お守りのペンダント
「本日は御足労頂きましてありがとうございます」
「あれほど魅力的な話をされたら読書家の端くれとして足を運ばないという選択肢はないだろ?」
神隠しの件について話し合った翌日、俺はフィアとシアとレインを連れてガレリア商会へやってきた。
二人の団長だがセノーラ伯爵家の騎士や兵の訓練に参加しているため、黒鳳騎士六名と白鳳騎士四名が護衛に付いている。
何が言いたいかといえばお目付け役の二人がいないということはある程度好き勝手できるということなのだっ!
「余計なもの買ったり、はしゃぎすぎるなら私が怒るよ?」
密かに高揚していることを見抜いたアウリーが釘を刺してくる。
俺にしか認識されないはずだがここには目敏いレインもいるので言葉は返さずに視線で分かってると送る。
しかし、ガレリア商会の来賓室に通され室内の一角に目を向けた時には彼女の刺した釘は瞬時に弾け飛んだ。
フィアやシアがいるにも関わらずその一角へふらふらと導かれるように近づいた。
「これは……」
「おや、さすがはルクス殿下。早速見抜かれましたか」
「……フィヨルド・クラマの原本…!」
「その通りでございます」
フィヨルド・クラマ。
文化の国ヨルキドが生んだ世界一の文豪。
彼が遺した作品はいずれも名作として残っている。
魔術の代わりに『カガク』という不可思議で便利な技術が発展した世界の物語が描かれていた。創作とは思えないそのリアルな世界観は多くの読者を魅了した。
もちろん俺も彼の作品を複数読んでいる。
しかしそれは何百何千と複製された写本のひとつであり、作家本人が書き記したものでは無い。
そんなフィヨルド自身が直接書いた原本が目の前にあるのだ。読書家の端くれとして興奮せずにはいられない。
そして手に入れたくなるのもまた読書家の性だ。
「貰おう。いくらだ?」
「命の恩人からお代を受け取るほど恩知らずではありません。こちらのお代は結構でございます。ただ…」
「ただ?」
「本日は様々な品物をご用意しておりますのでお買い求め頂ければ幸いです。殿下さえ良ければ今後とも末永くご贔屓にして頂ければと」
にっこりと爽やかにも感じられる笑顔でそう言った。
今後とも末永く、か。
額面通り受け取るならば今後もうちの商会で買い物をというものだが、これは皇族と商会長の会話、つまりは交渉でもあるのだ。
第三皇子である俺の御用商人の地位が欲しいということだ。
俺はこれまで何かを強く求めることは無かったし、こうして皇都外に出ることもなかったため御用商人という存在はいない。
もちろん皇族としてよく利用する商人はいるが、俺個人が贔屓にする商人はいない。
その辺を分かっていての申し出だろう。
「今後もと言うならば条件がある」
「謹んで伺います」
俺が求めるのは一つだけだ。
「俺が求めたあらゆる本や書物を用意してもらおう」
「かしこまりました。当商会の全力を尽くすとお約束いたします」
「いいだろう。後ほど人を使わせるからそこで契約を」
「承知いたしました」
にこやかで油断ない笑顔と共に差し出された手を俺は固く握った。
こうして俺は便利な伝手を手に入れ、メッドランは御用商人の地位を確立した。
◇
メッドランとの交渉を終えた俺は最新の本や書物を、女性陣は用意されていた様々な品物を見て回った。
めぼしい本を購入した俺が二人の妹たちの様子を見に行くと珍しく二人がちょっとした口論を始めたところだった。
「翠色の方がよく似合うよ!」
「兄様には一番藍色が似合うわ!」
事情を知ってそうなレインに目を向けると微笑ましげに経緯を語ってくれた。
普段、皇城外に出ることのないフィアとシアは初めて商会に訪れた。ガレリア商会が誇る品物の数々は二人の視線を釘付けにした。
父上からこの外出期間で使うようにと言われて渡されたお金があるので俺は二人に欲しいものを探すように伝えていた。
しかし、フィアとシアは自分が欲しいものではなく、俺への贈り物を探し始めたようで俺に似合うものを巡って口論に発展、今に至るということらしい。
「なら兄上に決めてもらいましょう」
「お兄様はどちらがよいですか?」
二人は至極真剣な表情で問いかけてくる。
しかしこの場合、どちらかを選ぶと選ばれなかった方が悲しい思いをしてしまうだろう。
どうするかなと考えているときとある商品が目に入った
俺は部屋の隅で待機していた店員を呼ぶ。
「藍色のブレスレットと翠色のイヤリングを一つずつ頼む。それと…」
「かしこまりました」
「二人の気持ちが嬉しいから両方買っちゃおうかな。どちらかが似合うじゃなくて俺なら両方似合うだろ?」
「それはそうだけど…」
「確かにお兄様ならどちらも似合いますね!」
我ながらずるい選択肢を選んでいるとは思うが大人なのでこれで許してもらうとしよう。
◇
ガレリア商会をあとにした俺たちは街を見て回るために少し遠回りをしながら屋敷へ帰った。
レシュッツの街は穏やかだが活気溢れるよい街というのが俺の印象だ。
もっとも、伯爵家のお膝元が見るからに荒れていたらそれはそれで問題なのだが。
そんなことを考えながら俺は目的の部屋へやってきた。
護衛の騎士に声をかけて室内へ。
「お兄様…?」
「兄様? どうしたの?」
夜分に突然来訪した俺へ驚きつつも嬉しそうに駆け寄ってくる妹たち。
我が妹ながら本当に可愛らしい。
この姿を見るだけでも読書の時間を削ってまでやってきた甲斐があるというものだ。
「これを二人に」
「わぁ…!花の形」
「とっても綺麗なペンダント…!」
俺が二人に手渡したのは花の意匠が施されたペンダント。
二人が選んでくれた色の装飾品を買い求める際に俺から二人へのプレゼントとして合わせて購入しておいたのだ。
「フィアとシアには素敵な贈り物をもらったから俺からも送らせてほしい。いいかな?」
「もちろんです!」「もちろん!」
食い気味な返事とともに心の底から喜んでくれている二人。
これが本にあった『尊い』という感情なのだろうか。
ちなみに二人には伝えなかったがあのペンダントはただのペンダントではない。
煌めく紫水晶に見えるそれは宝石ではない。
あれは魔晶石と呼ばれる魔力を用いた術式を込めることのできる希少鉱石である。
夜間の皇城内を照らすランプのほとんどは魔晶石を用いた魔道具だし、街に魔獣が入り込まないように施されてる結界の起点も魔晶石。
魔晶石とは人の生活になくてはならないものなのだ。
そんな魔晶石だが磨き上げると最高級宝石に匹敵するほど素晴らしい輝きを放つ。
だからこそ今回ガレリア商会の店頭に並べられていたのだ。
つまり装飾品として見た目に問題がない上にこのペンダントには魔術が込められるのだ。
『心配なのは分かるけど少しやりすぎだよ?』
霊体化中のアウリーがそう囁く理由はひとつ。
俺が込めた術式は単純明快で任意起動式の風の魔術だ。
今回施したのは装着者が危険に見舞われた瞬間に起動するちょっとした魔術なのだがアウリー的にはアウト寄りの魔術らしい。
二人の安全を思えばこそなのだが過保護すぎるとも言われた。
別に少し強めの魔術が込められていても二人が危険に陥らなければ何ら問題は無い。
あくまで何かあった時の保険として施しただけなのだから。
俺はそんなことを考えながらぎゅうぎゅうとしがみつく可愛い妹たちの頭に手を置くのだった。




