若き俊才
入城した俺と護衛であるリゼルは貴賓室に通された。
気品ある室内の調度品たちは皇城内にも引けを取らないように感じる。
といっても高そうかそうでないか程度しか分からないが。
フィアとシアは今頃宿泊する部屋へ通されていることだろう。
俺と離れる際に不安そうにしていたがレインとアンジーナが上手くやってくれたのできっと大丈夫なはず。
心配といえばフィアとシアの案内役になっていたメイドだ。
公爵家の人間はレインのことしか頭になかったのかしばらく気づいていなかったが、落ち着いた頃になって二人の少女が俺の妹、すなわち皇女だと分かったようでかなり慌てていた。その様子は申し訳ないが少し面白かった。
特にエラルドルフ公爵から二人の案内役を頼まれていたメイドの凍りついた顔ときたら…くくっ。
「ルクス殿下?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
俺がそう言うと紅茶を出してくれた執事が少し怪訝そうな顔をしながら退出した。
壁際で立っているリゼルが「何笑ってるんですか」と言いたげだが気づかないことにする。
しばし出された紅茶を楽しんでいるとエラルドルフ公爵が先ほどの少年を連れ立ってやってきた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、ルクス殿下」
「なに、大して待っていない。予定と違うことが起きたのだから仕方ない。というか悪いのは公爵にすら妹たちの来訪を知らせなかった父上と宰相だ」
「ルクス殿下が我が領にいらっしゃるならば殿下を慕っておられるというフィア殿下やシア殿下がご同行することも予想すべきでした。己の未熟を恥じるばかりです」
公爵はこう言っているがどうやっても予想することはできなかっただろう。
今まで引きこもっていた皇子と外出を怖がる二人の皇女が一緒に旅行という名目で禁書探しに来るなど考えつくわけがない。
「さて、そろそろ本題に入るが…彼はいいのか?」
「ええ。宰相閣下からもこれに話すことは許可されております。クロード、挨拶を」
「はい父上。ルクス皇子殿下、お初にお目にかかります。エラルドルフ公爵家が嫡男、クロード・フォン・エラルドルフでございます」
エラルドルフ家の人間だとわかる濃い緑色の髪、ふわふわと跳ねる癖っ毛と幼さの残る顔立ちからとても荒事には向かない人物だという印象を抱いた。
そんな印象とは裏腹に青い瞳は鋭くこちらを推し量るように観察している。
「公爵家の嫡男だったか。随分と若く見えるが歳はいくつだ?」
「先月で十二になりました」
「俺の妹たちと変わらないのにしっかりしている。公爵家は安泰だな」
「未熟なこの身には過分な評価でございます」
十二歳で皇族に堂々と話せているだけ大したものだ。
まぁユリアス兄上みたいな威圧感もない俺だからかもしれないが。
世間話をほどほどにし、いよいよ本題に切り込むとしよう。
「俺がここに来るまでに公爵の方でも例の件の調査を進めてくれると宰相に聞いていたが成果はどうだった?」
「はっ。監察局が掴んだ情報の通り、禁書は確かに南部に持ち込まれているようです。そして賊の最後の足取りはセノーラ伯爵領レシュッツで途絶えています」
「持ち込まれたあとの行方はどうだ?」
「監察局と我が公爵家の者たちがレシュッツの出入りを監視しておりますが目立った動きはありません。例の物は未だレシュッツ内にあるものと推測します」
監察局と公爵家の騎士が二重で目を光らせる中で他の場所へ禁書を運び出せるとは思えない。やはりレシュッツこそが盗人の目的地だったということか。
「知っての通り俺はまともに社交の場に顔を出さなかったからほとんどの貴族たちとは接したことがない。公爵から見たセノーラ伯爵はどんな人間だ?」
「我々南部貴族の中でセノーラ伯爵は一番温厚な人物だと言えるでしょう。内政の手腕は中々のものです」
「それは高評価だな。……反乱の可能性についてはどう思う?」
「彼は争いを極度に嫌っておりますし、皇王陛下への忠誠の厚い人物です。その可能性は限りなく低いかと」
公爵が語った通り、父上への忠誠は臣下の中でも屈指のものだと宰相も言っていた。そこは間違いないだろう。
反乱の可能性が低いとなれば貴族と関係のない第三者が禁書を手にした可能性が高くなる。
「最近南部で起きた変化は何かあるか?」
「一番の変化は帝国との停戦協定によって一時的に軍備に充てる資金が他のことに回せるようになったことでしょう。南部が担う軍事的な役目は元々友好的なシャラファス王国国境の警備とルクディア帝国と国境を面する東部への防衛補佐。その役目が落ち着いたのでどの家も内政にその資金を当てていると報告を受けています」
「ふむ…」
ここまで聞いている限り特別おかしな動きはないように思える。
セノーラ伯爵の反乱の可能性も低いとなるとレシュッツに禁書が運び込まれた理由が尚更わからない。
禁書を手にしたい何者かが偶然レシュッツを受け取りの場所へ選んだとでもいうのか?
「リゼル、何か気づいたことはあるか?」
「いえ、特段おかしい点はないと思いました」
「…俺もそう思う。何故レシュッツに運び込まれたのかがよくわからない。どこでもよかったならば王国内で受け渡せばいい。わざわざ皇国に来た理由がさっぱりだ」
室内の全員が首を捻って考える。
わざわざ足のつきやすい国境を超えて皇国のレシュッツという街に運び込んだのなら必ずその理由があるはずなのだ。しかし、それがわからない。
王国になくて皇国にあるもの。
中央にも北部にも西部にも東部にもなくて南部にあるもの。
エラルドルフ公爵領になくてセノーラ伯爵領にあるもの…。
アバンダントになくてレシュッツにあるもの……。
そこまで考えて頭の片隅に引っかかるものがあった。
停戦の間に自領の内政に励む南部貴族たち。
領内の整備をするにも事業を始めるにも必ず物も金も動く。
物と金を動かす存在といえば…。
「「商人」」
沈黙の中で俺とクロードの声が揃って響いた。
互いに確かめ合うように視線があった。
「今南部ではどの家も内政に力を入れている」
「物と金が大きく動くならば利に聡い商人が多大な恩恵を得ます」
「大きな利益を得た商人は自身の商会をより盤石なものへとすることを考えるはず」
「その手段として有効なのは自身が取引した権力を持つ者、今回であれば南部貴族との繋がりを密接にして取り入ること」
「もし、繋がりを深めようとした貴族が商会に利益をもたらすことへの見返りを求めたならその見返りを用意するために躍起になるだろう。それが商会の繁栄に繋がるのならば尚更な」
俺とクロードはにやりと笑いあった。
そして公爵へ向き直った。
「公爵、レシュッツに本拠を構える商会を調べてくれ」
「かしこまりました」
「クロード、君は……」
「南部貴族の中で野心のある者を調べてまとめることですね」
「ああ、その通りだ。それが終わり次第レシュッツに向かう。その時は是非君にも来て欲しい。借りてもいいか? 公爵」
「ご随意に。私の固い頭よりも息子の柔軟な頭の方がお役に立つでしょうからな」
「…あまり俺をいじめるな公爵」
「はははっ。これは失礼を」
まったく…。
俺と面識のある三公爵と話すのは何ともやりにくいから困る。
それはそれとして…この少年。
エラルドルフ公爵家嫡男という家格の良さがありながら驕った気配もなければ俺という大した実績もない皇族に対しての侮りも感じられない。
加えて頭のキレがよく柔軟な思考を持っている。
アストレグ公爵家のレメアといい、この国の次期公爵はデキる奴しかいないなまったく。
ユリアス兄上が父上から王位を譲られれば兄上をよく支えてくれるだろう。
つまり、俺なんかが働かなくとも全く問題のない状態にしてくれるのだ。
故に今は頑張る。禁書を読むために。
そして、いつか読みたい本を取り寄せ、終わらない読書三昧生活を送るために…!