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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第三章 禁書探索編
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悪魔との邂逅

「お兄様っ!」「兄上!!!」


 大切な妹たちの声を聞いてやっと心を落ち着けることができた。

 見たところフィアとシアに怪我はないようだ。

 レインの方は少し汚れているようだが目立った外傷は認められない。

 三人とも無事だったことに安堵しながらも目の前に立つ男から目は離さない。


「お前か。俺の大事な妹たちを攫った阿呆は」

「攫った実行犯ではないけど確かに命じたのは俺だね」

「そうか」

「それにしても、何故ここが分かったんだい? ここはレシュッツのしがない民家の地下。特別目立つような要素もなかったはずなんだけど」

「探知魔術で三人の魔力を見つけただけだが?」

「…それはありえない。捕らえた段階で全員に魔力封じの魔道具を装着した。漏れ出る魔力など極々微量、追える訳がない」

「それが追えてるから俺がここにいる」


 確かに魔力封じを施したのならば探知は容易ではない。

 しかし、俺には頼れる精霊たちが付いている。

 それも最高位の精霊王が二人も。

 精霊とは魔力の化身。

 どれだけ微細な魔力の動きでもしっかりとした対策がなければ感知できるというのは精霊使いでなければ知る由も無いのだが。

 

「…仮にこの場所が分かったとしてもこの周囲には伯爵家の兵程度なら鏖殺できる強さを持つ手駒を相当数配置しておいた。どうやってここまで?」

「わかりきったことを聞くんだな。その手駒を掃討しながら来たんだよ」


 伯爵邸で三人の居場所を特定した後、俺は黒鳳騎士と白鳳騎士を率いてここへ向かった。

 敵の数は確かに多かったが騎士たちに相手をさせて俺は一度も足を止めずにここに来た。

 一応騎士たちの援護も兼ねて明らかに強そうだった数人は俺が片付けている。

 現在この周辺は戦場となり両騎士団が戦闘を繰り広げている。

 ちなみに伯爵家の兵たちの活躍により周辺一帯の避難は大方済んでいる。

 避難が済んでいない地区では戦わぬように騎士たちに厳命もしてあるので人的被害は大丈夫だろう。

 そしてその道中で気づいたこともある。


「お前が手駒と呼んでる()()はなんだ? 人間の限界を超えた…いや、人間の限界を無理やり取り払ったような動きをする。それどころか人体の構造上ありえない動きだった」


 騎士と戦っていた敵はいずれも人間らしからぬ動きをしていた。

 身体の関節全てを外しているのかと思うほど柔軟に折れ曲がる。

 加えて一人一人が最低でもA級程度の力を持っているようだった。

 それだけの強者がこのような辺境に百人近くいるというのは異常すぎる。

 

「おや。てっきり伯爵家の関係者かと思ったが違うようだ。あの間抜けな伯爵家が気付かぬ間に起こっていたことは知らないのかい?」

「神隠しのことか」

「神隠しか、言い当て妙だね。その神隠しにあった人間だけどどうなったかわからないかい?」

「…まさか……そんなこと…」


 レインから漏れ出るような声が地下空間に響いた。

 

「思い至ったかい?」

「神隠しにあった人々の共通点はおそらく魔力の有無…。私たちにしたようにナプト商会が無償で魔力測定を施し、魔力を持つ人に目星をつけて連れ去る。そうして連れ去った人々に…人体実験を……」

「正解。相変わらず察しが良いね」

「…外道が」


 もし、今言ったことが全て俺たちを揺さぶるための嘘ならばどれだけいいことか。

 仮に本当のことならば今騎士たちが戦っている相手はこのセノーラ伯爵領内で行方不明になり何らかの人体実験を受けさせられた民だということだ。

 

「まあ外に配置している個体のほとんどは実験の副産物。本命は…彼らさ」


 俺がやってきた通路から新たに男女四人がやってくる。

 一見するだけではただの人間だが保有している魔力量が多すぎる。

 俺ほどではないにしろ恐らくレインを超えている。


「さて、種明かしもある程度済んだところで自己紹介としよう。俺の名前はアルフレド・エラルドルフ。六年前に死んだエラルドルフ公爵家の長男だ。もっとも、見た目だけだけど」

 

 はじめに抱いた既視感の正体がやっと掴めた。

 似ているのだ、エラルドルフ公爵家の面々に。

 爽やかな笑顔を浮かべて貴族式の礼をするその姿はいかにも高位貴族の令息。

 

「…死者の身体まで弄んでいるのか」

「いやいや。俺だって死霊術の真似事のようなことを好んではしたくないし、本来は専門外なんだけどね。ただ、この身体の持ち主には煮湯を飲まされたから仕返しを兼ねているんだ」

「………」


 不愉快極まりない。

 そして何よりもアルフレドの婚約者であったレインの前で彼の姿と声で語ることに虫唾が走る。

 

「本来なら本当の名前を教えることは好ましく無いんだけど…。俺、いや、ボクの計画の一端に触れることができた君たちに、これから死に逝く君に、褒美として教えてあげよう」


 アルフレドの姿が闇に包まれ、新たな輪郭を形成していく。

 前頭部には山羊のような角が生え、首元に一匹の蛇が現れ、背中には蝙蝠のような一対の黒い翼が顕現する。


 解放された膨大な魔力の奔流のせいかレインが息を呑んで一歩後退し、フィアとシアはぺたんと座り込んだ。

 これ以上あの魔力に当てられるのはよくない。

 そう思い俺は三人へ結界を貼りつつ警戒の段階を最大まで引き上げた。

 

「ボクの真名はヴィネア。敬愛せし魔王様より蛇寨じゃさい王の称号と伯爵位を与えられし偉大なる悪魔だ」

 

 アルフレド改め、ヴィネアと名乗った悪魔は悪戯的に嗤った。


 悪魔。

 物語等では人をよくない道へと誘う悪しき存在として描かれることが多い。

 史実においては魔人たちの長が魔王と呼称されていたが、悪魔という存在は一度も出ていない。

 しかし、ルクスの脳内では一つの仮説が形となっていた。

 魔界に住まう悪魔は人間の生きる世界では身体を持てない、もしくは維持できないのではないか。

 人間の身体を依代として受肉しなければ存在できないのではないかと。


 そして悪魔が人間の身体へ受肉した存在を人は魔人と呼んでいるのではないか。

 この仮説が正しいとすれば今自分の前にいるのは正真正銘、人類の恐怖の象徴たる魔人ということになる。


「ボクは名乗った。死ぬ前にお前も名乗れよ」


 ニヤニヤしながらそう言うヴィネア。

 考察している間にも高まっていく己の魔力に当てられて俺が喋れないと思われたらしい。

 大きすぎる魔力の流れは周囲に重力が増したような圧を与える。

 確かに俺が出会った誰よりも大きな魔力を感じるがそれだけだ。

 彼女との契約以来、抑えていた自身の魔力を解放していく。


「アルニア皇国第三皇子、ルクス・イブ・アイングワット」

「お前…なぜ喋れる。いやそれよりも……」


 明らかに見下していたヴィネアの顔が怪訝そうなものへと変わる。


「なんだその魔力量は…!? 下等生物ニンゲン如きが何故ボクよりも魔力が多いんだっ!?」

「さあな。修行が足りないんじゃないか?」


 顔を真っ赤に染め上げるヴィネア。

 どうやら人間と同様に喜怒哀楽は持っているようだ。

 ヴィネアの魔力の総量は大体レイン二十人分といったところか。

 残念ながら俺の魔力はレイン百人でやっと同じくらいなのだから力の差ははっきりとしている。

 そもそもこれぐらいの魔力を持っていなければ精霊王級の精霊と二体も契約できない。

 

「だが、魔力が多くとも所詮は下等生物ニンゲン。力の使い方が幼稚だ。それにこの場に悪魔はボクだけじゃない」

 

 背後に立っていた四人の男女の姿がぞれぞれヴィネアのように角や翼をもつ悪魔のそれへと変化した。

 過去の大戦でたった三人の魔人に複数の国が滅び大きな被害を出したというのに今この場には五人の悪魔がいるということになる。


「ボクたち悪魔相手に数的不利、どうだ? ボクに命乞いでもする気になったか?」

「お前、人間を舐めすぎだ」


 呆れまじりに口にした時、新たな人影がやってきた。


「殿下…先に行かないでくださいよ」

「殿下! ご無事ですかっ!」

「遅いぞ」


 飛んできたのは漆黒の鎧と純白の鎧。

 対照的な甲冑に身を包み現れたのは皇国の誇る二人の騎士団長だ。

 やってきたリゼルとアンジーナはすぐに状況を把握したのかそれぞれ愛剣と愛槍を四人の悪魔に対して構えた。


「殿下、この相手は?」

「悪魔が人の体に受肉したものだと思う。魔人といった方がわかりやすいか」

「魔人…! それも五体も」

「何だリゼル、臆したか?」

「逆です。音に聞こえた魔人とやらがどれほど斬り応えがあるのか楽しみなんですよ」

「ははっ、そんなことだと思った」

 

 さすが戦闘狂騎士団の団長様だ。

 考えることがぶっ飛んでいる。

 

「倒せなくても良い。その目の前の四人の魔人を二人で抑えろ」

「殿下の前にいる魔人は?」


 決まっている。


「俺が相手する。いくぞ」

「抜かせ下等生物ニンゲンがっ!」


 俺と二人の騎士団長と五人の魔人との戦闘が始まった。


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