面倒ごとの香り
獣人の一団が到着したという知らせを聞いて俺がレインとセレナを伴って来客室に入ると既に中にはジェリク翁とロミエルが数人の獣人たちと向かい合っていた。
犬のような耳と尻尾を持つ男性に翼を持つ女性。
種族はわからないが腕っぷしが強そうなガタイのいい男性とずんぐりとした見た目の男性の四名がやってきた獣人のようだ。
「待たせてしまったか?」
「いえ。獣人の方々も先ほど入られたところです」
「それはよかった」
「ジェリク殿、そちらの方が…?」
「ええ。アングレームの現領主です」
「アングレーム領主のルクス・イブ・アイングワットだ。獣人の方々、遠路はるばるよく来られた。先だっては魔獣討伐にもご協力いただいたと聞いている。領主として感謝する。アルニア皇国はあなたたちを歓迎する」
「ご丁寧にありがとうございます。犬人族族長のナーキーレと申します。今回、獣人の受け入れにあたって、先触れの使者として参りました。どうぞお見知りおきください。…失礼とは存じますが先ほどアイングワットと名乗られましたがもしや、アルニア皇族の方でしょうか」
「ああ。第三皇子のルクスだ。それが何か?」
「…いえ、その、貴きお方は我々獣人のことをあまりよく思わないものだと思っておりましたので」
「なぜだ? 共に同じ大陸に生きる仲間でこうして言葉を交わせるのだから同じ人間だろう」
「……私のように犬の耳や尻尾がある者も鳥のような翼を持つ者も鋭い牙を持つ者も人間であるとおっしゃるのですか?」
「そうだが…何か変か?」
なんとも言えない空気感になってしまった。
ナーキーレは視線をジェリク翁に向け、翁は頷いてみた。
「ルクス殿下は《《そういう》》お方です」
「含みのある言い方だな?」
「いえいえ。良い意味ですよ、とても」
「…納得いかないな」
おかしなことを言っただろうか。
まあ世間一般的に獣人への印象は総じて獣まじりの下等種であるというもの。
俺やアルニア皇国の皇族にはそんな偏見はないがきっとこれが珍しいのだろう。
「私たち獣人からすればルクス殿下の我々への認識は大変好ましく映ります。…正直に申し上げますと移住に際しての不安は相当なもので我々としてもアングレームの領主様がどのような方なのか見定める目的もありました。ですが、杞憂であったようです。貴方は私が出会ったどの執政者よりも心優しく聡明であらせられると直感しました」
「過分な評価だな。まだ出会って間もないだろう?」
「はは、我々獣人の直感はよく当たるのですよ。では本題に入らせていただきます」
「本題?」
「はい。その前に今回私に同行している者たちを紹介させて頂きたいのですがよろしいですか?」
「ああ、俺も気になっていたところだ」
そう言うとナーキーレはニコッと笑みを浮かべて三名の同行者の方へ視線を集めた。
「お初にお目にかかります。鳥人族代表のピレーネと申します。先ほど語られたルクス殿下の我々へのお考えに私は感銘を受けました…! 以後よろしくお願いいたします」
「我が名はヴァルト、狼人族の長を務めております」
「この二人は我ら獣人族の六大族長でもあります。何かと顔を合わせることも多くなるかと思います」
「わかった。よろしく頼む。それでそちらの男性は…」
最後に残ったのは少し気難しそうな髭面の小柄な男性だ。
その見た目から予想はついているのだが何故彼がここにいるのかがわからない。
「儂の名はグゴリー。ドワーフ族の戦士長じゃ」
「…ナーキーレ殿、説明してくださるのですよね?」
険しい顔でナーキーレを見たのはロミエル。
ジェリク翁は目を細め、レインとセレナも少し厳しい目をしている。
確かに移民の受け入れを認めた
しかし、それは犬人族、猫人族、鳥人族、兎人族、虎人族、狼人族の六種族に限った話であり、他の獣人や種族に対しての話は聞いていないのだ。
ドワーフはオルコリア共和国の有力部族の一つであり、ドワーフが住む自治領から出てくることは聞いたことがない。
にも関わらずドワーフが今ここにいる。
入国を認めたとの話も俺は聞いていない。
「はい。少々長いお話になりますが聞いていただければと」
……これは面倒ごとの香りがするなぁ。




