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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第三章 禁書探索編
63/77

再開

「─────っ!! ─────っ!!!」


 声が、聞こえる。

 

「──────ッ! ──────ッ!!!」


 幼さの残る声で今にも泣きそうな声が聞こえる。

 私は───。


「レインお姉様っ!」「レイン姉上ッ!!!」

「っっっ!!!!!」


 意識が急浮上する。

 瞼を開けば顔のよく似た銀髪の少女たちが涙を浮かべながら覗き込んでいた。


「フィア様…シア様…」 

「いくら呼んでも目を覚さないので心配しました…!」

「私もフィアもいっぱい呼んだんだよ!」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。お怪我はないですか?」

「はい。私もシアも怪我はありません」

「それを聞いて安心しました」


 二人の皇女に怪我がないことにホッとした。

 もし怪我をしてしまっていたらお二人を任せてくださったルクス殿下に顔向けできない。

 もっとも、攫われてしまっている時点で顔向けも何もないのだが。

 

 状況確認のために周りを見渡すがここが牢屋であるということしか情報がない。

 私たち三人の衣服は先ほどと変化はない。

 ただ見慣れない片枷が全員の右手に付けられている。

 牢の外には明かりはあるものの薄暗く、窓はない、

 私たちがいるのは鉄格子で仕切られた牢屋の一つのようだ。

 見張りの類も見える範囲には見当たらない。


「私が意識を失っている間、何か変わったことはありましたか?」

「特にありませんでした。私たちが目を覚ました時から何も」

「音なんかも聞こえなかったよ」


 二人の話を踏まえてもう一度状況を整理してみる。

 私たちは何者かに攫われてここに運び込まれた。

 窓がなく、音が聞こえないことから防音性の高い場所、恐らくレシュッツ内のどこかの建物の地下牢だろう。

 相手は騎士たちを倒せるほどの手練れを数十人単位で動かせて十人以上の魔術師を擁している個人、または組織ということ。


「お二人とも魔術は使えますか?」

「試してみたんだけど私もフィアも使えないの。魔力が感じられなくて」


 私も試してみるが魔力を感じられない。

 騎士たちは魔術を使えていたので魔術を行使できないのは私たち三人だけ。

 戦いの際に魔術を使えなかった理由……騎士たちと私たちの違い…。


「まさか…」


 とある可能性に至った時、コツコツと石畳を弾く音が聞こえてきた。

 足音が近づいてくるにつれて二人の皇女の顔が強張っていく。

 私が二人を庇うように立ち上がると音の発生源が格子越しに現れた。


「目が覚めましたようで何よりです。お加減はいかがですかな?」

「…やはりあなたでしたか。ラキタル会頭」


 でっぷりとした腹を撫でながらやってきたのは先ほど別れたナプト商会会頭ラキタル・ナプトだった。


「おや。気づいておいででしたか」

「護衛の騎士が魔術を使えたというのに私が魔術を使えなかった理由を考えた時、騎士と私の違いはラキタル商会内で魔力測定をしたかどうかだけです。恐らくあの時に何かを施されたとしか考えられません」


 私が至った可能性。

 それはあの魔力測定の魔道具が魔術を封じる魔道具だったという可能性だ。

 魔術を使えないのは私と二人の皇女のみ。

 魔術測定を受けたのも私たち三人のみ。

 何かを施すタイミングはそこ以外になかった。


「なるほど、良い洞察力をお持ちのようですが少し間違っています。あれは正真正銘魔術測定のためだけの魔道具です。あなたの魔術を封じたものは別の要因です」

「別の要因…」


 あの測定具以外で魔術を封じるタイミングが…?

 思考する私の後ろで小さく「あっ」と声が上がった。

 振り返ればフィア様があるものを手に持っていた。


「ほう。やはり優秀なお弟子ですな。幸運は授かれましたかな?」

「…この石ですか」


 幸運を授けると言われた滅紫色の石。

 まさかこのような小さな石が魔術封じの効果を持っていたとは思いもよらなかった。


「そちらの石は魔吸石といいまして本当の効果は触れている相手の魔力の流れを阻害し、魔力を吸い込むものです。つまり手にしている限り魔術は使えない」


 してやったりという彼の顔はまるで狸のようだ。

 フィア様とシア様が慌てたように魔吸石を落としたのを見てラキタルはにやりと笑った。


「手放すには少々遅かったですな。皆様の手首につけた枷にも魔吸石が埋め込まれていますので魔術は使えませんよ」


 種明かしをしたからには何かしらの対策があるのは当然だろう。

 驚くこともないがもう一つ疑問がある。


「なぜ我々を攫ったのですか? 時勢を見極め動く商会の長である貴方が公爵令嬢である私を攫えばどうなるかを理解していないわけではないでしょう」

「ええ。私としましてもレイン様がここに連れられたことは寝耳に水でして。予定ではそちらのお弟子二人だけを攫うとなっていたのですがねぇ」


 少しずつ読めてきたがまだ足りない。

 最低でも目的までは聞き出さなければ。

 そう思い問いを続けようとするが第三者の声が耳朶を打った。


「おしゃべりが過ぎるよラキタル」

「おや。失礼いたしました。二度と日の目を見ることのない者たちへの慈悲のつもりでした」

「全く…。慈悲と言いつつ最後はいつも絶望に打ちひしがれる表情を見て愉しんでいるじゃないか。まるで悪魔だね」

「貴方様に言われたくはありませんな」


 頭が真っ白になる。

 聞き覚えしかない声。もう二度と聞くことがないはずの声が、聞こえている。

 彼はもういない。いないはずなのに彼の声が聞こえる。

 姿を見たいけれど見たくない。

 しかし近づく足音は止まらなかった。

 その姿を見た瞬間、私は驚かずにはいられなかった。


「久しぶりだね。レイン」

「アル…さま…」


 エラルドルフ公爵家の元嫡男。

 七年目に生死不明となり亡くなったとされていたアルフレド・エラルドルフがかつてと変わらぬ姿でそこにいた。


「…そんな…うそ…」

「嘘じゃないさ。俺は確かにアルフレドだよ」


 何を言っているかわからない。

 七年前のあの日、彼は亡くなったはず。

 だが、それならば今目の前に立っているのは誰なのか。

 

「アバンダントに残っていた騎士がレシュッツに移動し、伯爵邸を包囲した。その後すぐに伯爵家に動きがあった。どうやらあの馬鹿(ゲイル)がやっていたことに気づいたようだよ」

「どなたかの入れ知恵でもあったのでしょうな。ですが今更気付いたところで計画に支障はありますまい。あとは降ろすだけなのですから」

「そうだけど油断大敵というだろう。失敗は許されないしね」


 二人が何を話しているのかも理解できない。

 思考しようにも彼の、アル様の顔を見るたびに頭が真っ白になってしまう。


「うん、時間が惜しい。ゲイルを泳がせて時間を稼いではいるけど伯爵家がここを嗅ぎつける可能性もなくはないんだ。手早く済ませるよ」

「かしこまりました」


 二人が私を…いや、正確には後ろに隠れるフィア様とシア様を見た。

 その目はひどく冷たくて記憶の中の彼とは似ても似つかない。

 僅かな恐怖心が芽生えている。けれど引くはけにはいかない。

 騎士がいない今、お二人を守れるのは私しかいないのだから。

 私は立ち上がって彼を睨みつける。

 アル様は片眉をあげて嗤った。


「魔術にしか興味のなかった君が弟子を作って守ろうとするか。時間は人を変えるんだね。だけどどうする? 魔術は使えない、助けも呼べない。仮にこの場所が分かったとしても付近には精鋭を配置してある。伯爵家の戦力では……」

「どうかされましたか?」


 突然怪訝な表情を浮かべたアル様を不思議そうに見るラキタル会頭。

 先ほどまでの邪悪な嗤いは既に掻き消えている。


「眷属の繋がりが消えた…?」

「ご冗談を。貴方様の眷属と戦って勝利できる人間などレシュッツにいないことはこの街で商いをしている私が知っております」

「俺もいないと思っていた。だが、すでに二体やられた。…高位の冒険者あたりか」

「なんと…」

「どうやらかなりの手練れが俺たちを探しているみたいだ。早く降ろそう」

「かしこまりました」

「いやっ!」

「こ、来ないで…!」


 ラキタルによって牢の錠前が外され私の背中に隠れていたフィア様とシア様へと手が伸びる。

 目に涙を浮かべるお二人に向かう手を払おうにも身体が動かない。


「無駄だよ。既に魔術で君を縛った。君の役目はまだ先だからね」


 詠唱も発動の素振りも見せずに魔術を行使したというのか。

 アル様が拘束魔術を無詠唱で使えることに強い違和感を覚えるがそれどころではない。

 声も出せず、動けない。

 なす術もなくラキタル会頭の手がフィア様とシア様の腕を掴んだ。

 その瞬間、お二人の胸元が淡く輝き、 


「っ! 手を離せ!」

「なっ!?」


 暴風が吹き荒れた。 

 お二人の腕を掴んだはずのラキタル会頭は鉄格子へ身体を叩きつけられただけでなく、牢の鉄格子ごと吹き飛ばされていた。

 その発生源にいたはずの私やフィア様たちはというとなんともない。


「…護身用の魔道具に込められた魔術…いや、そんなレベルじゃない。今のは魔術の枠組みを…っ!!!」


 アル様が何かに気づき後方へと飛ぶ。

 それと同時に風の魔術が雨のように飛来した。

 まるで嵐そのもののような魔術を躱し、あるいは防いでみせた彼は先ほど自分がやってきた通路の先を見る。


「君か。さっきから俺の眷属を消していたのは」


 やってきたのは双子の皇女と同じ銀色の髪をもつ私もよく知る人物だった。

 普段の彼と異なるのはその眼光の鋭さ。


「お兄様っ!」「兄上!!!」


 涙を拭ったフィア殿下とシア殿下が嬉しそうに声を上げた。

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