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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第四章 オルコリア動乱編
76/103

状況のすり合わせ

誤字報告ありがとうございます。

大変助かりますm(_ _)m

 アングレームへ到着した俺たちは領主館に入り先に到着していたレインと合流した。

 簡単な自己紹介を済ませ、今後の動きについて話し合うために執務室へ集まった。


 今回のアングレームの新都市建設にあたり、その内政補助として宰相から各省庁の文官たち四十名が派遣された。

 これに加えて護衛の黒鳳騎士団第二分隊に所属する四十名と白鳳騎士十名が俺の同行者だ。


 この会議には俺とレインとロミエルに加えてこれまで代官として勤務していた男性と文官五名、それと各騎士団から一名が参加している。

 他の文官は別室にてアングレームの管理をしていた駐在文官たちからの引き継ぎを受けている最中で、残りの騎士たちは領主館と周辺を見て回り警護計画を完璧なものにしたいとのことなので警護の人数を除いて自由に動いている。


「ではアングレームにおける新都市建設に関する会議を始めさせていただきます。まずはじめに現在の状況をご説明をお願いします、ジェリク様」


 進行を務めるロミエルに説明を促されたご老人はジェリク・ケラーと言い、御歳七十歳の男性だ。

 父上が皇太子の時代から仕える信頼厚き臣下で四十年余年にわたってこのアングレームの代官を任されている。


「承った。皆々様がアングレームについてどこまでご存知か分からぬので基礎的なところから話させて頂こう。アングレームは初代皇王陛下が自ら視察しその見事な絹に惚れて直轄領とした歴史ある土地なのです。ゆえに歴代の皇王陛下も大事にし、現在までに多くの富を我が国にもたらしております」


 アングレームが直轄地となった最大の理由がこれだ。

 この地は元々│天虫てんちゅうという虫が生息しており、天虫が生み出す糸はとても清く滑らかで多くの人々を魅了した。

 その結果、天虫を飼い慣らしてより良い糸を吐かせて絹を織ろうという動きが盛んになり、現在では言わずと知れた絹織物の名産地となった。

 皇族が儀礼の際に使用する衣装のほとんどもここで作られている。

 

「また、アングレームは数年前から内務省の主導で都市化が進んでおりました。そのため元々百名弱だった人口は千二百名を超えるほどに成長しております。これに伴って街区も拡張しまして現在ではこの領主館の北側と東側を中心に建設が進められております。上下水道や街路の整備は各方面でも進められており今年中には完了する予定となっております。これが都市建設予定図になります」


 広げられた大きな羊皮紙には区画や水道の位置まで細かく記載されていた。

 てっきり一から街を作ることになると思っていたがこれは思わぬ誤算だ。

 領主館に入る前にちらりと見たが既に整地は終わっていたし北側に関してはおおよそ小さな街と呼べる程度には住居が立ち並んでいた。

 さすがは細事にもこだわる内務省、仕事も早い。


「共有すべきことは伝えましたがルクス殿下は今後アングレームをどのように都市化させていくおつもりでしょうか」

「大筋は内務が残してくれたこの都市建設予定図に従っていくつもりだ。まあ少なからず変更を加えるだろうけど既に建設が始まっている北と東はそのまま使う。ただ、区画分けの予定だけは今この場で変更する」

「区画分けのみをですか?」

「ああ。内務の予定図では領主館を中心に東西南北の四区画が設定されているが俺はこれを変える」


 俺の言葉を聞いて手を挙げたのは皇都より連れてきた文官の一人だ。


「ルクス殿下、お言葉ですが四区画を定めた後に都市建設を開始するというのは我が国では主流なものです。現に皇国内の多くがそのような作りになっておりますので変更する必要性が私には無いように思えます」

「別に間違っているだとか、この四区画制が気に食わないとかそういう理由じゃないぞ? ただ、もっと面白くて実用的な作りにしようって話だ」

「ルクス殿下が思い描いているのはどのような都市なのですか?」


 レインの問いに答えるために予め描いておいた構想図を広げてみせる。

 まず領主館を中心として九区画に分ける。

 領主館から見て北西を一、北を二、北東を三と振り分けていく簡単なものだ。


 北西一番区、北東三番区、南西七番区、南八番区、南東九番区をアングレームの住人が住む居住区として、北二番区と西四番区を商業区として、東六番区を特産品であるシルクの生産・加工を専門にした生産区、そして中央に位置する領主館周りを行政区として運用するというのが俺の考えた新たなアングレームの形だ。


 説明を終えてもほとんどの者はあまりしっくりとこなかったようだが、ロミエルはなるほどと声を漏らし、ジェリク翁は静かに唸った。


「北と西に商業区を設けたのはトレシア殿下が任された北部の皇王直轄領とアストレグ公爵領との間にあるアングレームを北部と西部との物流の中心にすることでこの都市の価値に高める。そして商業区の隣接区画に居住区を置くことで住人への経済効果と働き場所を提供する。…これだけでもアングレームには好景気が訪れることでしょうね。きっと他にも様々な思惑があるのでしょうが僕にはここまでしか読み取れませんでした」

「それだけでも分かれば上々さ。ジェリク翁はもっと深く理解してそうだけどな」


 俺が視線を向ければジェリク翁はふぉっふぉと笑いながらも指を三本立てた。


「ルクス殿下の構想図には三つのお考えが読み取れ申した。一つ目はロミエル殿が上げた北と西を繋ぐ交易の要所としようという考え。ただし、ロミエル殿は一つ見逃されていたようですな。確かにトレシア殿下の領土とアストレグ公爵領との物流は年を重ねるごとに盛んになるでしょう。しかしルクス殿下が見ているのはアストレグ公爵領ではありませぬ」

「西側…まさか…!」

「仙国スオウ。ルクス殿下はかの国においても多大なる功績を上げたというのがもっぱらの噂。それによりかの国の民は我が国へ、特にルクス殿下に対しては非常に良い印象を抱いていると聞きます。かの国の仙人の一人は何度も婚約の申し出を送ってこられるほどと宰相殿からの私通で拝見しましたし、この都市をより良いものと考えるのであれば、この貴重な人脈を使わないという選択肢はありますまい。恐らくは既に根回しは済んでいることでしょうな」


 さすがジェリク翁だ。

 スオウとの交易計画のことは気づかれるとおもっていたが事前の根回しまでバレていたか。

 俺のアングレーム行きが決まったあの日、俺は珍しく自分から手紙をスオウへと送った。

 サキとの定期的なやり取り以外で手紙を送ったのは初めてだった。

 オリベ国主へ送った手紙には近日中にアングレームへ移りしばらく滞在すると書き記した。

 今後アングレームへスオウの商人を呼び込みたいという旨も書いてある。

 聡明なオリベ国主ならこの意味も理解していることだろう。


「二つ、居住区の配置です。この図面によれば北と南に固められております。一見しておかしな点は見つかりませぬが北から南への流れを作っているようにも見えます。しかし」


 ジェリク翁はアングレームの北を指で円を描くようにぐるりと囲った。

 そこはアングレームの北東から西へと流れるデラン川とアングレームの間を示していた。


「デラン川とアングレームとの間に線が引かれております。それに一番居住区と三番居住区には南側の居住区にはない印が複数見受けられます。これを見るにルクス殿下はこの都市をただ交易都市として育てるつもりではなく、北への備えとなる要所の一つにするおつもりではないですかな?」


 ロミエルとレインは目を見開き、参加している騎士と文官が息を呑んだのがわかった。

 ジェリク翁は本当に鋭いな。


「その通りだ。こんなに良い立地と条件なんだ、交易都市として育てるのなんて多少経営学の知識を持っていれば誰だってできる。そう考えて父上や宰相も俺にアングレームを任せたんだろう。だが、今この大陸には不穏な空気が漂ってる。悪魔の存在もそうだが最も身近な脅威は北のオルコリア共和国の動きだと俺は思ってる」

「ルクス殿下は国を二つに割っての争いが我が国にも飛び火すると考えておられるのですか?」

「違う、飛び火は既にしているんだ。冬を前にしても延々と続く戦いのせいで小麦や家畜、鉄や魔術用具の値段は上がる一方だ。共和国内部だけで話が完結するなら文句は無いが物の流れというのは一箇所で止まったり過消費されれば世界経済に大きな影響を及ぼす。そんなことは各庁に勤める文官なら分かるだろ」


 実際この事態に収拾のために俺やトレシア兄上が来た訳だしな。

 文官たちが押し黙ったのを確認して話を戻す。


「俺も理由の一端ではあるが北からの移民や難民の増加は共和国内の戦禍拡大による影響が大きい。もし今後オルコリア共和国の内戦で内建派が敗れ、外征派が勝てば最初に狙われるのは内建派に支援をしているうちの国だ。共和国とて国境要塞であるスクロフェスの堅牢さは魔人戦争で理解している。となれば攻める順路を変えるしかない。例えばデラン川上流から船団を差し向ければ川沿いの都市の攻撃も可能だ。このアングレームも例外なくな」


 アングレームの北側を流れるデラン川は大陸でも有数の大河である。

 オルコリア共和国のさらに北から流れるデラン川は皇国北部から西部を抜けてプリア海へと繋がっている。

 川幅は三百メートルに及ぶ箇所があるほど大きな川だ。

 川上であるオルコリア共和国がその気になれば船団でスクロフェスより内側へ攻め寄せることができるのだ。


「オルコリア共和国の水軍が攻め寄せる、または何らかの理由でスクロフェスが突破された際に西部の壁となる都市にしたいということでしょうか?」

「レインが言った認識で概ね合ってる。各区画の建設を進めるのと並行してその構想図に引いた線の通りに城壁を築く。といっても労働者たちには居住区の整備を中心にやってもらって城壁の方は別の者たちに協力してもらう予定だ」

「別の者?」

「第四宮廷魔術師団に担当してもらう。城を出る時に宰相とユグパレ元帥に要請したんだが所在地が南部だったこともあって到着まで時間がかかってるがな」

「そこまで考えておられたとは…。感服致しました」


 第四宮廷魔術師団。

 先のルクディア帝国との戦いで大戦果を上げて評価がうなぎ登りとなっている彼らは土属性の魔術師と少人数の光、闇属性の魔術師で構成されている。

 カーラ街道での戦い以降は土属性魔術を活かして各地の街道整備や南部の復興支援をおこなっていた。

 そんな第四宮廷魔術師団を呼び寄せた。

 理由はもちろん城壁を築くためにだ。

 もっともこの大陸で土魔術を利用した城壁工事など記録がないのだが。


「一度整理するぞ。近日中に北部から獣人の難民たちがやってくる。現状の民家の数では足りないことが想定されるから到着前に北側の平地に最低限の宿営地を設ける。ジェリク翁、アングレームの住人は図面でいう南西七番区に家を持ってるって認識で合っているか?」

「はい。南八番区や南東九番区にも少なからずおりますがほとんどは南側に在住しております」

「現時点での住民と難民との間でのいさかいを極力回避したい。もし北側に住んでいる民がいるならまとめるように。これは戸籍管理にあたるから総務省から出向してる文官たちで頼む」

「かしこまりました。早急にまとめます。余裕があれば一度アングレームの全住民の戸籍も確認したいのですがよろしいでしょうか?」

「ああ、頼む。最優先は居住区の建設、次点で商業区の整備も進めたい。訪れた商人が出店を出したいと言ってきたら商務省で対応してくれ」

「ご指示、承りました」

「あとは……」


 デラン川沿いの漁業や周辺の農耕関係は農務省の文官へ。

 都市内の新たな条例や法の発布に向けた下準備を法務省へと矢継ぎ早に指示を出す。


「よし。ここいなっかた文官達にも共有して行動してくれ」

「「「はっ!」」」

「それじゃあこの場は解散に……」

「ところでルクス殿下」


 会議の終了を告げようとするとジェリク翁が立ち上がった。

 その手には会議資料が握られている。

 開かれているのは……あっ…。


「この行政区内に建設予定の建物ですが先ほど言っていた優先順位に割り込むおつもりでしょう」

「ぎく」


 ジェリク翁の指摘を聞いてレインやロミエルも俺が目立たないように最後に配置した書類を確認した。

 

「ふふっ。ルクス殿下らしいですね」

「おかしいと思ったんですよ。ご自身が治めるようになる領地とはいえ準備が良すぎるし前向き過ぎると…」

「…俺の領地なんだからこのくらい良くないか!?」


 その資料には行政区内にある領主館と回廊で繋いだ先に建設予定の建物の図面や予算が記されている。

 そう、図書館である。

 俺が治める土地に図書館がないなど考えられないし耐えられない。

 無いならば可及的速やかに作ってしまえば良いのだ。

 そのために既にガレリア商会には持ち得る限りの書物を全て持ってきてほしいと伝えてある。

 来年中には皇都の図書館にも負けない場所にしてみせる。


「ともかく、図書館の建設は優先対象から除外しておきましょう」

「「「異議なし」」」

「そんな……」


 俺の快適な読書生活はまだまだ遠いようだ

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