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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
82/103

六人の族長たち

 時を置かずして獣人の受け入れが始まった。

 事前に聞いていた通り、彼らは各部族ごとにアングレームへやってきた。

 先触れから二週間後にはアルニア皇国にやってきた獣人たちの全てがアングレームに収まった。


 全部族が到着したのでこのあとは各部族の長とアングレーム首脳部による今後についての話し合いが予定されている。

 ドワーフの使者である戦士長グゴリーだが、先日皇都へ送っていた使者が帰還し父上が面会の許可を出したので皇都へ向かった。

 あとは彼の交渉次第ではあるので健闘を祈ろう。


「ルクス殿下、各部族の代表者が到着し応接室の入られました」

「わかった。それじゃあいくとしよう」

「はい。……ところで…」


 呼びにきてくれたレインの目線が俺の後方へ向けられる。


「何故セレナさんがルクス殿下の肩をお揉みになっているのですか」

「…ありがとうレイン。君以外は誰も突っ込んでくれなかったよ」


 仮にもアングレームの領主である俺の元には毎日大量の書類と問題を抱えた文官たちがやってくる。

 ここ一時間ほどずっっっっと俺の肩をほぐしてくれているセレナを何人もの文官や使用人、果てにはロミエルやジェリク翁も目にしていたはずなのに誰もが目を逸らして見なかったことにしていくのだ。


「いやいや、ツッコミを入れたかっただろうけどあとが怖くて触れられなかっただけだと思うよ。触れたら裏でセレナに…」

「アウリー様?」

「なんでもないよ。ちょっとお散歩行ってくるね」


 ぷいっと逃げるように霊体化して部屋から出ていったアウリー。

 なんだったのだろうか。

 報告書が山積みになった執務用の机と俺を挟んでレインとセレナが見つめ合う。


「…抜け駆けは無しというお話では?」

「もちろん守っていますよ? これは膨大な書類を決裁するルクス様のお身体の凝りをほぐすための処置ですので」

「では私が交代を…」

「レインさん? 俺を呼びにきたんじゃなかったっけ…?」

「……失礼しました。それでは後ほどお揉みいたしますので今は応接室へ」


 帝国からの侵攻があったあの日、俺を説得するために初めて出会ったレインの姿と立ち振る舞いは氷風の才女という異名に相応しいものだった……はずなのだが。

 例の悪魔事変以来、少し吹っ切れたような言動があるなとは思っていたがセレナと接触して以来さらに拍車がかかった気がする。

 

「大丈夫だよな…?」


 そう呟きながら俺は応接室へと向かった。





「それでは今後についての会談を始めます」


 アングレーム領主館内の応接室に集まったのはアングレーム首脳部である俺、レイン、セレナ、ロミエル、ジェリク翁、カシアンの六名に獣人六大族長の六名を加えた十二名。

 今回の会議の目的は獣人を迎えたアングレームが今後どのように進んでいくのかを話し合うことが目的だ。

 進行は例の如くロミエルに一任している。


「先んじて一点よろしいでしょうか?」

「どうぞ。犬人族族長ナーキーレ殿」

「はい。獣人族を代表しましてアルニア皇国、ならびにルクス殿下に改めてお礼を」


 六人の族長が席を立ち俺へ向けて一礼した。

 

「この度は我ら獣人族を受け入れていただきありがとうございます。このご恩は必ずやお返しいたします」

「礼には及ばない…と言いたいところだが受け入れる段階でそれなりの労力と面倒がかかっている。その分は共に生きる仲間として働いてもらうつもりだが期待してもいいんだろう?」

「…っ!!! もちろんです。我ら獣人族はルクス殿下と共にあると誓います」


 さらに深く頭を下げる獣人たちに顔を上げるように言うが中々あげてくれない。

 感極まったと言わんばかりにしばらくロミエルが会議を進めるためにも上げてくれと告げるとようやく上げてくれた。


「それにしても俺らを仲間…か。へへっ、ナーキーレの旦那が言ってたのは本当だったってことか」

「プラデラ、ルクス殿下の御前だ。私語は慎め」

「良いさ。一応公的な会議の場だが、ここには口煩い宮廷貴族もいなければ皇王である父上もいない。それに六人にはそれぞれ要職に就いてもらう予定だしな。今後は俺と話す機会も多いだろうから最低限敬ってくれればそれでいい」

「なんと…我らに役職を与えていただけると…!」

「このアングレームは発展途上、急激な人口増加に対して人手が全く足りていないのが現状だ。これまで各部族をまとめ上げていたその手腕、是非ともここでも振るって欲しい」

「…ボクたちの決断は間違っていニャかったみたいだね」


 元から俺はこの六人に各部門を任せようと考えていた。

 流石に生産区をロミエルと数人の文官に任せ続けるのは気が引けるしな。


「誰に何を任せるかを決めるにあたって改めて各部族の人数や特徴、得意なことを聞いておきたい。犬人族から順々に頼む」

「かしこまりました。我々犬人族は二百五十名ほど、犬の耳と尻尾を持ちます。嗅覚と聴覚が優れております。争いごとは不得意ですが幼少の者を除いて文字の読み書きが可能です」

「…ほう」


 俺は素直に驚いていた。

 アルニア皇国の識字普及率は大陸の中では高い方ではあるが、それでも国民の四割にも満たないだろう。

 貴族に連なる者は幼少期より教育を受けるが平民はそうではない。皇都にある学園は上級階級向けであり平民が文字を学ぶには私塾などしか機会がない。

 にも関わらず犬人族は全員が読み書きを習得しているという。


「わかった。次の者に…」

「それじゃあ猫人族キャットピープルの長であるボク、デヨンが答えるニャ」

「……その前に一つ聞かせてくれ。君の性別はどっちだ?」

「ニャ? 見ての通り男ニャんですけど…?」

「「「「いや分からんわ!(分かりませんよ)」」」」

 

 全員が耐えきれずに総ツッコミを入れた。

 彼女…じゃなくて彼の容姿は実に女性的である。

 白毛の猫耳、艶やかな唇、そして小柄な身体と彼がまとっている異常に丈の短いスカートのメイド服。

 その上女性的な声音というのだから判断に困る。

 というかどうみても女性にしか見えないのだ。


「そうかニャ? ボクの一族は代々正装として受け継いでいる服装ニャ。まあそのうち慣れるニャ!」

「…そうだな。それで猫人族はどんな一族なんだ?」

「人数は二百人くらいでボクたちの最大の特徴はこの可愛い猫耳と美しい尻尾ニャ。あと猫人族はみんな()()()()()()()()()が得意ニャ!」

「…えーと」


 なんというか自由で気ままな猫のようなことだけわかった。猫人だから当然なのだろうが…。

 少し困っているとナーキーレがため息を吐いた。


「全くあなたという人は…。それでは猫人族の強みも何も伝わりません。このままでは猫人族全体が遊び呆けているだけと思われてしまいますよ。役に立たないと判断されれば最悪追放も…」

「ニャ!? それは困るニャ!!! えーと、うーんと…。あ! ボクたちは誰にも気づかれずに獲物を殺すのが得意ですニャ!」

「…暗殺ってことで合ってるか? ナーキーレ」

「ええ。その認識で概ね合っているかと。猫人族は音を立てないことで有名です。先ほど申し上げていた()()()()()()()()()も少々普通ではありませんので」


 聞いてみるとどちらもえげつなかった。

 かくれんぼとは、呼吸の音や衣擦れの音、心臓の音すらも遮断して隠れ、それを見つけ出して殺し合うというもので、鬼ごっこは森の木々の上を文字通り飛び回って逃げ回る相手を捕まえるというルールで何を使っても良いというもの。

 暗器が飛び交い殺意しかない罠が跋扈する森でやっていたというのだからもうすごい。


「…わざわざうちの国まで逃げなくても良かったのでは…?」

「周りの獣人族がみんないなくなっちゃうのにボクたちだけ残るのは嫌だったニャ」

「なるほど。とりあえずわかったから次の者頼む」

「私の番ですね。先日ご挨拶しましたが改めて名乗らせていただきます。鳥人族ハーピーの族長を任されていますピレーネと申します。私たち鳥人族最大の強みは空を飛ぶことができることです。抜け落ちた翼を加工したりもするので手先も器用です。総員は二百三十名ほどですね」

「それは助かる。戦闘能力はどうだ?」

「そうですね…。男衆の多くは狩りをしていたので槍の扱いには長けています。あとは私を含めた数名が風の魔術を使えます」


 鳥人族は扱いやすいしとても助かる能力を持っているようだな。

 少数ながらも航空戦力が手に入ったことは非常に大きいし生産職にも向いているようだし文句なしだ。


「ふむ。ありがとう。次は…兎人族ラヴィットかな?」

「は、はいっ!」 


 俺が声をかけると若い兎人族の少女は長い耳をビクッと跳ねさせた勢いのままその場で直立した。

 …怯えすぎだな。


「そう固くならなくていい。さっきも言ったが俺たちはこれからアングレームを担う仲間であり同志だ。ここでは種族も年齢も関係ない。安心して喋ってくれていい」

「は、はい。…すぅー……ふぅー。取り乱してしまいすみませんでした。私は兎人族の族長でラピと申します。つい一ヶ月ほど前に族長になったばかりですが精一杯頑張りますのでよろしくお願いします…!」

「そうだったのか。その若さで族長とは優秀なんだな」

「い、いえ…その、ここに来る前に里が賊に襲われて先代の族長だった父が亡くなりまして…。兎人族の族長は世襲制なので私が…」

「そうだったのか。すまない、悲しいことを思い出させてしまった」

「滅相もありません! 私が勝手に話したことですので! えっと、我々兎人族は三百人弱で走るのがとても早いです。あとご覧の通り耳が長く大きいので誰よりも耳が良いです!」

「そのようだな。走るのが早いと言っていたがどのくらい早いんだ?」

「馬の早駆けに並走できるくらいですね」

「…とんでもないな」


 その速さを魔術の補佐なくやれることが何よりすごい。

 うちの今後の伝令は早馬から早兎になるかもしれない。


「他には何かあるか?」

「そうですね…。私たちは気性が穏やかな者ばかりなので畑仕事が好きです。あっ、動物にとても好かれやすいです。牛や豚、鶏や羊などの飼育は任せていただければと!」

「それはいい。ありがとう。参考になったよ」

「は、はい! これからよろしくお願いします!」

 

 ぺこりとお辞儀をして着席したラピを微笑ましげに見るレインとセレナ。

 確かにそそっかしい小動物感があって庇護欲を刺激される。

 残された二人とのギャップがとんでもない。


「さて、最後は二人一緒でもいいか? ナーキーレに軽く聞いた限りお前たちに任せることが一緒になりそうだからな」

「なんだ、もう俺らのこと知ってんのかい。なら話は早いな! 俺の名はプラデラ。見ての通り虎人族だ!」

「我は先日名乗りましたが改めて。狼人族の長を務めるヴァルトと申します。して我らに任せたいことというのは…兵役でしょうか」

「察しが良くて助かる。虎人族と狼人族は獣人の中でも屈指の武を持つ一族なんだろ?」

「おうさ! 俺らァ頭はあんましよくねェが腕っぷしだけは自信があらァ!」

「我らは獣人各部族の活動圏周辺に現れた魔獣の討伐を主にしておりました。相性もありますがA級までならば討伐経験がございます」

「A級をか。それは心強い」

「そんで俺らに任せることってのは何なんだ? 大将」

「それは後ほど通達する。今は事前の情報が間違っていないかの確認が目的だからな」

「かしこまった。では主殿の差配をお待ちしましょう」

 

 各部族の得意不得意を聞いたことで今後何を任せていくのかの構想が大まかに定まった。

 細かい調整はロミエルやジェリク翁にも意見を聞きつつおこなうとしよう。

 アングレームはまだまだ進化するのだ。

 皇都に負けないほど強く豊かで俺が読書に集中できる都市へと。

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