レシュッツ到着
「いやー、大変助かりました」
「困った民を見て見ぬふりをするなど皇族としてできないからな」
「なんと素晴らしいお考えでしょう。このメッドラン、受けた御恩は倍にして返すのが信条でございます。ご都合がよろしければこのあと我が商会へお越し頂くというのはいかがでしょうか」
「ああ、是非とも向か…」
「良いわけないでしょう」
到着した足でガレリア商会に向かおうとした俺をアンジーナが大鬼顔負けの形相で制止する。
メッドランが刺客である可能性を考えてか空から護衛に徹していたアンジーナは地に降りて俺の隣で護衛にあたっていた。
道中で散々余計な仕事を増やすなと言外に告げられたがそれを気にする俺ではない。
「殿下の趣味について今更口を出すつもりはありませんが今は自制してください。先触れも出していますのでそろそろセノーラ家の者が来るでしょう。それまではここで待ちましょう」
「だそうだメッドラン。後日伺うことにする」
「かしこまりました。その時を心待ちにしております」
恭しく礼をしたメッドランは終始おどおどしていた鋼鉄の槌を見送った。
それからしばらくして恰幅のいい男性が数名の騎士と共にやってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。ペイル・フォン・セノーラでございます。レシュッツはルクス皇子殿下を歓迎致します」
「ああ、出迎えご苦労。セノーラ卿、早速で悪いがどこか休めるところへ案内してほしい」
「かしこまりました。我が屋敷にお招きしようと考えましたがそれでは何かと気苦労をおかけしましょう。当家の別邸へご案内致します」
「頼む」
温和で優しそうな顔をしているセノーラ伯だがある程度の気遣いもできるようだ。
セノーラ家へ皇族が泊まるというのは政治的に要らぬ邪推を生む。
特にフィアとシアは婚約者どころか貴族との絡みもほぼ皆無な未婚の皇族だ。そんな妹たちを大して知らない貴族と同じ屋根の下になど許すわけにはいかない。
まぁ未婚の皇族なら俺も当てはまるがこの際は置いておこう。
セノーラ伯の先導でレシュッツの大通りを進む。馬車の窓から見える街の様子は至って普通であり落ち着いていた。
平和の一言に尽きるこの街に禁書があるとは到底思えない。
人々の喧騒の声にフィアとシアが目を覚ます頃には滞在するセノーラ伯爵家の別邸に到着した。
「こちらが当家の別邸になります。レシュッツ滞在中は自由にお過ごし頂ければと思います。何かお困りのことがあれば使用人にお伝えください」
「伯爵の気遣いに感謝しよう。俺一人ならそこまで気にしなくても良かったのだがな」
そう言いながら馬車の扉を開ける。
そこには俺と同じ銀髪の少女たちの姿が見える。
セノーラ伯爵の目が大きく見開かれた。
「…もしやお二方は第四皇女殿下と第五皇女殿下にあらせられますか?」
「ああ。俺の妹である第四皇女のフィアと第五皇女のシアだ。俺と共にしばらく滞在することになるが……やはり連絡は来ていなかったか」
「宰相殿からはルクス殿下がお越しになるとだけ…」
「直前で決まったことで連絡が遅れたのだろう。すまないな」
「いえいえ。むしろ我が領地に皇族の皆様をお迎えできるなど光栄の至りにございます」
深々と頭を下げるセノーラ伯爵。
何かと苦労しているのか髪が薄くなりつつあるようだ。
「滞在は十日ほどを予定している。苦労をかけるがよろしく頼む」
「お任せ下さい。ルクス殿下や両皇女殿下がお楽しみ頂けるよう陰ながらお力添えをさせていただきます」
そのあと歓迎のパーティーを開きたいと申し出があったが、旅行で訪れたことになっているので放っておいてくれと言外に語ればそれ以上は何も言ってこなかった。
食事や湯浴みを済ませ、フィアとシアが眠るのを見届けたあとで俺に割り当てられた部屋へレインと二人の騎士団長がやってきた。今後についてを話すためだ。
「まずはセノーラ伯爵について話そう。レインたちの目には彼がどう見えた?」
「私は挨拶程度しかしていませんが、とても人の良い方と感じました。伯爵家の当主である以上、謀略と無縁ということはないとは思いますが皇族の皆様への敬愛も見えました。そんなセノーラ伯爵が隣国から禁書を盗み出すという暴挙をやってのけるとは私には思えませんでした」
「その点は俺も同意する。実際、伯爵は常に俺に配慮していた。地位を確固たるものにしたい貴族なら強引にでも俺を本邸に泊めようとしただろうしな。リゼルはどうだ?」
「セノーラ伯爵は今回の件とは無縁と見て良いかと」
「…理由はいつもの勘か?」
「はい」
自信満々に言い切る彼に俺とレインは苦笑し、アンジーナはこめかみを押さえた。
しかし、リゼルの勘はよく当たるどころか外れたことがない。
大地龍出現の可能性を最初に示したのもリゼルだったという話だ。
その勘の信頼性は一騎当千の大英雄である前黒鳳騎士団長の折り紙つき。
「そうなると禁書を盗み出したのは別の勢力ということになるな。アンジーナ、家人への聞き込みの成果は?」
「はい。この別邸の使用人たちに最近変わったことはなかったかとそれとなく聞いてみましたがこれといった情報は得られませんでした。ですが、妙な噂を聞くことができました」
「どんな噂話だ?」
「ここ数年、ある日突然人々が消失する事象…神隠しが起こっていると」
「神隠しだと?」
全く関係ない話かと思えば放って置けない話が出てきた。
図書館に引きこもり俗世に疎い俺でもまずいと思える事象である。
「詳細はわかるか?」
「一人の使用人からの情報なので正確性には疑問が残りますが一応。事の発端は六年ほど前、この頃の南部は各所で魔獣や魔物が多く発生し、各領主はその対応に追われていました。そんな時にレシュッツの住人が二人失踪したそうです。当時はあまり話題にならなかったようですが二人はこの話を教えてくれた使用人の従兄弟だったようで彼女は家族や近隣住民と共に捜索したそうですが見つからなかったと。それから今日に至るまでに何十人もの住人が忽然と姿を消していたようです」
「よく話してくれたな。その話、セノーラ伯爵は知っているのか?」
「それが…恐らく知らないかと。というのも、その使用人の女性と恋仲であった男性も神隠しにあってしまったらしく…。このようなことができるのはレシュッツを治める領主であるセノーラ伯爵しかいないと考えて使用人として最近伯爵家に入り込んだそうです。神隠しの元凶と考えているようなので伯爵に話すとは思えません」
なんというか…行動力に満ち溢れた女性だな…。
いくら恋人を失ったとはいえ確証もないままに伯爵家に潜り込むとは。
その使用人に対して興味が湧いてきた。
「その使用人と話してみたい。呼び出せるか?」
「呼ぶことは可能でしょうが…話を聞いた騎士から貴族に対する不満が強いと報告を受けています。殿下に対しても無礼な言動や危害を加える可能性もあります」
「元はといえば数年もの間、神隠しの件を野放しにしている貴族の失態だ。貴族の失態は上に立つ皇族の責任。よく思われないのも当然の心理だ。不平不満は父上に変わって俺が甘んじて受け入れる。それに神隠しの真相を追う者が俺を害する選択はしないさ」
仮に俺へ危害を加えようとすれば二人の騎士団長が瞬く間に止めてくれる。
禁書と関係がないとしても守るべき民が何年もの間、被害に遭っている現状を知ってしまった以上、どうにか解決させる努力はするべきだ。
いくら趣味人といわれる俺にも皇族としての責任はある。
「…わかりました。件の使用人を呼ぶように伝えて参ります」
「ああ、頼む」




