始まりの日
それは突然の事だった。
誕生パーティーも佳境へと差し掛かり参加者の顔に酔いの色が見られる頃合いを狙ったように会場内にある全ての照明魔道具が同時に消灯する。
通常、パーティー終了後に使用人たちがひとつひとつ手作業で消さなければならないはずのそれは急に非稼働状態になったのだ。
闇とは原初の恐怖のひとつ。
何の前触れもなく視界を奪われた貴族たちは何事かと騒ぎ立て始める。
そんな中でも国の東西南北を担う四人の貴族と軍に属する貴族たちの動きは早かった。
ある者は初歩的な火属性魔術や光属性魔術で明かりを確保し、ある者は暗闇の中でも目が見えているかのように立ちすくむ貴族やテーブルを避けながら皇王の元や最寄りの皇族の元へと走りだす。
時にして二百秒ほどで今度は照明の魔道具が一斉に点灯した。
闇から解放され我に返った貴族たちは自身の安全を認識してから皇王が座す上座へと視線を向ける。
そこには異変前と変わらずヴォルクの姿があり隣には宰相オーキスが立っている。その周囲を黒鳳騎士団長リゼルや警備の黒鳳騎士、軍属の貴族たちが固めている。
王の安全を確認しホッと息をつくがそれで終わりでは無い。
他の皇族は無事なのかと視線を這わせる。
王からほど近い位置にいた第一皇妃の元には白鳳騎士団長アンジーナと白鳳騎士数名。
そこから少し離れた位置の第二皇妃カタリアの周りには紅蓮公フェーラ公爵と白鳳騎士数名。
会場中央にいたエリニアとグレイの周りをクローム公爵とタリア辺境伯と東部貴族。
後方にいたルクスの元にはエリューン公爵と中央軍に籍をおく数人の貴族が駆けつけていた。
全員無事のようだと胸を撫で下ろす貴族たち。
しかし、遅れて気がついた。
今回のパーティーには初めて社交の場に顔を出した皇族がいたことに。
「…フィアとシアはどこにおる」
皇王ヴォルクの呟くようではっきりとした声が静寂の会場内に響く。
場の全員が視線を巡らせるが誰も双子の皇女を見つけることはできない。
「フィアとシアはどこにおると聞いておるッ!!!」
ドンッと上質な肘掛けを壊す勢いで叩き立ち上がったヴォルクが吠える。
しかし、その答えを知る者は誰もいない。
ヴォルクが次なる声を発する前に宰相オーキスが動き出した。
「第一級警戒令を発令します。皇国宰相の名において城内を封鎖しフィア皇女殿下とシア皇女殿下を見つけ出し保護するまで黒鳳騎士は皇城内の全ての部屋への立ち入りを許可します。くまなく探しなさい。この騒ぎが陽動の可能性を考え白鳳騎士は半数を皇族の方々の護衛として残し、半数は騎乗し空を固めなさい」
「「「「はっ!」」」」
「リゼル、貴方は…」
「照明が落ちた時、会場中央の扉辺りで開閉音と僅かですが妙な物音がしました。俺はそれを確かめたく思います」
「許可します。行きなさい」
「了!」
目にも止まらぬ早さで退室したリゼルと動き出した騎士たち。
オーキスは瞬時に何者かによる誘拐の可能性へと至り対応を講じ始める。
彼は引っ込み思案な双子の皇女が自発的にいなくなる可能性を瞬時に排除した。
矢継ぎ早に指示を飛ばすオーキスは続いて貴族たちへ目を向ける。
「お越しの皆様には申し訳ありませんが事態が収束するまでの間、城に留まって頂きます。これは皇国宰相としての命令です。逆らう方は反逆者とみなし拘束します」
アルニア皇国の政を預かる宰相職に就くものは緊急事態時における特別命令権が付与される。
この権限は皇王の次に強いものであり拒否することは許されない。
宰相が続く命令を下すより早く皇王ヴォルクが割り込む。
「フェーラ、クローム、エリューン!」
「「「はっ!」」」
「出動可能な各魔術師団を指揮し一部を城内に展開、残りを城外に配置せよ! 僅かな魔術的痕跡を見逃すなッ!」
「「「はっ!!!」」」
「儂も探しに出る。アンジーナ、タリア、リュライネ。 伴をせよ」
「なりません陛下」
「黙れっ! 儂の娘たちを拐かした不届き者がいるやもしれぬのだ。捕らえて儂自ら首を刎ねねば気が済まぬ!」
ヴォルクの行動を予想していたオーキスは当然止めに入る。
しかし、皇王ヴォルクとて誘拐された可能性には気づいている。
故にの怒りは収まるどころか烈火の如く燃え盛る。
オーキスや公爵たちが諌めるが行く行かせぬの平行線。
多くの貴族が王に注目する中、人知れず最後方の扉から退出した皇子の存在に気づいたのは見張りの騎士と偶然彼の近くにいた一人の少女のみであった。
◆
ルクスは廊下を早足で歩きながら悔やんでいた。
あの時自分がフィアとシアに付いてエリニアとグレイの元に行っていればこのような事態は防げたのにと。
ただ、同時に一つ気づいていたこともあった。
二人の誘拐が事故である可能性だ。
今日のフィアとシアはそれぞれエリニアとグレイの身につけるドレスの色と合わせていた。
これは二人の姉との良好な関係を見せるという目的があったのだろうがそれが裏目に出てしまったのだ。
恐らく犯人が狙ったのはエリニアとグレイであり、暗闇の中で僅かに認識したドレスの色が一緒であったために誤ってフィアとシアを拉致してしまった。
計画的な犯行であることは明白だが大勢の騎士や貴族たちの目を盗んでまで拉致した理由は何か。
殺害が目的ならば拉致する理由は無い。
となれば目的は身代金目当ての誘拐に思えるがきっと違うだろう。
たかが金のためであれば最も警備の厳しい皇城に忍び込んで皇族を誘拐するなどという無謀は犯さない。
すると相手の目的は……?
「グレイ姉上か」
フィアとシアをエリニアとグレイと間違えたという推理か正しい場合、犯人の目的は二人ということになる。
エリニアは優秀なものの至って普通の皇族である。
しかし、グレイは癒しの力を持つ貴重な存在だ。
その力を狙ってのことならば一連の動きにも一応の説明ができる。
もし、犯人が拉致した人物がエリニアとグレイではないことに気づいてしまえば最悪フィアとシアは口封じに殺される。
そこまで考え至ったルクスは探知魔術を発動させるのだが妙なことに気づいた。
ノルテ城内には一定以上の魔力使用を制限するための結界装置がある。
許可されている者を除けば並の魔術師はこの環境下で初級魔術以上は使えない。
魔力を流して発動させる魔導具も例外なく使用不可となる。
だが、会場内の照明魔導具が一斉に消えたことを考えれば何らかの魔術か魔導具が使われたことは明らかだった。
ルクスは舌打ちをする。
昨日の違和感の正体に遅れて気づいた。
人間離れした魔力を持つルクスは自身の魔力を圧縮することで隠蔽している。
結界装置の仕組みは一定量以上の魔力の放出を封じ、大きすぎる魔力に枷を嵌め込むというもの。
それは抑えている魔力にも作用するためルクスに対しても常に発動していた。
故に圧迫感を抱いて生活していた彼だが、結界装置が何らかの理由で停止か故障していたことで昨日からは開放されたように感じていたのだ。
どのようにしてフィアとシアを攫ったのかなどの謎はまだ残っているものの、違和感の正体は手がかりとして全て繋がった。
これは綿密に計画された誘拐である。
しかし、城内であればルクスの探知魔術であれば確実に捉えられるはずなのだが双子の皇女の反応を捉えることができない。
見つからないということは城外にいるか何らかの探知魔術対策をしているのだろう。
妹たちを見つける手立てがないと焦りながら早足に廊下を進むルクスの視界が違和感を捉える。
廊下に雑に放置された二台の配膳用のワゴン。
調理場とパーティー会場を往復していたものだろうがおかしい。
何故ならワゴンが放置されているこの場所は調理場とは正反対の位置なのだから。
犯人はどのように誰にも怪しまれずに二人を攫ったのかと思っていたがその方法に思い至った。
暗転と同時に何らかの方法でフィアとシアの意識を奪い、配膳用ワゴンの下へと押し込む。
この時ワゴンの上から布を被せれば誰も中に人がいるなどとは考えない。
会場外の使用人や騎士にも怪しまれずに逃げれたのはこれだろう。
二人の運送に使ったであろうワゴンがここにあるということは、
「この中か?」
ワゴンが放置されている目の前の部屋は現在は空き部屋となっていたはず。
もしここに犯人がいれば戦闘は免れないだろう。
確実なのは騎士に知らせることだがそんなことをして逃してしまえば今度こそ手がかりは無くなってしまう。
そこまで考えてからルクスはドアノブを握る。
魔術的な罠が仕掛けられていないか入念に探りその心配がないとわかるとドアを開け放った。
室内は無人で以前は客人用の寝室であったのだろうかベットや調度品が置かれたままになっている。
特段おかしい場所はないように見えるが唯一気になったのは扉と相対する位置にある窓。
きっと最近清掃をサボった使用人がいたのだろう。部屋の窓枠には埃が見受けられた。
だが、その埃まみれの窓枠に細長い一本の線が走っていたのだ。
線は窓の外へと繋がっていて窓の鍵も閉まっていなかった。
窓を開けて下を覗き込むと下には花壇がある。
そして花壇の土には誰かが降りた痕跡と見られる足跡と降りる際に使ったと思われる長縄が落ちている。
犯人は既に二階から地上へと逃れていたのだ。
同時に犯人が何故この部屋から脱出したのかをルクスは察した。
「ちっ…下水道か…!」
ノルテ城は皇族の権威の象徴として築城された歴史を持っているが有事の際には籠城できるようには作られているため城壁の高さは十メートルを超える。
当然各城門には騎士や衛兵が常に張り付いているし、城壁も同様に見回りがある。
そんな中でも誰にも気づかれずに城外に抜け出す方法はいくつかある。
皇族のみが知る脱出路と下水道である。
アルニア皇国の首都である皇都クラエスタは世界的に見ても美しい街並みを誇っている。
その理由の一つが先進的な下水道整備。
街中に張り巡らされた地下下水道はありとあらゆる場所に繋がっている。
それは皇城とて例外ではない。
当然だが皇城の下水道には常時二名の衛兵がついている。
皇城内に配備される衛兵は中央軍皇都守備隊の精鋭であるのでそこから城へと侵襲しようとしても簡単に突破できるはずはない。
そのはずなのだが。
ルクスが下水道に繋がる小屋へと辿り着いた時には手入れの行き届いた芝生の上に横たわる二人の衛兵の姿があった。
赤く染まった芝生に伏す二人の衛兵に駆け寄る。
一人は既に手遅れであったが、壮年の衛兵には意識があった。
「何があった?」
「…ふ…くろを……かか…えた…ふたり…ちか…へ……もうし…わけ……ぁりま……ん」
「しっかりしろっ! 今助けを…」
立ち上がりかけたルクスの腕を衛兵が掴む。
握られた力強さに驚いて再び衛兵へと目を向けたルクスへ向けて衛兵の血濡れた唇が動く。
やがて彼の腕を握っていた衛兵の手が力なく落ちる。
「くそっ…」
悪態をつくルクス。
壮年の衛兵が最期に伝えてくれたのは情報だった。
賊は二名、城勤務の使用人であったと。
皇城に勤務する使用人の多くは貴族家の子女である。
少なからずノルテ城下に住まう市民も働いているのだがその身元は監察局によって厳しい調査が行われている。
それを掻い潜っていた潜伏することは極めて困難であると言わざるを得ない。
かと言って衛兵が見誤ったとも考えにくい。
「悩んでる?」
唐突に柔らかい声が彼の耳朶を打った。
声のする方へと反射的に振り向くとそこには五日前と同じように空に漂う若草色の少女がいた。
その周囲には小さな緑色の光が忙しなく動き回っている。
「…グリーン」
「怖い顔をした貴方も魅力的ね」
「…っ!」
にこりと笑う彼女がバカにしているように思えたルクスは感情を静かに昂らせる。
しかし、先んじて気づいたグリーンは謝罪をする。
「ごめんなさい。少しでも貴方が和んでくれればと思ったのだけれど…」
「…別にいい。今は見ての通り忙しいんだ。構ってる暇は…」
「まって、貴方の方で何があったか聞かせて」
ルクスがこれまであったことを掻い摘んで話すとグリーンは深い溜息を吐いて謝罪を重ねた。
「…ごめん。私がもっと早く気がついていれば貴方の妹さんが連れ去られることも、その兵士さんたちが死ぬこともなかったのかも」
「それはどういう意味だ?」
「三日前の夜、貴方と別れた後に小さい子…下位精霊が私の元にやってきて仲間が誰かに消滅させられたって教えてくれたの。幼い下位精霊とはいえ精霊を消滅させることができる人間なんて聞いたことがなかったから少しお城の周りを探してみたんだけど……奴らの痕跡が残ってた」
「奴ら?」
「……悪魔。ううん、人間に合わせて呼ぶなら魔人」
「なんだと…っ?」
魔人。
十数年前に突如として出現し、魔獣や魔物を率いて大陸北部を蹂躙した災厄の象徴。
大陸中の国々が盟を結び、事態の鎮圧に至るまでにいくつもの国が滅亡し多くの人々が犠牲となった。
討伐されたはずの災厄がこの皇都に潜んでいることを知ったルクスも流石に驚く。
嫌な想像が頭をよぎるが気付かぬ振りをする。
「魔人は人間が使う魔術なんかとは比べ物にならない規模と威力の術を使うのは知ってるよね」
「ああ。精霊と同じく魔法と呼ばれてる」
「アイツらと一緒にされるのは癪だけど今はおいておくね。私はその痕跡を辿ろうとしたんだけど余程存在に気づかれたくなかったのか入念に追跡対策されてたの。ちょっと手間取っちゃったけど何とか潜伏場所っぽい場所を見つけたの。でもそこに魔人の姿はなかった。さらにそこから残ってた魔力痕跡を辿ってみたらここに辿り着いた」
ひとしきり語り終えたグリーンはゆっくりと芝生の上へ降り立った。
その瞳は相対する銀髪の青年の様子を伺うようでもあったがそれ以上に真剣身を帯びている。
「…魔人の数は?」
「痕跡が残っていたのは二人分。だけど他の潜伏場所があるならもっといるかも」
「俺の妹たちを拉致したのはそいつらってことでいいのか?」
「私が辿った痕跡がお城まで続いていたから十中八九そうだね。ただお城で滞在した時間が多いみたいで痕跡がここで途絶えてる。今から追跡するには私だけの魔力じゃ無理そう」
肩をすくめてみせる精霊の少女。しかし、銀髪の皇子は今の会話で目の前の少女が何を考え、何を求めているのかを理解した。
大胆不敵が代名詞のはずの魔人が入念な下準備をした上で先手を打ってきたこのどうしようもない盤面を引っくり返してみせる方法が一つ。
「……俺の魔力をグリーンに渡すならどうなんだ?」
「分かってるのに聞くんだね。前にも言ったけど、現世において私たち精霊は単体で本来の力を発揮することはできない。それは精霊界と比べて人間界の大気中に満ちる魔力が薄くて流用できる魔力が少なすぎるから。でも、第三者からの魔力の譲渡や提供があるのなら私たち精霊はその魔力量に応じた力を行使することができる。ただし、契約していない精霊に力を貸せって言っても気まぐれ以外で応じることなんてほとんどない。高位になればなるほどね」
あえて聞いてみせたルクスに対して、グリーンもあえて一から十を説明した。
二人の視線が交差し瞬き数回分の時が過ぎた。
「力を貸してほしい。グリーン」
「それは命令?」
「いや、願いだ」
「私は願いを叶える女神様じゃない。いくら悪魔…じゃなくて魔人が暗躍していて幼い精霊を消滅させられたとはいっても、私が積極的に動く理由にはなり得ない。なにかしらの見返りがなければ私は現世に過度な干渉はしないよ」
「アルニア皇国第三皇子ルクス・イブ・アイングワットの名に誓って、君の願いを一つ必ず叶えてみせる。だから力を貸してほしい。頼む」
今日に至るまでただの一度も皇子としての立場を利用したことの無い皇子による誓い。
本を愛し、読書を第一に考え、誰かを頼るという行為を一切してこなかっためんどくさがり屋の読書家皇子が唯一譲れないもの。
父も、母も、兄も、姉すらも知らないそれは家族たちへの安寧の願い。
双子の実妹たちだけが唯一知っている彼の一面。
それは幼少期から図書館を訪ねればいつでも笑顔で迎え読書の時間を潰してでも遊んでくれた実兄としての愛。
彼は捨てられない家族愛のために精霊に名を賭けて願った。
代償のある願いを精霊に向けるのならばそれは契約となる。
頭を下げたルクスにグリーンは最終通告を兼ねた問いを投げかける。
「私に契約を持ちかける意味、分かってないわけじゃないでしょ? 精霊との契約は絶対尊守。私がもし、対価として君の死を願ったら君は契約履行のために死ななければならなくなる。そういうものだよ?」
「それで妹たちが救われるなら構わない。俺には優秀な兄が二人いるし、しっかり者の姉が三人もいる。フィアとシアだってこれからもっと美しくなって賢くなるだろう。読書しかしない穀潰し皇子が一人死んでも国に影響なんてない」
「……情に絆されているのに情を理解できてない。滑稽だけど嫌いじゃないよ。むしろ私がこれから教えてあげるから」
「それはどういう……」
困惑するルクスを置き去りにグリーンは手を空にかざしながら言の葉を紡ぎ始める。
「精霊六王が三、風の精霊王アウリーが神アヴァロンに希う。我が存在ある限り、かの愛しき人間と喜楽を共にし、哀怒を分かち合うことを此処に誓う。この意、この理を認めるならば応えよ」
祝詞のように紡がれたその内容にルクスは驚愕した。
風の精霊王アウリー。
その名の通り風属性の精霊を束ねる精霊の王。
グリーンと名乗っていた彼女の正体は最上位精霊である精霊王だったということだ。
上位級かあるいは天帝級かと思っていた相手が創世神話の登場人物であったことに驚いていた。
通常、精霊との契約において言葉を交わす必要は無い。
互いの意思が一致し、契約にたる関係であれば結ばれる。
しかし、彼女は例外である。
世界に六体しか存在しない最上位精霊が契約する場合、精霊界の掟に従い、精霊を司る神アヴァロンからの承認を得なければならない。
故に、今回彼女は神へと願いを告げたのだ。
その時、夜天に蒼く煌めいた彗星がアウリーへと流れ落ちた。
神の返答は是であった。
「ありがとうございます、アヴァロン様」
呟くように口にしたアウリーは再度ルクスへと向かい直って手を差し出す。
「私の願いは貴方の、ルクスの契約精霊となること。私は聡明で、面倒臭がり屋で、家族思いな貴方が愛おしくて仕方ないの。瞬きのようなこの数日間は私の数百年の旅路で一番楽しかった。貴方と一緒にもっと笑いたい、もっと遊びたい。貴方の見る景色を、感動を共有して欲しい。だから、私はルクスとの契約を望む」
真摯な想いをぶつけられた銀髪の皇子は年相応に気まずそうな顔をしたあとで、ふぅと一息吐き出してから彼女の手を握った。
「願いを叶えると誓ったのは俺だ。もちろん契約を受ける。だけど…その、愛とか全く分からないから…応えられないというか…なんというか」
「今はそれでいいよ。数年後には私の事が好きで好きで仕方なくなるようにしちゃうから」
「…お手柔らかに頼むよ」
触れ合う二人の手を中心に閃光と膨大な魔力波となって駆け抜ける。
「これで契約は……えっ」
「何かあったの?」
「い、いや。なんでもないよ」
明らかに動揺した様子の彼女は小声で「私相手に調伏契約…?」とか「ほんとに人間…?」などとごにょごにょしていたがそれもすぐに収まった。
「い、妹ちゃん達のことが心配だし早速私とルクスの初めての共同作業と洒落こもうか。魔力貰うね」
「ああ。好きなだけ持っていってくれて構わない」
触れ合う手のひらから尋常ならざる魔力がアウリーへと供給される。
時折アウリーが恍惚な表情を浮かべるために大変いかがわしい現場のようにも見えただろう。
魔術師の平均魔力量の十数倍、ルクスにとっての一割弱の魔力を受け取ったアウリーは満足気に頷いた。
「前も思ったけれど美味しくてずっと味わいたいと思える魔力してるね」
「きっと不味いよりいいだろう。 そんなことよりフィアたちの位置はわかったのか?」
「今から探し出すよ。五秒待って」
風が吹いた。
いや、吹いたというには生温いほどの強風が城内を、市街を、国境すら超えて世界を駆け抜けた。
アウリーが使用したのは超広範囲索敵魔法。
風に自身の魔力を練り込み、風に触れた全ての物体の中から探し求める対象の位置を特定するという規格外の技。
今回の場合、アウリー自身が一度知覚した魔人の魔力を対象として発動している。
索敵範囲は大陸全土の風の届く全ての場所。
オーバースペックも甚だしい規模だがこれは初めての契約者の心地よい魔力に浮かされた精霊が張り切りすぎた結果である。
「…見つけた」
「どこにいるっ?」
「この街から半日の距離。南に飛行して向かってる」
「飛行…空を飛んでいるってことか」
「うん。飛行くらいなら低位の悪魔でも可能だよ」
「半日の距離…。追いつけるか?」
「私を誰だと思ってるの?」
ふわりとアウリーとルクスの身体が空へと浮かび上がった。
生まれて初めての浮遊にルクスは少し足をばたつかせたがすぐに体勢を整えた。
「初めての飛行魔法を体験したにしては上手くバランス取れてるね」
「そりゃどうも。気を抜いたらひっくり返りそうだけどな」
「その時は私が手を貸してあげるよ。さ、私たちの初陣にいこ」
「ああ。頼む」
「任されたわ!」
ルクスとアウリーの身体が淡い緑色の輝きと共に彗星のようにまっすぐと南へ飛翔した。
◇
銀髪の皇子が夜空の闇に消えたあと、ほど近い木々の間から一人の少女が姿を現した。
第三皇子が会場を抜け出し、道中推理を巡らせ、妹のために精霊王の少女と契約を結ぶという一部始終を余さず見届けたその少女はただ呆然と彼の消えた暗闇を見つめていた。
彼女は心なしか紅く染まった頬を指でなぞり自身の葵色の髪を撫でた。
「…ルクス殿下」
ぽつりと呟いた声は風音にかき消された。
次回更新は7月7日になります。
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