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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第三章 禁書探索編
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難民対応

 勲章の授与式が終わり、別室へとやってきたのは父上と宰相、騎士団長であるリゼルとアンジーナ、ユリアス兄上にトレシア兄上、フェーラ公爵とクローム公爵とエラルドルフ公爵家当主エリューンの代理であるクロード、そしてユグパレ元帥の計十名。

 これに俺とレインを加えた十二名が席についた。

 アルニア皇国の国政を担う者たちが一堂に会する機会などそう多くない。

 特にトレシア兄上は数年前からシャラファス王国へ留学していたのでこうして顔を合わせるのは実に三年ぶりとなる。


「ルクス、レインよ。改めて言うがよくぞ無事に帰ってきてくれた。フィアとシアのこともよく守ってくれた」

「妹を守るのは兄の責務ですので。それに一番近くで守ってくれたのはレインです」

「とんでもございません。私が至らぬばかりにフィア殿下とシア殿下を危険な目に合わせてしまいました。罰こそ受けれど感謝などとても受け取れません…」

「そなたはよくやってくれた。至らぬと言われれば儂や宰相が此度の事態を甘く見ていたことがそもそもの原因とも言える。もっとも、魔人…いや、悪魔の存在に気づけという方が無理な話ではあるがの」


 父上のいう通り悪魔の暗躍に事前に気づけなどというのは無理難題もいいところだ。そもそも暗躍とは誰にも気づかれないように行動することを指す。魔術の腕も単純な力も人間よりも格上な悪魔がその気で動けば簡単に気づけるわけもないしな。


「二人とも帰って早々ですまないがもう少し付き合ってくれ。オーキス」

「はっ。先にルクス殿下とレイン嬢に現状の状況をお伝えします。お二人が南部に出向いた理由や騎士団や監察局から届けられた報告書に記されていたレシュッツ悪魔事変の詳細についてはこの場の全員に共有が済んでいます」

「なら俺やレインの口から報告を聞きたいって訳じゃないってことか?」

「はい。お話ししたいのは此度の一件を経て新たに持ち上がった問題についてです」


 宰相がいくつかの報告書を取り出してから話し始めた。


「大前提として此度の悪魔事変の一報は大陸中に相当な衝撃をもたらしました。二十一年前の悲劇が繰り返されるのかと。しかし、これはお二人やリゼル、アンジーナ両団長の活躍で国内の混乱は最小限で収まりました。辺境の都市で現れた複数の悪魔たちを現れたその日に単独討伐する、これは偉業と言えるでしょう。この一件で我が国の武威は世界に広く示されました。その影響で他国からの流民や商機を見出した商人たちが相当数流れてきました。これにより我が国は建国史上類を見ない好景気に賑わっています」

「良い話のように聞こえるが何か問題があるのか?」

「商人については問題ありません。問題なのは流民の数が多すぎる、という点です」

「多すぎる?」

「はい。悪魔事変収束後、各地の関所を通った流民の数は昨日の時点で一万に及びます」

「一万っ!?」


 これには流石の俺も驚かずにはいられなかった。

 悪魔事変の収束が広く周知されたのはせいぜい三週間前といったところだろう。つまり今皇国に流れてきている人々は皇国国境から三週間以内で移動できる場所からやってきたということ。

 該当するのは北側のオルコリア共和国、東側のルクディア帝国、西側の仙国スオウ、南側のシャラファス王国の四カ国。

 このうち仙国スオウについては数に含まなくて良いと思う。

 理由はいくつかあるがスオウの人々は愛国心が強い。仙人たちへの信頼は厚いし武威に至っては既に世界が認めている。そんな彼らがわざわざ皇国の民になるとは思えない。それにスオウは島国という理由から魔人戦争の戦禍に焼かれなかった唯一の国だ。悪魔への感情もそこまで強くはないだろう。


 内戦状態にあるオルコリア共和国ならまだしも他国と戦争中でもない国々から流れてきた民が一万人を超えるなど信じられない出来事だ。

 それだけ今回の一件は衝撃的だったんだろうな。


「はじめはどの貴族も民を受け入れていたのですがこの数です。住居を建てるにも間に合わず次第にどの領も受け入れきれなくなってしまいました。現在東と南からの流民はクローム公爵とエリューン公爵がどうにか受け入れてくれていますが限界があります。今後我が国と国境を面さない国々や魔人戦争によって国が滅び大陸各地に散っていった人々が流れてくると国内の治安の悪化が想定されます。これは捨て置けません」


 恐らく現状でも移民と元からの住人との間に不和が生じていると思われる。

 これ以上の悪化は国として防ぎたいというのが父上の意向なのだろう。

 

「東部と南部に集まる移民については皇王直轄地を開放することで対応することとします。この件は資源の管理も含めクローム公爵とエリューン公爵に一任します」

「ほう」「なんと…」


 これは聞かされていなかったのか東部と南部を代表する公爵たちは驚きの声を漏らした。

 皇王直轄地とは戦略資源である軍馬や鉄、他国への輸出を目的とした絹や宝石といった必要不可欠であったり莫大な利益を産むであろう資源を皇王が管理するために設けられた地域のことで公爵だろうが男爵だろうが関知できないある種の聖域を指す。

 そんな場所を委ねると宰相は言ったのだ。

 移民問題にかかる費用を差し引いてもプラスになるのは間違いない。


「問題なのは北部からの移民についてです」

「北ということは主にオルコリア共和国からの流民でしょう。なるほど…獣人問題ですか」

「はい。ユグパレ元帥のお察しの通りオルコリア共和国からの流民についてが目下一番の課題であり懸念です」


 アルニア皇国の北部と国境を面する国で人間だけでなく、犬人ワードック猫人キャットピープルといった獣人、森と共に人間の倍以上の時を生きる見目麗しいエルフ、小柄な体躯からは想像できないほどの力を持つドワーフが共に生きる国。

 それがオルコリア共和国である。

 近年は国を二分した内戦が激しさを増しているという。

 

「我が国は人種に問わず平等を掲げていますが貴族の中には獣人を下に見ている者も少なくありません。とはいえ国として公言しているため獣人たちの心象も悪くはないのでしょう。北部国境を通った流民は約五千人ほどで内三割は獣人と報告が届いています」

「…流民全体の半数が北部からですか」

「北部はスクロフェス戦役の傷が癒えたきったばかりでこれほどの数の流民を受け入れるには少々荷が重いのが現状です。仮にこれ以上増えてしまうと冬を越せなくなる地域も出てくることでしょう」

「現在獣人の流民はタリア辺境伯と周辺貴族が一時的に受け入れていますが永続的に受け入れることは厳しいと報告が上がっています。早急に対処しなければならない案件ですが獣人をぞんざいに扱えば後々大きな問題になりかねません」


 そこでと続けた宰相はトレシア兄上と俺を見る。

 視線を向けられたトレシア兄上は何を言われるか察したようだ。

 …嫌な予感がする。 


「北部と西部の皇王直轄領の一部を開放し北部からの移民向けの新たな都市を作ることとします。その指揮と該当地の政務をトレシア殿下とルクス殿下にお願いしたく思います」

「拝命します。私の思う通りでなのであれば私の手で一から都市を築き上げたいですから。ユリアスの立太子へ向けての動きでしょう?」

「相変わらず頭の回転が速いな。その通りだ」


 俺が何かを言う前にトレシア兄上が恭しく一礼。

 父上の肯定を聞いた部屋の俺以外が納得の表情を浮かべた。


 第一皇子であるユリアス兄上は王位継承権第一位だというのは誰もが知っていることだ。

 遠くない未来、父上はユリアス兄上を正式に次期皇王へと任命する。

 ユリアス兄上が皇王位に就いた時、トレシア兄上や俺は皇子ではなくなり侯爵位を与えられ領地を任せられる。

 俺やトレシア兄上に新たな都市の建設を任せるということはユリアス兄上の即位後は今回任せる地を領地として与えるつもりであるということ。

 この人事を聞いた貴族たちもそう受け取るだろう。

 領地運営など面倒くさいことこの上ないがこればっかりは仕方ない。

 将来的に俺の領地になるということは楽園となる場所だ。

 家を本で埋め尽くすことが可能になるという点だけ見れば望ましい。


「北部と西部にとのことですがどちらを私に?」

「トレシア殿下には北部を、ルクス殿下に西部をお任せする予定です」

「なるほど。オルコリア共和国の内戦は外征派と内建派の争いと聞いています。もしも外征派が勝利すれば我が国に攻め寄せることもありえる。ですが大陸屈指のカロライナ魔術学園を卒業した私が北部に領地を持てば牽制にもなる、ということですか」

「ご推察の通りです。そして西部をルクス殿下にお任せするのは仙国スオウと良好な関係を築けているためです」

「妥当な配置ですね」


 トレシア兄上のいう通り妥当な任地といえるなと考えたところで先ほどの発言の中でおや?と感じたことがあったと思い至る。


「トレシア兄上、先ほど学園を卒業したと言われました?」

「久しぶりだねルクス。うん、先日無事卒業してきたよ」

「あっ、お久しぶりです。…カロライナ魔術学園って四年制で兄上の入学は三年前でしたよね。ということはあと一年残っているのでは?」

「そうだね。僕もまだ在学しているつもりだったのだけれど悪魔がまた現れた以上、僕も皇族としての責務を果たさないとだしユリアスを近くで支えたから一年残してたけど早めに卒業試験に合格して卒業してきたんだ」


 カロライナ魔術学園の卒業試験って難易度の高さから中々突破できずに数年留年するのが通例だったはずなんだけど…。

 それを三年の段階で、一発で受かってしまうあたり流石としかいえない。

 四属性魔術師でありレインに匹敵する魔術の使い手たるトレシア兄上からしたら大したことではないのかもしれないが。


「ルクスを西部に置く理由は仙国スオウとの関係性からですよね?」

「はい。先ほども軽くお話しましたが先の海魔異変での共闘によりスオウとの関係は極めて良好といえます。あの戦いでの我が国の活躍を認め十年間の関税撤廃を約束してくださるほどです。余談ですが最近ではルクス殿下と四大仙公筆頭であり、新たなる光の精霊王であるサキ様との縁談を頻繁に持ちかけられています」

「その話は王国の酒場で吟遊詩人が謳っていたよ。島国スオウに訪れし災厄と絶望、見目麗しき仙人と若き皇子が手を携えて退けたる…ってね。ルクスも隅におけないなあ」

「揶揄わないでください…。俺よりレインや騎士たちが謳われるべきでしょうに…」

「物語において王子様という存在はよく映えるというのはルクスが一番わかっているだろう?」


 …ぐうの音も出ない。

 実際、物語や英雄譚の類には決まって王子様のような高貴で高潔、そして優しき存在として描写される。

 自分に皆無な要素ばかりで笑ってしまうほどだ。

 俺としては物語の主人公や英雄になるよりも静かに本を読ませてくれと願わずにはいられない。


「それで父上、問題である新都市への獣人の割り振りはどのように?」

「現状の北部流民を二つに分けてそれぞれの都市予定地へ振り分ける。獣人の流民は全てを西部都市へ送るつもりだ」

「…ほう」「なっ…!?」「なんと…!」「ふむ」


 その反応は感心と驚愕に別れた。

 てっきり均等に振り分けると思っていたため驚いたがよく考えると父上へ宰相が片方へ振り分けた理由もわかった。

 

「…北部の新都市予定地である皇王直轄地は小規模な城壁と街が形成されていたはず。それに対して西部はほとんど一からの都市建造となる。父上はこの都市建造に流民たちを労働力として使うおつもりですか」

「その通りだ。流民と言ったが北部から来る者達のほとんどは共和国内の内戦で居場所を失ったり逃げてきた難民だ。獣人のほとんどはその身一つで我が国へやってきていると聞いている。我が国としては難民を受け入れぬ訳にもいかぬが、各方面より来る流民の対応や都市建設も含めて相当な費用がかかる」

「難民が飢えないように都市建設という仕事を与えつつ、受け入れによる諸々の費用を抑えようということですか」

「そうだ」


 獣人は種族によって特徴があり、人間の数倍以上の怪力を持っていたり、空を飛ぶことができるという。

 本当にゼロから都市を作らなければならない西部を人間が担えば完成は最低でも十年以上あとのことになるだろう。

 工期を短縮しながらも獣人差別によって定職を得難い獣人に仕事を与える一石二鳥以上の方針だとわかった。


「今後の獣人の対応に関してはルクスに一任する。頼んだぞ」

「嫌々ではありますが拝任します…」

「…せめて嫌がるのは顔だけにしろ。言葉に出すでない」


 獣人の対応など間違いなく揉めるに決まっている。

 面倒臭いことこの上ない。


「それにしても…帝国の件にスオウでの勇躍、そして悪魔事変の活躍。やっと爪を隠すのをやめたのかい?」

「買い被りすぎですトレシア兄上。俺は静かに読書して過ごしたいだけですよ」

「そのためならどんな困難も超えてみせるってことかな。頼もしくなったね」

「勘弁してくださいよ…」


 心底嬉しそうに笑うトレシア兄上。

 俺は本当にそんなつもり微塵もないのに…。

 ユリアス兄上はというと、さも当然といった顔をしていた


「昔から俺たち兄弟の中で一番聡く賢いのはルクスだったからな」

「そうだね。武はユリアス、政の僕、智のルクスなんてイリア姉上が言っていたのを思い出したよ。今のルクスをイリア姉上が見たら一週間は離してくれないと思うね。それを見たマリウスが嫉妬する光景が目に浮かぶよ」

「違いない」


 がははと笑うユリアス兄上に釣られるように室内の面々がくすりと笑った。


 イリア姉上とはアルニア皇国第一皇女であったイリア・イブ・アイングワットを指す。

 現在はシャラファス王国王太子であるマリウス・ド・シャラファス殿下の正妻として嫁いでいるイリア姉上は皇国にいた頃は俺を()()していた。

 それはもう俺がフィアやシアへの溺愛が可愛いと思えるほどに。

 幼少期はイリア姉上に抱かれながら城中を移動していたものだ。

 ちなみにマリウス義兄上はそんなイリア姉上にメロメロで貴族社会には珍しい相思相愛の政略結婚なのだ。


「ユリアスの立太子にマリウスやイリア姉上を招待しても面白いかもね」

「その時は接待役にルクスをおこう」

「勘弁してくださいよ…」


 そんな俺の様子を父上や兄上達はおもしろおかしく笑っていた。

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