺だって人間だからな。…父上と宰相の懸念通りだった。聖教国も北方諸国もルクスに興味を持ったようだ」
「そうでしょうね。私も先ほどクライン皇子と言葉を交わして参りましたが帝国も相当興味をお持ちのようでした。恐らくですが秘密裏にも調査しているかと」
「帝国の目を誤魔化すのは不可能だろうな。近年うちも防諜に力を入れているがまだ体制が整い切っていない。帝都に到着した日にクラインと話した。なぜだか知らんがスオウの海魔異変中のルクスのことも知っているようだった」
「ルクス殿下について皇王陛下からはなんと?」
「何を言われても普通の皇子であるで通せだそうだ。他の国は知らぬが間違いなく聖教国は取り込もうとしてくるから言質を取らせずにはぐらかせと」
「なるほど。婚約者問題に付け込ませないようにとことですね」
「そういうことだ」
アルニア皇国がレシュッツ悪魔事変後に抱えた問題は大きく二つ。
一つは迅速すぎる悪魔討伐による名声の高まりとそれに伴う急激な人口の増加。
人が多く集まればそれだけ経済が循環し物の流れも大きく変化する。
それは莫大な利益を与える一方でさまざまな問題を生み出す諸刃の剣でもあるのだ。
特に深刻なのは戸籍の管理である。
アルニア皇国では各領主へ領民の名前、性別、年齢、家族構成を戸籍情報としてまとめさせている。
これは各領主が自領の生産力や兵役にあてることのできる人員を領主が管理すると同時に各領主から届けられた戸籍情報を元に法務省が身元が確かでない者…特に他国からの諜報員疑惑のある人物を割り出すための有効的な政策なのだ。
また、通常移民に対する対応は移民が移り住むと決めた土地の領主が戸籍情報を作成して統括である法務省へ届け出るという仕組みなのだが、レシュッツ悪魔事変以降その仕組みが崩壊した。
毎年数百人程度の移民のまとめられた戸籍情報を処理していた法務省。
そして今回アルニア皇国にやってきた移民の数は一万を越える。
すわ好機と自領の労働力を増強しようと考えて受け入れを試みた子爵以下の領主たちが想像を超える規模に受け入れを諦めて寄親である伯爵以上の爵位を持つ貴族に頼った。
しかし、千を超えている時点で伯爵以上も匙を投げざるを得なかった。
投げられた匙は当然統括である法務省が拾って対処せねばならない。
法務省長であるとある伯爵は日に日に生気を無くしていく法務省所属の役人たちと共に寝不足と胃痛、そして膨大な戸籍登録作業という強敵との激しい戦闘を繰り広げている。
通常業務を縮小してまで処理を進めているがそれでも終わる気配がない。なんなら日に日に増えていくのだから目を背けたくもなる。
それでも厳格に処理し管理せねば後々より大きな災いとなって降りかかると分かっているからこそ丁寧かつ迅速な仕事をしなければならないのだ。
二つ目に第三皇子ルクスの婚約者問題と彼の扱いについて。
移民問題が深刻すぎて大したことの無い問題に聞こえるが実はそうでもない。
レシュッツ悪魔事変を経てアルニア皇国の武威と名声は冒険者ギルドを通じて大陸を超えて世界中に広く伝わった。
特に悪魔出現時に居合わせて犠牲者を一人も出さずに対応してみせたルクスへの評価は現在進行形で上がっている。
これまで無名だった皇子の台頭。
帝国であれば後継者争いに発展してもおかしくなかったがアルニア皇国の場合、第一皇子が王位につくことが伝統であるため国を揺るがす大事には至らない。
しかし、ルクスの扱いは今回の一件で難しくなった。
元々、皇帝直轄領の一部を侯爵位と共に与える予定だったのだが今やルクスを巡って水面下で争いが始まっている。
武官たちは類まれなる指揮能力と戦場を俯瞰できる眼を見込んで将軍位につけたいと皇王へ打診し、文官たちは悪魔討伐後の政治的手腕に目をつけ全ての省庁がうちの部署へ是非にと宰相へ提言している。
これだけならばまだしも、皇国東部のまとめ役クリーク公爵家と西部のアストレグ公爵家、北部のカーペンター辺境伯家を始めとする伯爵以上の貴族たちからルクスへ婚約の申し込みが殺到している。
彼をめぐっての争いは国外でも起こっている。
海魔異変の後からルクスへ婚約を申し込んでいる仙国スオウの仙人でありながら二代目光の精霊王となったサキ。
これまでサキ本人からの個人的な私信に近い婚約申請だったのが今回の事件以後はスオウの国主オリベ・スオウノカミ・ヨリミツからの正式な申し込みへと変わった。
ユリアスは知らぬことだが会談が始まる数日前にはノア聖教国からルクスとの面会を願う使者が皇都クラエスタへ到着している。
この会談が終われば帝国や北方諸国も動き出すことだろう。
ルクスを取り込むか悪魔を討伐したアルニア皇国との友好関係。このどちらかを各国は得たいと考えている。
そのための手段の一つが婚約だ。
現在アルニア皇国の皇族のうち、婚約者が決まっていないのは第二妃カタリアの実子である第三皇女グレイ、第四皇女フィア、第五皇女シア、そして第三皇子ルクスの四名。
このうち第三皇女グレイは皇国の聖女として広く民衆に信奉されているため迂闊な婚約はできなくなっている。
フィアとシアは年齢的に問題はないのだが過去の事件の経緯から婚約者の選定が進まない。
こうなると残される選択肢はルクス一人となる。
彼もアルニア皇国の皇族である以上、婚約は少なからず政治的意図を孕んだ相手になることは承知している。
皇王であるヴォルクとてそのつもりだが、今ルクスの評価は急速に上がり続けている。
それ故に下手に婚約相手を選定できなくなってしまったのだ。
今回の会談でレシュッツ悪魔事変の詳細を聞いた目敏い国々は全力でルクスを取り込もうとするだろう。
先程の会話から聖教国に至っては聖女をあててきてもおかしくないとユリアスは感じた。
「…いつの間にかお前の方が大変なことになってきたな」
ここにはいない面倒くさがり屋の読書家への呟きをこぼしながら会議場への廊下を歩き始めた。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!




