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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
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来訪者は恋を告げる

 会議の翌日から本格的にアングレームの都市計画が進行し始めた。

 目下の最優先は北側三区画の整備とし、アングレームの住人や周辺の村から出稼ぎにやってきた者たちを労働力として雇用した。

 彼らに与える日当は俺が今まで皇族らしい金の使い方をしなかったことで溜まりに溜まっていた国からの俸給を切り崩して出している。

 父上からも開発費用は貰っているがそちらは今後のことを考えて手をつけないようにしている。


 周辺の労働者募集の中では群を抜いて割が良いという噂を皇都からアングレームへ向かう道中で流布したり、レインの実家であるアストレグ公爵家に西部での流布を頼んだ。


 そのおかげか出稼ぎを目的とした人々が続々と集まり、一週間が経つ頃にはアングレームの住人から六百人、周辺から三百人を少し超える人数が建設に従事し始めていた。


 労働民と領民合わせて千五百人近くを抱える領主となると俺の元には大量の書類が舞い込むわけで……


「殿下、北二番区の建設責任者より整地作業が予定よりも遅れているため他の区画作業員を回して欲しいと要請がありました。いかがいたしましょうか?」

「却下だ。今一番進めなければいけないのは北東一番区と北西三番区の居住区画だ。現状出店を打診してきてる商会はガレリア商会とスオウの商船団のみ。二団体分の土地の整地が終わっているなら急ぐ必要はないと伝えろ」

「はっ」

「殿下、アングレームの職人組合から陳情が届いております」

「なになに…。生産区周辺に見知らぬ者たちが徘徊していると。アングレームの衛兵隊に巡回を増やすように命じろ。行政区を見回ってる班を回すのがいいだろう」

「ですが行政区におられる殿下の身に何かあっては…」

「そもそも行政区には黒鳳騎士団が常駐しているし、白鳳騎士たちも上空から監視してる。練度で勝る騎士たちが見回ってる時点で衛兵隊の見回りは必要ない。行政区よりも生産区が害される方が面倒だしな」

「かしこまりました」

「次はこちらの書類にお目通しを…」


 読書をする暇などあるはずもなく忙しない日々を過ごしている。

 ただこの領政という仕事、思ったよりも楽しんでおこなえている。

 俺は今まで様々な本や書物を読破してきた。

 経済について記したものから貴族の私的な日記まで。

 領政に対する苦悩や改善を記したそれらは知識として俺の頭に残っている。

 それを実際に使えるものへと考え直し作り変える。

 これが意外と楽しいのだ。


 急ぎの政務を終えてぐっと腕を頭上に伸ばす。

 凝り固まった関節がほぐされてこきこきと音が鳴るのを心地よく感じているとレインがやってきた。

 

「お疲れ様です。一度お休みになってはいかがですか」

「ありがとう、丁度休憩しようと思っていたんだ」

「ふふ、お茶を淹れますね」


 レインが淹れてくれた紅茶を飲みながらほっと一息つく。

 公爵令嬢とは思えないほど美味しく淹れてくれるのでいつも甘えてしまっているが本人は昔から家族に振舞っていたようで高貴な身分ながらも自分で淹れることは気にしていないらしい。


 レインと優雅なティータイムを送っているとコンコンと執務室の扉が叩かれる。

 入室を許可すると黒鳳騎士であることを示す団服に身を包んだ金髪の美丈夫がやってきた。


「カシアンか」

「お寛ぎのところ失礼します。取り急ぎお伝えすべき事案がありまして」


 カシアン・フォン・ルルフェル。

 黒鳳騎士団副団長にして、今回俺の護衛へと付いている第二分隊の隊長である。

 彼は脳筋集団《黒鳳騎士》の作戦立案も担当しており実質的には参謀に近い立ち位置にあるのだが当然剣の腕も相当なものでリゼルとまともに打ち合うことができる数少ない騎士だ。


「何事だ?」

「先ほどタリア辺境伯家から先触れが届きまして」

「タリア辺境伯家から? オルコリアとの国境を担う北部貴族が俺に先触れを?」

「はい、先触れによるとあと数時間後にはこちらに着くと…」

「は?」


 数時間後にはアングレームに?

 てか、先触れの意味分かっているのか…?


 簡単に言ってしまえば先触れというものは数日後に着くから出迎えよろしくねといったもので数時間後に行くねを伝えるのは最早先に知らせることができていないのだ。

 戦時ならまだしも今のアルニア皇国は平和そのもの。

 しかも相手は皇族《俺》だ。

 事と次第によってはタリア辺境伯家は皇族を蔑ろにしていると取られても仕方ない。

 余程の緊急事態なのかそれとも…。


「来るのはタリア辺境伯本人か? 訪問の理由は何か聞いているか?」

「いえ、使者の騎士からはタリア辺境伯ご本人が来られるとしか」

「…とりあえず出迎えの準備を頼む。北側区域の責任者たちに辺境伯家の者が通ると伝達しておいてくれ。あと白鳳騎士の一班を辺境伯の護衛に飛ばしてくれ」

「かしこまりました」

「ロミエルはまだ戻ってないよな?」

「はい。そろそろお戻りになるとは思いますが」

「わかった。下がっていい」

「はっ」


 カシアンが退室したのを確認してレインの方を見る。

 俺が言わんとしていることが分かっているようでレインは首を振った。


「やっぱり分からないよな」

「はい。来訪の理由もそうですが忠臣と名高いタリア辺境伯がルクス殿下を蔑ろにすると取られる行動を取られたのが気になります。社交の場で何度かお話しさせていただきましたがそのような方には見えなかったのですが…」

「仮に火急の用があったとしても俺ではなく北部にいるトレシア兄上に話がいくのが普通だ。にも関わらず俺の元に辺境伯が来る理由か。想像できないな」

「そうですね…」

「まあ考えても仕方ない。ゆっくり休みながら到着を待とう」


 故人曰く、果報は寝て待てだ。

 考えても分からないなら分かるまで寝て待っていたっていいだろう。


 それから三時間ほどした頃、休憩を終えて各部署からの報告書を眺めていると辺境伯の到着が告げられたのでレインと共に領主館の外へと向かった。

 正面の門には既に辺境伯家であることを示す紋章が刻まれた馬車が止まっておりカシアンが応対していた。

 領主館から出てきた俺たちの姿に気づいたカシアンが一礼して場所を開けるとそれまで彼の影に隠れて見えなかった優しげな顔をした男性の姿があった。

 男性は俺の姿に気づくや否や地に膝をついて臣下の礼をしてみせた。


「立ってくれ。人に頭を下げられるのは好きじゃないんだ」

「そういうわけには参りません。この度はルクス殿下におかれましては要らぬご懸念と多大なご迷惑をおかけしてしまったことと存じます。先触れの件も含めてタリア・フォン・カーペンター辺境伯がルクス殿下に謝罪いたします」

「謝罪は受け入れる。だが説明はして……いや、待った。カーペンター辺境伯、貴方は馬で来たのか?」


 あまり気にしていなかったがよく見るとおかしい。

 てっきり辺境伯は馬車でやってきたのかと思っていたがそれにしては着ているものが質素だし胸当てや脛当てといった軽鎧を身につけている。

 彼の後ろに目を向ければ人数よりも馬が多いし、馬車の周りを囲む辺境伯家の騎士たちはいずれも気まずそうに馬車の方へとチラチラと視線を送っている。

 辺境伯が馬で来たならば馬車に乗っているのは…?

 そう思っていると馬車の扉が開かれ一人の女性が降りてきた。

 

 肩口で切り揃えられた葵色の髪、長い睫毛に一直線に通った鼻筋。

 身を包む菫色のドレスは彼女の美しさをより引き立たせている。

 その佇まいは深窓の令嬢といった雰囲気を感じさせる。


「突然のご訪問にも関わらずお迎えいただき感謝いたします。ルクス殿下が北部にほど近い西部の境にいらっしゃるとお聞きして立ってもいられず」

「…君は」

「わたくしとしたことが失礼いたしました。カーペンター辺境伯家が長女、セレナ・フォン・カーペンターと申します。以後お見知りおきいただけましたら幸いです」


 にっこりと笑ったセレナとは対照的に頭を抱えるカーペンター辺境伯の姿は苦労人であることを悟らせた。





 挨拶もそこそこに客間へ通して今回の来訪について聞いてみるとカーペンター辺境伯が頭を抱えていた理由がわかった。


「えーっと、つまり…?」

「はい。どこからかルクス殿下がアングレームへ滞在すると聞いた娘が護衛も付けずに単身こちらに向かい、遅れて気づきました私が騎士を率いて追いかけたのですが…。追い付いた時点で既にアングレームを目前としていました。急遽先触れをと思いましたが…」

「それで直前の先触れになったと」

「面目次第もございません…」


 終始頭を下げっぱなしのカーペンター辺境伯。

 一応北部を取りまとめる軍家の立場にあるのだがこの様子では心配になるな…。

 当のセレナ嬢はといえばキラキラとした目で俺を見つめ続けている。

 目を合わせてみれば嬉しそうに微笑んでくる。

 …なんなんだ?


「事情はわかった。俺はとやかく言うつもりは無いが周りの目もあるから気をつけてくれ」

「寛大な処置に感謝いたします」

「それはそうとセレナ嬢がアングレームにやってきた理由はなんなんだ?」

「それが…その……なんと言いますか…」


 口ごもるカーペンター辺境伯。

 そんなに言いづらいことなのか…?

 北部や辺境伯領内の問題ならトレシア兄上に話が行くだろうし…。

 レインに視線を送ってみると微笑みながらもセレナ嬢を見つめている。

 …なんか目が笑っていない気もするが。


「わたくしからお話ししたいのですがよろしいですか?」

「ああ、教えてくれセレナ嬢」

「はい。その前にわたくしのことはセレナとお呼びください。堅苦しいやり取りを嫌う殿下もそちらの方がよいと思いますので」

「俺の事をよく分かってるみたいだな。ではセレナと呼ばせてもらう」

「ありがとうございます。それではお話しさせていただきます」


 一呼吸おいたセレナは天使のような穏やかな微笑みを浮かべて、


「…三年前こあの日より貴方様に恋焦がれておりました。心の底よりお慕いしております。わたくし、セレナ・フォン・カーペンターはルクス・イブ・アイングワット殿下に婚約を申し込ませていただきます」

「…はい?」


 唖然とする俺。すっと冷気が漏れ出たレイン。再度頭を抱えたカーペンター辺境伯。赤面しながらも俺を真っ直ぐ見つめるセレナ。

 えっと、どうすればいいんだこの空気…?

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