皇都の危機
東部国境で皇国の存亡を賭ける戦いが開戦して今日で十一日目。
俺は変わらず図書館で読書に励んでいた。
「まさか俺が仙国に行くことになるとはなぁ…」
「やっと国外に出るんだから少しは楽しみとかないの?」
「スオウにしかない本」
「…言うと思ったよ」
呆れるアウリーだったが、ふと何かを感じ取ったようで空中へと跳ねた。
…なんかデジャブを感じる。
「…なあ、聞かなくてもいいか?」
「んー、多分聞いたほうがいいかも。ルクスにも関係あることだよ」
「俺に関係あることなんて図書館とフィアとシアのことしかないぞ?」
「大事な本も可憐な二輪のお花も危険に晒されると思うよ」
「…はぁ…聞かせてくれ」
大事な場所も人も危険だと言われては聞かざるを得ないじゃないか。
なぜ世界は俺が優雅に読書に励むことを許してくれないんだろうか…。
「お城全体が魔蜂の巣を突いたみたいに騒がしくなったからちょっと小さい精霊たちに聞いてみたの。そしたら【東】、【赤の煙】って返ってきたよ」
「【東】と【赤の煙】…? 東は東部国境のことか? 赤の煙は…狼煙…?」
赤の狼煙は国家存亡の危機を示す狼煙のはず。
既に帝国軍との戦いが始まっている以上、東で狼煙が上がるのはユリアス兄上率いる東部国境守備軍が敗北する、もしくはユリアス兄上が討たれた時にしか上がらないはず。
それか…。
「不測の事態が起きたのか…? あそこにはコールソンさんもいたはずなんだが…」
「偉い人たちが大騒ぎしてる」
仕方なく読んでいた本に栞を挟み立ち上がる。
「行くの?」
「行きたくはないけど、ユリアス兄上には借りしかないからな。頼むとも言われてるし様子見るくらいはな」
「私も付いていってもいい?」
「霊体化はしとけよ?」
姿が見えなくなったアウリーと共に俺は王の間へと向かった。
◆
王の間は紛糾していた。
国家の存亡の危機を示す赤い狼煙が東から上がったからだ。
現在東部国境を守るのはアルニア皇国の精鋭たち、それを率いるのは次期皇王が約束されている第一皇子のユリアス。
彼らが破れたとなればアルニア皇国に現在の国土を守り抗う力は残されていない。
重臣一同が騒ぎ立てるのも無理はないのである。
「あの赤い狼煙は何を知らせているっ! 一体東部で何が起きておるのだ!」
「わからんが、何か不測の事態が起きているのは間違いない…」
「先んじて偵察を送りました。今は偵察の騎士が戻るまで待つしかないでしょう」
宰相オーキスの言葉に少し落ち着きを取り戻した。
「オーキス、どう見る?」
「可能性としては四つほど。一つはユリウス殿下の討死、二つ目は東部国境守備軍の敗北、三つ目は大規模な魔獣津波の発生、四つ目は…」
そこで偵察に向かっていた騎士が息を切らし、転がり込んでくる。
「報告いたします! カーラ街道にて帝国軍を発見、数は三千から五千! 目指す先は…ここ皇都のようですっ!」
「…四つ目だったようです。ただ、想定よりも数が多い。状況は芳しくありませんね」
「ふむ、ユグパレ。この皇都に残っている戦力はどの程度だ?」
「はっ。皇都守備軍約一千八百、第四魔術師団六百の計二千四百になります」
「…厳しいな」
カーラ街道は東部国境から西部までを繋ぐ街道で中間地点に皇都が存在する。
東部国境でも劣勢で開戦し、この皇都での戦いも不利な状況で戦うこととなると言うことだ。
「兵力も厳しいですが、問題は皇都が防衛に向いていないということです。ノルテ城に籠城すれば時は稼げますが皇都は荒れることになります。民の暴動が起こる可能性もある以上、我々は城外に出て迎え撃つしかありません。先んじて赤の狼煙は各方面へも拡散し伝達しました。狼煙を見た貴族が援軍に来ることを願いましょう」
そう言ってオーキスは狼煙とは別に援軍を求める伝令を各地に走らせた。
「ひとまず、皇都に守備軍二百を残し、他はカーラ街道から迫る帝国軍を迎え撃ちましょう。指揮はユグパレ元帥にお願いします」
「はっ、委細お任せください」
「ユリウス殿下も国境をくぐり抜けられたと気付けば、少なからずこちらに軍を送ることでしょう。それが来るまで耐えれれば勝機がみえます」
それは帝国軍も承知の上だろう。
既に背水どころか孤立無援の状況であることから死に物狂いの攻勢を見せてくることが予想される。
互いに決死の戦いが今、皇国中心で巻き起こる。
◆
俺が王の間へ着くと中には父上とオーキスと数人の大臣しかいなかった。
俺の姿を見た全員が目を丸くして驚いている。
この状況で唯一指揮官として動けるユグパレ元帥がいないが、その姿はない。
どうやら一足遅かったようだ。
「ルクス…! お前が図書館を出てあまつさえ遠いここまで来るなどどういう風の吹きまわしだ?」
「これだけ城内が騒がしくては集中して本も読めませんから。何事ですか?」
「私から説明致しましょう」
皇都に迫る帝国軍の存在を聞いた瞬間、頭を抱えたくなったがなんとか耐えた。
失敗すれば戦死か捕虜の未来しかない作戦を有利な帝国がとってくるとは流石のユリアス兄上やコールソンさんも予想できなかったようだな。
「勝率はどのくらいなんですか?」
「正直に申し上げれば二割あるかといったところです。何分戦力が足りないので」
「…父上、俺もユグパレ元帥に付いて行ってもいいですか?」
「……なに?」
父上の顔が今まで見たことのないくらい困惑していた。
「いえ、皇都が攻撃を受ければ大事な図書館の本に被害が出るかもしれません。それに出発前にユリアス兄上から頼むと言われていました。なので一度くらいは民を守る皇族としての責務を果たしておこうかと」
「…危険すぎる。戦場に出たことはおろか皇都の外にすらまともに出たことのないお前に何ができるのだ」
「俺ほど兵法書を読んでる若者はいないと思います。それにお忘れですか? 七年前のことを。きっと役に立てますよ」
「………」
これでダメと言われたら魔術が使えること明かせば恐らくいけるだろう。
交渉をするときは手札を伏せつつ、少ない手札で勝つのが定石と本にもあったしな。
「…どう思う、オーキス」
「確かにルクス殿下は七年前のあの日、大きな手柄をあげています。心配ではありますが思わぬ軍才が見えるかもしれません。スオウへ行く前に何か実績があった方が体裁が良いのでそちらの面から見ても賛成です」
「わかった…。出陣を許可する。ただし、最後方にいること。危険と見たらすぐに退くことが条件だ。よいな」
「退ける状況だったらそうします」
宰相オーキスからの援護射撃もあり、無事出陣許可を得た俺は王の間をあとにしてユグパレ元帥の元へ向かった。
◆
俺も出陣すると知ったユグパレ元帥は珍しく顔を引き攣らせた。
今まで戦場どころか城の中でも姿を見せない俺がいきなり出陣と聞いたら救国の英雄もそんな顔にもなるか。
「ユグパレ元帥よろしく頼む」
「はっ、この命に変えても殿下をお守りいたします」
「早速だが、作戦を聞いてもいいか?」
「御意に。現在皇都に向かっている帝国軍は三千から五千、指揮官は不明です。対してこちらは皇都守備軍一千六百と第四宮廷魔術師団六百の計二千二百。練度でも兵の数でも劣っているので少しでも有利な場所で迎え撃ちたいのですが…」
「帝国軍の進軍が予想より早いんだな」
「…! その通りです。皇都まで抜いてくる間に少なからず各領主軍との戦闘があったと思うのですが、その疲れを見せない行軍速度です。ホカ峡谷で迎え撃つ予定が大幅にズレました」
ホカ峡谷とは東部から皇都へ向かう際に必ず通る峡谷でここを抜ければ平野が続いている。
つまり俺たちは平地の野戦で迎え撃たなければならないのだ。
「元帥、野戦での勝率はどのくらいだ?」
「多く見積もっても二割に満たないほどかと」
「まともにあたったら無理だな」
数も練度も相手が上。
しかも、相手は決死隊ときた。
「宮廷魔術第四師団は全員ここにいるのか?」
「はい。ですが、土属性を得意とする彼らは攻性魔術を苦手とした者が多くあまり戦力とは考えない方が…」
「元帥、魔術は攻性魔術でなくても戦えるぞ。それに相手が奇策で来たんだ、こちらも奇策で返すのが礼儀だろう?」
ニヤリと笑う俺の顔はきっと悪戯っ子のような顔をしていることだろう。