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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第三章 禁書探索編
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アバンダント観光

 次の日、俺はフィアとシアを連れてアバンダントの街に繰り出した。

 レインとリゼル、アンジーナの騎士団長に加えて黒鳳騎士と白鳳騎士が三名ずつ護衛として同行している。

 …公爵家のお膝元でこの護衛は過剰ではなかろうか。


「皇族が三名もいるのですから当然です。これでも限界まで人員を絞りました」

「別に何も言ってないだろ…」

「ルクス殿下は護衛を監視だと思っておられる節がありますが必要なことなのです」


 不服そうなのはアンジーナ。

 彼女は根が生真面目なのでどうしても万全を期したいらしい。

 最初は五十人単位で護衛に付こうとしたがリゼルや他の騎士が止めてくれたらしい。なんだか前にもあった気がするが、本当にありがとうリゼルと騎士達。


「皆様、あちらが我が公爵領が誇る大果樹園です」

「「わぁー!!!」」


 感嘆の声を上げる二人の妹たちがのキラキラした顔がとても可愛い。

 案内をする少年が指し示す方角には見渡す限りの農場が広がっていた。

 栽培されているほとんどが果物だというのだから驚きだ。


 アルニア皇国南部は温暖な気候なので農業が盛んにおこなわれている。

 中でもエラルドルフ公爵領の果物、人呼んで豊穣アバンダントの果実は国内外で高い評価を受けており、その用途は酒造や菓子と多岐に渡っている。


 最近では仙国スオウとの交易が増えた影響で船乗りたちが果物を注文していると聞いた。

 はじめは俺もなぜ船乗りが果物をと思ったが、案内役の少年に聞いてみれば色々と理由があったらしい。

 元々、海を渡る商人や船乗り達にはある深刻な問題があった。

 航行期間が長期になるとまず倦怠感を訴える船員が現れる。その後、腕部や大腿部といった箇所にシミのようなものが出来始める。

 船乗りたちの間では航海病と呼ばれており、治療法は陸地での安静しかないというのが世界共通の認識だったそうだ。

 しかし、陸にて安静にする以外の方法で航海病を治療する術を見つけた者が現れたそうだ。

 シャラファス王国から匿名で発表されたその方法とは船上での食事内容を改善するだけというなんとも単純なものだった。

 同時に発表された野菜や果物の長期間保存を可能とする技術、瓶詰めという方法と共に半信半疑ながらも試した商人や船乗りたちは大いに驚いたらしい。

 本当に長期の航海でも体調不良を訴えるものがいなくなったそうだ。


 長期にわたる航海で食べるものは保存のしやすい干し肉やパンといったものが主となる。

 だが、それでは人間が生きる上で体に必要となる栄養が偏り、一部の栄養が足りなくなることで航海病を発症するという。


 航海病の抑止となるという発見から野菜や果物の取引量が格段に増加した。

 その経済効果を一番受けている地域は間違いなく皇国南部、特にエラルドルフ公爵領だ。

 皇国南部は一年を通しても温暖な気候のため野菜や果物の栽培にはとても適しているので元々大規模な農園を持つ貴族家は多かったという。


 ある程度話し終えたのか説明をしてくれた少年は一息ついた。


「…気になってたことを聞いてもいいか?」

「はい。なんなりと」

「なんで案内役がクロードなんだ?」

「ルクス殿下とお二人の皇女殿下を案内するという大役を私や父以外に任せるなどとてもできませんので」


 今更何をという顔をしたクロードは肩を竦めた。

 一応クロードにもやるべき仕事があるはずなんだが…いいのだろうか。


「それとも私では不服ですか?」

「いや。昨日話した件の調査もあるから忙しいと思ってな」

「ご配慮いただき光栄ですが、私は命じるだけですので。直接かの地に行って調べるのは配下の皆ですから」

「それはそうだが……まぁいいか」

「はい。いいのです。仕事は偉い大人に任せて私たちは美味しい果物でも食べましょう」


 清々しいまでの笑顔を浮かべたクロードは近くの果樹園で働くガタイのいい男に近づいた。


「精が出るね、ラード」

「おぉ、若様。また公務を抜け出して来たんですか」

「む、失敬な。僕はいつも抜け出してるんじゃなくて休憩してるだけさ」

「ははっ。なら休憩が一日の半分を締めてますな!」


 公爵家の息子であるクロードと慣れた様子で喋る男はどう見ても農民にしか見えない。

 少し不思議に思っていると男は俺に目を向けた。


「それで若様。こちらの方は?」

「この方は我が国の第三皇子様だよ」

「うぇぇぇぇ!?」


 俺の身分を聞くと男は大きな身体に似合わぬ俊敏さでクロードの後ろに隠れた。

 図体が大きすぎて全く隠れられていない彼の強面の顔は知らない生物を見たように強張っている。

 …皇族ってそんな目で見られるのか。


「ルクス・イブ・アイングワットだ。仕事の邪魔をしてすまない」

「いえいえ! 滅相もございません! 皇子殿下様におかれましては…」

「堅苦しいのは良い。俺はただ公爵領を見て回っているだけだからな。少し見てもいいか?」

「もちろんでございますです!」


 …ここまで畏まられるとやりにくいな。

 皇族の威厳的には正しい在り方なのかもしれないが俺としてはもっとフランクに接して欲しいところだ。

 グレイ姉上が城下の教会で民衆の怪我の手当てをしてても皆こんな反応をしないのに…。


「折角だからルクス殿下と後ろの馬車におられるフィア皇女殿下とシア皇女殿下に果物をご賞味いただきたい。ラード、採れたてを頼むよ」

「わかりや……ちょっ、ちょっと待ってくだせぇ! 皇子殿下だけじゃなくて皇女殿下がお二人もいらっしゃるんですかいっ!?」

「あれ、言ってなかったっけ? まぁよろしくね」

「勘弁してくださいよ…」


 年相応に小柄な少年が強面の大人をいじめている構図は不釣り合いで滑稽なものに映ったのか馬車の方からはクスクスと笑う声が聞こえる。

 ラードと呼ばれた男は走って果樹園の方へ向かったと思えばすぐにかごいっぱいの果物を持ってきて俺に赤い果実を一つ仰々しく渡すと後方の馬車へ転びそうになりながら駆けて行った。


「どうです? 彼、面白いでしょう」

「随分と慣れた様子だったがあの男は何者なんだ?」

「彼の名前はラード・ヤック、元々は流れの傭兵団の長だったのですが大層アバンダントを気に入ったようで今ではアバンダントを守る衛兵隊の一員になっています」

「衛兵なのにここで畑仕事をしていていいのか?」

「ここ公爵領では数年前から平農有兵という独自の制度が導入されています」

「平農有兵?」

「はい。普段は公爵家の騎士が街の門番や警備を担っていますので衛兵隊に所属する者たちは解散して一般的な市民のように畑仕事や店の経営に従事しています。週に一度詰所にて訓練を行いますが、基本的には市民として過ごします。この時、衛兵隊としての給金は訓練参加費のみ公爵家から支払われます。ですが、領内各地にある鐘を打ち鳴らされるとそれぞれが戦の準備をして衛兵隊の詰所に集結し、戦に向かいます。つまり、平時は農民のように過ごし、有事の際は兵士となるのです」


 もらった果実を齧りながら考える。

 クロードが語った仕組みはとても有用なものだと感じた。

 一般的に各地の領主は戦になると自家の騎士に加えて領民から徴兵して戦地へと向かう。この時徴兵される領民は健康的な十五歳から五十歳の男性が選ばれるが、普段から訓練している兵ではない分、騎士の練度と大きな差異がある。

 しかし、この平農有兵という制度はその差異を取っ払うことができるのだ。

 平時は農業や商業に従事しているので領内の生産力を落とすことはないし、戦時となれば他の領兵よりも戦闘に慣れた集団となる。軍事の維持費も削減できることを考えればやはり仕組みとしては大変有用と思える。


「平農有兵の仕組みは誰がつくったんだ?」


 純粋な疑問として俺は尋ねた。

 このような仕組みを作った人物が気になったし、会ってみたいと思ったから。

 だが、クロードは苦しげな表情を一瞬浮かべて二人の皇女と一人の公爵令嬢が乗る馬車の方をちらりと見た。


「…僕の兄です。既に故人ですがね」

 

 静かに告げる彼の顔には色濃い後悔が宿っていた。

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