視察と旅行は紙一重
「それではお母様、行って参ります」
「お土産いっぱい買ってきます!」
「ええ、楽しみにしているわ」
皇都クラエスタ中央に位置するノルト城の南門で別れの挨拶を交わす妹たちを眺めながら俺はひとりこめかみを抑えた。
俺が妹たちとの約束をすっぽかして罪悪感でいっぱいになったのが三日前の出来事。母上の笑顔に逆らえず願いを聞くと言ったところフィアとシアは俺との外出を願った。
二人はとある事件をきっかけに外出を怖がり、ここ数年はノルト城の外に出たことも外出を希望することもなかった。しかし、今回二人が自分の意思で外出がしたいと言ったのだ。
父上と母上は態度にこそ出さなかったが、内心喜んでいたんだと思う。城より外の世界に怯えるようになった娘たちが一歩を踏み出したのだから。
そして偶然にも俺には外出しなければならない理由もあったのでそこに連れていくことになった。
「それではルクス殿下、お二人のこともよろしくお願いします」
「ほどほどに頑張ります。ただ、俺の命に賭けても二人だけは無傷で皇都に送り届けますよ」
「無理だけはするな。お前も無事に帰ってこなければ許さん」
「善処します。…それにしても父上、心配なのは分かりますがこんなに護衛をつけていいんですか?」
「諸外国との関係は安定しておるし、国内の魔物被害も冒険者で事足りておる今、精鋭をつけるならばお前たちしかおらん」
俺がちらりと視線を送った先には漆黒の鎧を身につけた騎士と純白のマントを纏う騎士が出発の号令を待っている。
黒鳳騎士団二百名、白鳳騎士団百名。
父上と宰相は皇国最精鋭である二つの騎士団を俺たちの護衛に付けた。
三人の皇族が国内旅行に繰り出すにしても過剰戦力もいいところだ。
加えて、
「安心してくださいルクス殿下。我々にかかれば賊だろうが大地龍だろうが問題なく斬り捨てますので」
「ええ、私たち白鳳騎士団もいるのです。道中、飛竜の大群が襲来しても無傷で皇都へお返ししてみせます」
黒鳳騎士団長のリゼル・オルカと白鳳騎士団長のアンジーナ・フォン・ペリスが自信満々に宣言するのを聞いて余計に頭が痛くなる。
……伯爵程度の抱える戦力ならこの護衛たちだけで制圧できるぞ。
いや、もしかすると父上たちはそこまで考えているのか…?
「…責任重大ですね」
「最悪、例の物は確保できずとも良い。フィアとシアを城の外に慣れさせてくれるだけで十分だからな。そう何度も皇族に狼藉を働く愚か者がいるとは思わぬがあらゆることに留意しろ」
「はい。もし旅先でフィアとシアの意にそぐわない行動を取る者がいた場合は?」
「無論、殺…」
「殺さずに厳重注意でお願いします。後ほど私が処理しますので」
父上が何か言う前に宰相が割って入った。
…ちっ、言質を取り損ねたか。
仕方ない、何かあれば行方不明にする程度にしておこう。
「そろそろ出立しますか。リゼル頼む」
「心得ました。…総員注目っ! これより出立する! 各隊配置につけ!」
リゼルが声を張り上げると騎士たちは俺とフィアとシアが乗る馬車の周りを黒鳳騎士が固め、真上へ飛び上がった白鳳部隊が上空を旋回し始めた。
うん、どうみてもやりすぎだ。
「なぁリゼル。この厳重態勢でずっと行くのか?」
「…一応俺は反対したんですよ? でも……」
「警備を緩めるなど私が許しません。ルクス殿下だけでなくフィア殿下とシア殿下もいらっしゃるのですからこのくらいの警備は必要かと」
「この警備案を通したのお前か…アンジーナ」
「はい。ちなみに宰相閣下に要請して彼女にお手伝いをお願いしたのも私です」
若干自慢げに言うアンジーナが見る先ではフィアたちが馬車に乗り込んでいる。問題はそれを手伝っている女性だ。
控えめでありながら美しいドレスを着た薄紅色の令嬢には見覚えどころかあの人であるという確信しかない。
『またあの娘と一緒だね。随分と君と縁がある娘のようだ』
『ほんと。ねぇアウリー、あの子素質あるわよね』
『うん。前にあの子は小さい精霊たちも連れていてね……』
唐突に始まる精霊王(元を含む)たちの井戸端会議はさておき、同じ馬車に乗るとはいえ彼女にも挨拶はするべきだろう。
「家族旅行に付き合わせて悪いな」
「いえいえ。私も南部に行くのは久方ぶりですので嬉しく思います。それにフィア殿下とシア殿下のお世話など大変光栄なことと存じます」
「俺も気を配るが至らない点があるかもしれない。その時はフィアとシアをよろしく頼む」
「お任せ下さい。身の回りのことから護衛まで務めて見せます」
誰よりも張り切るレインに苦笑しつつ俺たちは皇都を出発した。
◇
大変過剰な護衛を引き連れて父上のお膝元である皇都を離れて三日。
これまで魔物との遭遇どころか賊の襲撃もない。
屈強な騎士たちが天地共に守る集団を襲うほど賊もバカではないのだろう。
もっとも、俺たちが進むこの街道は皇国北部と南部を繋ぐ大きな街道だ。
付近の領主が常に見回りをしているため賊などいるわけないのだが。
皇都の外に出ることが数年ぶりのフィアとシアが長時間馬車で揺られることに一抹の不安を抱いていたが、思わぬことでレインが解決した。
「できましたわ!」「できた!」
「お二人ともお見事です。こんなにも短時間でここまで上達されるとは思いませんでした」
本来二人が並んで座るのがやっとな馬車の座席で俺の両隣に詰めて座フィアとシアの手元には拳大の水球が浮かんでいる。
俺が見ても二つの水球は完璧に魔力を制御されているとわかる。
アルニア皇国の現皇族は全員B級以上の魔力を有している。
他の皇族よりも幼いとはいえフィアとシアも例外では無い。
むしろフィアとシアに関しては現状でA級に匹敵するくらいには魔力量が多い。
とある事情からフィアとシアには魔術の教師が付いていなかった。故にこれまで魔術を教わることもなければ行使することもなかった。
そこでレインが簡単な手解きを始めたところ今に至る。
「フィア様は火と水、シア様は水と風の適性があるようですね。加えて卓越した魔力量、飲み込みの速さや伸び代を考えれば私よりも優れた魔術師になれるかもしれません」
一瞬お世辞かと思ったが苦笑するレインの様子から完全にそうという訳でも無さそうだ。
フィアとシアが成長して一流の魔術師として名を馳せたらきっと多くのファンができるだろう。
ふむ、そんな未来も悪くないな。
でもまあ俺としてはこのまま兄を頼ってくれる妹たちでいてほしいものだが。
「レインお姉様! もっと色々な魔術を教えてください」
「レイン姉上の一番すごい魔術が見たい!」
「姉…いえ、少しずつ覚えていきましょうね」
「………」
心底嬉しそうに魔術を習う妹たちは大変微笑ましい。微笑ましいのだが、なんというか。
可愛い妹たちをレインに取られたような妙な気持ちになる。
…ぐぬぬ。
◆
恨めしそうに薄紅色の少女を見つめる皇子を眺めながら二人の精霊は馬車から少し離れた空中で霊体化し談笑していた。
『ルクスくんって意外と独占欲があるのね』
『本人は気づいてなさそうだけどね。でも……』
不自然な間を訝しみプラールがアウリーを見るとその横顔はひどく懐かしそうで瞳は優しく銀髪の青年を見つめていた。
『あの日、私とルクスが契約を交わした日のことを思えば当然なのかもしれないね』




