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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第三章 禁書探索編
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白金鳳勲章

「あぁ…面倒くさい」

「お気持ちはわからないでもありませんがそう言わずに…」

『そうだよ。一番偉くて当事者だったんだから報告に行かなきゃなのは当然でしょう?』

「俺じゃなくても一部始終を見聞きしたレインや散々俺に聞き取りをした監察局の奴らでいいだろうに…」

『国王としてじゃなくてルクスくんのお父さんとして話したいんじゃないかしら。王である前に親でしょう。なら、息子や娘たちが悪魔が現れた戦いに居合わせたなんて心の臓が止まるほど心配だったと思うわよ』


 レインとアウリーとプラールに諌められながら帰って早々召還されて皇城を歩く俺の足取りはひどく重い。

 皇都クラエスタ中央に位置するノルト城へ帰還したのは旅行兼視察の出発から一ヶ月近く後のことだった。

 予定通りであれば二週間ほどの滞在の後に帰路へ着くはずであったが今回の出来事によって滞在期間が一月以上へと伸びたのだ。

 

 誰が呼んだか【レシュッツ悪魔事変】。

 六年前に始まった神隠しに端を発した一連の出来事は南部だけでなくアルニア皇国全体、果てには大陸中を震撼させた。


 アルニア皇国南部の都市レシュッツに悪魔、又の名を魔人が複数出現。


 この一報は冒険者ギルドが持つ遠方へと声を届けることができる魔導具、伝声機により瞬く間に世界各地へと伝えられた。

 約二十年前、大陸全土で勃発した魔人戦争によって数えきれない人々が亡くなり、いくつもの国が滅びたことは人類の記憶に新しい。

 一騎当千の魔人たちによって植え付けられた恐怖という宿木の種は今回の事変によって再び芽を出したかのように大陸中が阿鼻叫喚に包まれた。

 だが、続く第二報で混乱が困惑へと変わった。


 現れし悪魔の一団、アルニア皇国勢力によって即日討伐。


 魔人改め、悪魔の強さは成人を迎えている者ならば嫌というほど見聞きしている。

 大陸全体で団結しやっとの思いで討伐したはずの存在を中規模国家である皇国が単独で複数の悪魔を討伐したというのだ。誤報を疑った人類の悪魔への認識は大変正しいと言えるだろう。

 皇国の中枢である父上へ宰相ですら誤報であると判断し、ユリアス兄上率いる東部国境軍や宮廷魔術師団、そして過去に悪魔と戦い抜いた北部貴族軍を含む皇国全戦力へ皇都集結の命令を下していた。

 しかし、皇国南部をまとめるエラルドルフ公爵とレシュッツへ護衛として赴いていた白鳳騎士団、さらには監察局員から同様の報告が届けられたことで討伐の報が正しかったのだと認識したそうだ。


 諸々の報告を受けて皇王である父上は全世界に向けて討伐の報が正しい情報であったことを発表した。

 これによって大陸に住まう人々は安堵し諸手を挙げてアルニア皇国を称賛した。

 だが、悪魔たちが残した爪痕は浅くはなかった。

 交易の力で南部の都市で五指に入るほど栄えたレシュッツは大きな被害を受けた。

 都市内各地で建物が倒壊していたが、悪魔率いる軍勢と皇国側との主戦場になったレシュッツ南街区は特にひどかった。

 綺麗に立ち並んでいたであろう街並みは見る影もないほどに崩れ、無傷の建物の方が少ないという惨状。今後の復興作業を考えるとレインの魔術で更地になった場所の方がマシだったのではと思わずにはいられないほどだった。

 しかし、主戦場になったにも関わらず一般人の死者はゼロだった。

 流石の俺でも都市にいる全員に結界を張るのは難しかったため騎士団の人間にのみ防御結界を張った。

 ゆえに街に住まう人々は生身で戦場から避難したということになる。

 怪我人の数は少なくなかったというが犠牲となった市民がいなかったことを後に聞いて俺は驚いた。

 これは避難誘導を担当したセノーラ伯爵の功績といえるだろう。

 幸い悪魔との直接戦闘による死者は出なかったが俺も騎士たちも素直には喜べなかった。

 今回の戦いで倒した敵総数は二百十四。

 悪魔に該当する個体はヴィネアとその側近であった四体、街区で俺が消し飛ばした二体、そして騎士たちが倒した二体の計九体だった。

 では残りの二百五人の敵はいったい何だったのか。

 答えはすぐにわかった。

 戦後処理の手伝いをしていたサーラが集められた敵側の骸の一つを見た途端、崩れ落ちるように泣き始めたことによって。

 そう、倒した敵側の二百五人の死体全てが六年前から始まった神隠しによって消息を絶った人々だったのだ。

 亡きエラルドルフ公爵家長男アルフレドの身体が悪魔の依代として使われていた時点で嫌な予感はあった。

 その予感は外れることなく的中してしまった。

 悪魔によって被人道的な実験の被検体へと成り果ててしまったとはいえ守るべき民を斬ることになってしまった騎士たちは表には出さなかったが少なくない衝撃を受けていたようだったが、そこはリゼルやアンジーナが心のケアをおこなっていた。


 他国との戦争ほどではないにしろ戦後処理は大変なものだったという。

 セノーラ伯爵自ら陣頭指揮を取っておこなわれたが、いつもならば関わらない俺も動いた。

 一番やらなければならなかったことの一つ、悪魔と協力関係にあったナプト商会全店舗への調査と関係者の捕縛だ。

 ヴィネアを倒してから地下で気絶していたラキタルを縛り上げ、間髪を入れずに全店舗の物品押収と店の従業員を一人残らず捕まえるように騎士たちに命じた。

 調査の結果、ナプト商会のラキタルと幹部たちが悪魔への協力行為を行っていたことがわかった。

 伯爵家が捕縛した悪魔への協力者たちも含めて翌日には皇都へ護送されていった。


 余談だが、押収したラキタル商会の商品は全てガレリア商会へ売り渡した。

 その際の売り上げを今後の復興資金の一部とする予定だ。


 次に皇国南部全体の調査だ。

 今回悪魔が現れたのはレシュッツだったが、まだ悪魔が潜んでいる可能性は十分にある。

 皇都への帰り道で再度襲撃されてはたまらない。

 皇都までの安全確認をリゼルとアンジーナに、周辺貴族や内部調査をエラルドルフ公爵に命じた。

 その結果、ウェスカル伯爵家とトセレン男爵家の当主が共に失踪していたことが発覚した。

 どちらの家も六年前の魔獣大量発生時に初動討伐を試みた家であり、近年社交の場にも現れず目立った動きもなかったことから悪魔に成り代わられていたのではという疑惑が浮上している。

 目下、追跡中とのことだが悪魔だとしたら捕まえることはできないだろうというのが俺の予想だ。


 そんなこんなで忙しなく動いていたが、処理がある程度落ち着いた終戦から二週間後の朝にレシュッツ中央街区の大広場にて悪魔事変によって亡くなった全ての人を弔う鎮魂の儀が執り行われた。

 神隠しの犠牲者二百九名、避難誘導中に亡くなった衛兵六名、フィアたちの護衛として責務を全うし奮戦した白鳳騎士四名、そして悪魔による悪辣な実験の過程で亡くなったかも知れない全ての人々の安らぎを祈るこの儀式はエラルフドルフ公爵家が主催した。


 何故レシュッツを治めるセノーラ伯爵家ではないのかというと皇都へ召還されていたからである。

 長男であったゲイルと領政を管轄していたはずの補佐官が不正だけでなく悪魔への協力行為に手を染めていたのだ。

 当事者ではないにしろ伯爵位を持つのは現当主であるペイルなので責任の帰属先も彼になる。

 皇都へ拘送される前に顔わ合わせたが清々しい顔で俺へ一礼し俺に関する全ての情報を伏せることを契約し、何度も感謝を伝えてきた。

 レシュッツの民を守ってくださりありがとうございます、と。

 恐らく今回の責任を取るために死刑となるであろうペイルの表情は最後まで爽やかであった。


 鎮魂の儀には主催であるエラルフドルフ公爵と嫡男クロード、南部に領土を持つ全ての貴族が出席した。

 そして俺も父上の代理として出席したのだが、本人たちの強い希望でフィアとシアもそれぞれ皇女として出席した。

 皇族が三人、しかも滅多に皇都の外に出ないはずの俺と公務に該当する儀式に初めて出席したフィアとシアには多くの注目が集まったのは言うまでもない。

 この儀式にはレシュッツの住人だけでなく南部中から人が集まり死者たちが安らかなる眠りにつけることを願い祈った。

 

 それから道中の安全確保が完了するまでの間はアバンダントに滞在し、ついに安全が確認されたということで皇都への帰路へ着き今日帰ってきた。


 だからこその冒頭の悪態である。

 帰城早々、休む間もなく父上に呼ばれるのだから不機嫌にもなる。

 一日五時間しか読書できないほど多忙な毎日を送っていたというのに…!

 もう悪魔事変から一ヶ月近く時が経っているし、聞くことがあるにしろ明日でも良いだろう…。

 陰鬱な気持ちを抱えながら呼ばれた謁見の間の前で立つ騎士に扉を開けてもらいレインと共に中へ。


「ただいま戻りま……へ?」


 謁見の間には予想通り父上と宰相が待っていた。

 それはいい、だが待っていたのは二人だけではなかった。

 第一皇妃であるロゼッタ義母上に、第二皇妃であるカタリア母上。

 東部国境を守る将軍である第一皇子ユリアス兄上。

 シャラファス王国へ留学中であるはずの第二皇子トレシア兄上。

 王立修学院現主席である第二皇女エリニア姉上。

 民からの信頼が厚い治癒魔術の使い手である第三皇女グレイ姉上。

 滅多に揃うことのない皇族が勢揃いで並び立っている。

 それだけではない。

 共に帰ってきたはずのリゼルとアンジーナが父上の両脇に控え、俺から上座までの間にはアストレグ公爵やクリーク公爵といった名だたる貴族たちやユグパレ将軍を筆頭に軍属の将たちが待ち構えていた。

 俺とレインが目を丸くしていると父上がニヤリと笑い宰相へ視線を送った。


「第三皇子ルクス・イブ・アイングワット殿下、レイン・フォン・アストレグ殿、陛下の御前へお進みください」


 レインと顔を見合わせながらも待ち構える貴族たちの間を抜けて上座前へ進み膝をつく。

 驚いたがこの後の展開は読めてしまった。嫌すぎる。


「ルクス、よくぞ無事に戻った。一歩間違えば魔人戦争の再来にもなりえた事態を僅かな騎士たちを巧みに動かし見事収拾してみせた。その偉大な功を称さねば儂も民も納得せぬ。オニキス」

「はっ。第三皇子ルクス・イブ・アイングワット殿下はレシュッツ悪魔事変に際し、類稀なる洞察眼でセノーラ伯爵家内に巣食う闇を暴き、優秀な指揮能力とその行動力で悪魔の一団の打倒を成し遂げました。この功績を讃え、白金鳳勲章しろがねおおとりくんしょうを授与いたします」


 宰相の言葉を聞き俺やレインだけでなく参内している貴族からも驚きの声とどよめきが漏れた。


 白金鳳勲章とはアルニア皇国の象徴である鳳の名を冠した勲章で最大級の名誉を象徴する。

 歴史上数人しか与えられていない勲章で直近では二十一年前の魔人戦争時に悪魔を退けた当時の北部国境軍司令官ユグパレ・フォン・グライツナーに送られたのが最後のはず。


 数々の武功を持つリゼルやユリアス兄上ですら与えられていない最上位勲章を俺へ送ると宰相は言ったのだ。


 このままではユグパレ元帥のように英雄として担ぎ上げられてしまう可能性がある。

 そうなれば静かに読書などできなくなってしまう…!!


「大変栄誉ではありますが、私には過分な名誉かと存じます。悪魔たちと直接戦い勝利した騎士たちにこそ相応しいものであり私には相応しくありません」

「その騎士たちがルクス殿下へと言ったのだ。悪魔の本拠地へ初めに突入したのはルクス殿下であり、最初の悪魔を倒したのもお前の魔術であったと報告が上がっておる。悪魔を単独で討ち果たすほどの魔術をお前が使える事は知らなかったがな」


 ぐぬぬ…。

 何がなんでも俺へ勲章を授けようとしているのだろうが俺も簡単には諦めない。まだ足掻くぞ!


「確かに私が最初に悪魔を打倒しました。しかしながら、リゼルやアンジーナは私が倒した悪魔よりも精鋭と思われる悪魔を四体討伐しております。これまでの武功も鑑みて私よりもリゼルたちの方が適任ではないでしょうか」


 過去に大地龍を討伐しており今回悪魔を四体も討ったリゼルとアンジーナに勲章を擦りつける作戦だ。

 報告をしっかり聞いているのであればリゼルちの功績も当然わかっているはず。

 俺に白金鳳勲章を送ってリゼルに送られないというのは平民差別と取られてもおかしくない。

 無用な憶測を生むことを嫌う父上ならこの手は取れないはずだ。

 我ながら賢い一手だろう。

 しかし、父上は悪戯っぽく笑ってみせた。


「そう言うと思っていた。リゼルの軍服をよく見てみろ」

「…? なっ…!?」


 促されるままに申し訳なさそうな様子のリゼルの軍服を見てみればその右胸には輝く鳳の姿が確認できた。

 まさか…俺が帰城する前にリゼルへ授けていたのか…!?


「さて、リゼルへの授与は既におこなわれた。アンジーナにも白銀鳳勲章を授けた。さて、リゼルたちにも授けたのだからそれを指揮したお前にも授けるのも当然であろう」

「ぐっ…。ですが、敵首魁であった悪魔を討伐してみせたレインへ授けられていない栄誉を私が受け取るなど…」

「安心せよ。お前のあとでレインにも授ける」


 試合終了。

 勝者、第九代アルニア皇国皇王ヴォルク・イブ・アイングワット。

 

 抗う術をなくした項垂れる俺へグレイ姉上が右胸へ白金鳳勲章を付けてくれた。

 小声で「立派になったわねぇ」と囁きにっこりと笑って先程の位置に戻った。

 隣ではレインがエリニア姉上から勲章を与えられている。

 

「以上で勲章授与式を終えます。ルクス殿下とレイン殿はこのあと別室で報告をお願いします」


 堅苦しいことこの上ない不本意な授与式はお開きとなった。

 俺は胸に輝く白金鳳勲章の重みを感じながら頭を抱えるのだった。

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