対悪魔会談の誘い
第三章はこれにて閉幕!
お付き合いありがとうございました!
ひとしきり俺を弄り笑って満足したのかユリアス兄上が宰相へと視線を向けた。
「流民の対応については理解した。だが、難民に関しては話が別だと俺は感じたがどうなんだ?」
「僕もユリアスと同じように感じました。五千近い難民の受け入れを我が国が行えばオルコリア共和国としてはよく思わないはず。いかに国内がガタガタな共和国もそれだけの国民の流失をただ指を咥えて見ているものでしょうか」
「両殿下のご指摘はごもっともです。此度の難民のほとんどは共和国南部からでした。共和国南部は外征派の勢力地で彼の地では特に獣人や貧しい人々への風当たりが強いことで有名です。大方獣人を排斥しつつ、我が国に奪われた国民を取り返すとして戦争理由の正当化を狙っているのでしょう」
「であれば余計な火種となる前に送り返した方が良いのでは?」
「現在のオルコリア共和国の内戦は外征派と内建派との戦いで情勢は内建派の優勢となっています。このままいけば他国との積極貿易を掲げる内建派が自国に足らぬものがあるならば他国から奪えば良いという外征派に勝利すると思われます。そうなれば難民に関してとやかく言われることはないでしょう。そもそも、長きにわたって内戦が起きていた共和国に我が国を相手取る余力はありません」
宰相の言うことは正しい。
オルコリア共和国は二年以上内戦が繰り広げられており国土は荒れており、他国と戦争するにも最低でも五年が必要だろう。
その頃には難民や移民を受け入れた皇国はさらに豊かになっているはずだ。
「それに大陸内で国同士の争いが起きることはしばらくないでしょうから」
「確かに我が国は帝国との停戦がある以上、戦争が起きることはない。だが、帝国が王国に攻め寄せる可能性はないわけではないだろう?」
「いえ、その可能性は無くなりました。先日、ルクディア帝国から我が国へ一通の書状が届きました」
「書状?」
宰相は一枚の書状を取り出し俺たちに向けた。
刻まれた封蝋印は龍と炎を象ったもの、それはルクディア帝国皇帝位を示す。
「この書状はルクディア帝国第十四皇帝サファム・ゼクトゥール・ルクディアとアトラティクス大陸冒険者ギルド総長メリル・シュザンの連名で陛下に宛てられた手紙です」
「内容は儂が話そう。此度のレシュッツ悪魔事変を帝国は重く受け止めている。故に、アトラティクス大陸に住まう全ての国で話し合う場を設けたい。そう記されておった」
これに対する反応はさまざまだった。
ユリアス兄上とクローム公爵、ユグパレ元帥は目を細め、トレシア兄上は「へぇ…」と呟き、フェーラ公爵とクロードは驚愕からか目を見開いた。
俺とレインは無反応だ。
なぜなら帰りの馬車内でこの可能性について思い至っていたからだ。
悪魔事変収束後、悪魔の討伐で被害を受けたレシュッツへ各国から復興支援として石材や食料などの物資が送られてきた。
仙国スオウやシャラファス王国といった友好国、皇国と国境を面さない北方諸国連合やノア聖教国、そして仮想敵国であるルクディア帝国からも支援がおこなわれたのだ。
このことから俺とレインは思った。
想像しているよりも大陸中の国々が悪魔の再出現を重く受け止めているのではないかと。
「此度の帝国からの誘い、儂は受けようと思っておる。事は一国で対応できる領域を超えておる。我が国どころか大陸存亡の危機と言っても良い。帝国だけでなく国政に関与せぬという冒険者ギルドまで出張ってきたとあっては断るわけにもいかぬしな。皆はどう思う」
「俺はこの件受けるべきだと思います」
最初に声を上げたのは東部国境を預かる将として、誰よりも帝国と戦ってきたユリアス兄上だった。
「魔人…いや悪魔の勢力は強大で我が国だけで退けることは当然不可能。魔人戦争も大陸に住まう人類が団結してやっと辛勝したというのは誰もが知っている話。聞けばスオウで発生した海魔異変にも悪魔の影があったとのこと。人類に力で勝る悪魔が暗躍している。これは人類存亡の危機と俺は考えます。故に一度各国との足並みを揃える動きはあって然るべきです」
「お前は帝国と雌雄を決したいと常々口にしていたと思うが良いのか?」
「確かにいずれ雌雄を決したくは思いますが今ではありません。俺とクライン…帝国の皇太子と決着を付けるには悪魔の存在が邪魔すぎます。奴らを駆逐してからでなければ落ち着いて戦えないでしょう」
魔人戦争が終息するまで長引いてしまった理由。それは開戦当時の国家間の協力が皆無だったことだ。
最初に悪魔や魔獣が現れた大陸北方。
突如現れた魔獣の大群に対応した国々は自国ごとの単独対応となった。
大陸北部にて大規模な魔獣災害が起きていると冒険者ギルドを通じて伝えられた各国は遠い他国の出来事であり自国には関係ないと報告を流し聞きした。
その結果、運悪く魔人戦争における初戦の戦地になった国々は滅亡した。
よくある魔獣災害の一つと軽く考えていた各国は事態の深刻さに気づき協調を取り始めたが、対魔人同盟が締結される頃には十を超える国が滅びた後だった。
もしも、開戦当初からある程度足並みが揃っていたのならもっと被害を抑えられたはず。
過去の致命的な失敗から学んだ結果が今回の帝国の提案なのだ。
「ユリアスが賛成なのであれば僕に否はありません。その会談ですが開催地は決まっているのですか?」
「ああ。帝都ルクディアス、帝国の首都だ」
「…それはそれは。もしも帝国と冒険者ギルドが結託していれば各国の要人を残らず殺すことができる、と」
「いくらなんでもそれはないだろう。そのようなことをすれば帝国は世界中の敵になる。冒険者ギルドもな」
「ですがレシュッツで悪魔は死んだと思われていたエラルドルフ公爵家の長男の姿をしていたといいます。それは悪魔が誰にでもなり変わることができるという証左に他なりません。仮に悪魔が皇帝や帝国の大臣になりすましていた場合、大陸一の国家である帝国を自在に操れる。人口も国力も大陸随一である帝国を乗っ取った悪魔たちは世界とも戦えてしまうでしょう。この会談自体が悪魔の策略で各国要人を集めて殺し、我々の初動を封殺しようとしている可能性も無いとは言えません」
トレシア兄上の懸念は絶対にありえないことと断じれないのが悩ましい。
悪魔は人の体を依代に顕界するとヴィネアは言っていた。
地下牢で会話から依代になった人間の記憶を引き継ぐことができるのではとレインは言っていた。
これが世界中に知られれば人間社会が疑心暗鬼に陥る。
故に皇国上層部にあたるこの面子だけの共有に留めている。
トレシア兄上の指摘に対して誰も何もいうことができない。
再度沈黙が部屋を包み込む。
「俺はないと思う」
一同がどうしようもない問題に考え込む中、またしてもユリアス兄上が声を上げた。
ユリアス兄上にはこの説を否定するための材料があったらしい。
「その根拠はどこから?」
「そんなものはない。勘だ」
なかった。しかも勘という曖昧すぎる要素。
しかし、この場に集う面々はユリアス兄上の勘…第六感ともいえるそれを馬鹿にするものはいない。
ただし全てを納得させることができる理由かといえばそうでもない。
そんな気持ちを見据えてか、それか父上の苦い顔を見たからかユリアス兄上はそれにと続けた。
「あの国には奴…クラインがいる。仮に悪魔の暗躍があったとしても奴を出し抜いて帝国を手中に収めることなどできないだろうさ」
クライン・ゼクトゥール・ルクディア。
帝国の帝位継承権第一位にして、最高位精霊の一柱である炎の精霊王と契約した人類初の王級精霊術師。
俺はもちろん出会ったことはないがユリアス兄上は停戦交渉の場で実際に顔を合わせている。
「とはいえ父上を危険溢れる帝国へ行かせるわけにはいきません。ここは俺が父上の名代として赴くべきかと考えますがどうでしょう」
「お前は行きたいだけだろうに…。此度の会談は大陸中の有力な国や勢力の代表が集うことになる。儂としてもそれなりの格を持った者でなければ任せられぬと考えておった」
「でしたら…」
「ユリアス。お前はこれまで我がアルニア皇国を守るために誰よりも帝国と戦ってきた。我が国も彼の国も多くの犠牲を出してきた。帝国の民にはお前を恨む者も多いだろう。そんな場所へ継承権一位のお前を行かせるわけにはいかぬ」
父上の言う通りユリアス兄上は初陣から現在まで帝国と戦い続けていた。
皇国にとっては国防の英雄であるが帝国にとっては邪魔な存在でしかない。
この機に暗殺をと考える者もいるだろう。
「…と言いたいところだが我が国から会談へ向かえるだけの格があるのは王である儂と百戦錬磨のユリアス、魔人戦争で名を轟かせたユグパレ、そして…」
父上が俺を見る。
え、俺が行かされる可能性もあるのかこれ。
「此度の悪魔事変を収めたルクス。この四人しかおらぬ。儂が行くのは貴族たちからの反対が大きいだろう。となると実質的にはユリアス、ユグパレ、ルクスの三人から選出するしかない」
「ルクス殿下には西部の新都市へ向かっていただく予定ですので除外しましょう」
「そうだったな。そうなると…ふむ」
父上が目を閉じて考え込むように髭を触る。
やがてゆっくりと瞼を開きユリアス兄上を見据えた。
「此度の会談、ユリアスとユグパレ二人に行かせようと思う」
「悪くない手かと。ユリアス殿下とユグパレ元帥の二人であればある程度の不測の事態にも対応できるでしょう」
「ああ。頼むぞユリアス」
「お任せを」
「ユグパレ苦労をかける」
「滅相もございません。ユリアス殿下はこの身に変えてもお守りいたします」
会談への参加人員が決まり、護衛についての話がある程度まとまった頃合いで父上が立ち上がる。
「ユリアスとユグパレが帝国へと向かう間、我が国は平時よりも手薄になるだろう。フェーラ」
「はっ」
「そなたには一時的に中央軍の指揮権を与える。ユグパレが帰還するまでの間、皇都に留まり有事に備えよ」
「御心のままに」
「クローム」
「はっ!」
「ユリアスの持つ東部国境守備軍の指揮権を与える。会談が悪魔の企みだった場合、帝国と即時開戦することになってもおかしくはない。どう転がっても対応できるように東部貴族の気を引き締めさせろ」
「お任せください」
「クロード、エラルドルフ公爵家にはレシュッツの復興と移民への対応を任せる。東部の移民も南部に送る予定だ。豊かな南部であればある程度の数でも対応可能だろう。それと消えたウェスカル伯爵とトセレン男爵の捜索を命じる」
「委細承知いたしました。父にもそう伝えます」
「トレシア、お前は…」
「北部の新都市予定地赴いて移民への対応、獣人の西部誘導、そしてオルコリア共和国への牽制と諜報活動…ですね」
「その通りだ。新都市はすぐには進展せぬ。じゃが移民への対応は迅速に行わなければならぬ。それに共和国の動き次第では早晩戦になるやもしれん。頼んだぞ」
「ユリアスが帰るまでに基盤を作り上げてみせます。そのためにも明日皇都を出ます」
「無理はするなよ。さて」
俺へ父上の視線が向く。
「ルクス。お前はしばらく皇都で休んだ後に西部へ向かうのだ。トレシアが北部に到着し移民を西部に誘導する。獣人たちが西部新都市予定地に着くまで二週間はあるだろう。その間は自由に過ごせ。ただし、移動速度次第では予定を早めて向かってもらうことになる。大丈夫か?」
「ユリアス兄上が王になったあと過ごすことになる場所ですからね。しっかりやりますよ。補佐もつけてくれるのでしょう?」
「補佐にはレインを付ける予定だったのだが…」
なぜか微妙な顔をした父上は宰相と顔を見合わせた。
……なんだその反応は…?
「実は三年ほど前よりとある貴族家から是非ルクス殿下の補佐をしたいという内容の書状が届いていまして…。半年前までルクス殿下は図書室から動かれなかったのでお断りしていたのですがスオウ海魔異変や今回の悪魔事変での活躍から断るのも難しくなってきました。そのためしばらくルクス殿下の元に補佐として付けることになりました。ですのでレイン嬢は一度お休みを…」
「お待ちください」
宰相の言葉を遮る形でレインが声を上げた。
緊急時でもない今、目上の者である宰相が言い切る前に言を遮るなどレインにしては珍しい。いや、初めて見たのではなかろうか。
父親であるフェーラも呆気に取られているほどだ。
「私は此度もルクス殿下に付いて行くべきだと考えます」
「ふむ、その理由をお聞きしましょう」
「ルクス殿下は此度の悪魔事変の功績で我が国にとって欠かせない要人となりました。スオウと良好な関係を築き、悪魔討伐で国内外に智勇を轟かせました。加えて南部の民は復興活動の初動で奔走したルクス殿下を慕う声も多いのが現状です。それに移民の多くは単独で悪魔を討伐できる我が国に未来を見てやってきています。もしもルクス殿下に何かあれば国が揺らぐことになります。そうならないためにも私が護衛に付くことが上策である考えました」
「なるほど」
「今回ルクス殿下が赴くのは西部です。ご存知の通り私は西部の出身、都市建設を含む様々なことに便宜を図ることもできます。ある程度政務に関する知識も持っておりますのでルクス殿下の補佐としても活躍できます」
「確かに一理も二理もあります。しかし…」
「オーキス、諦めよ」
レインの力説にも負けずになぜか渋る宰相に見かねて父上が声をかけた。
正直、今回に限ってレインを遠ざけようとする意図がわからない。
俺としてもこの半年世話になっているレインがいた方が都合が良い。
それに彼女は今回の悪魔事変で俺の秘密を知った一人だ。
ないとは思うが周りに風聴しないように近くにおきたい。
「ですがやってくる彼女のことを考えると…」
「よい。獣人を任せるのだ。この際多少の面倒ごとが増えても変わらんだろう。ルクス」
「え、あ、はい」
「その、なんだ。頑張るのだぞ」
不穏すぎる一言を残した父上と目を逸らした宰相に強烈な不安を抱えさせられてこの会議は閉められた。
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