双子の皇女
予約投稿ミスで時間ズレました。
すみませんm(_ _)m
俺と父上は一つの部屋の前で立ち止まっていた。
約束の時間を過ぎて入りずらいから、ではない。何と形容するのが正しいのだろう。
部屋の中から尋常ならざる空気を感じるのだ。
「…父上、お先にどうぞ」
「…いや、儂はついでのようなものだ。お前から入れ」
「……はい」
気は進まないがこんなことをしていても状況は変わらない。
意を決してコンコンと二回、扉を鳴らした。
…返事はない。
ちらりと父上を見れば苦々しい顔で中に入れと顎でさしている。
改めて扉の取っ手に手をかけて捻り異様に重たく感じる扉を開けた。
「…フ、フィア、シアー……ごはっ…!!!」
室内に足を踏み入れた瞬間、真っ白な塊が二つ飛んでてきた。
あまりの衝撃に思わず倒れこみそうになるが、たたらを踏みながらも耐え忍ぶ。
飛び込んできた二人に怪我がないように。
「…ひっぐ…えっぐ……」
「…お兄様の、ばか…っ」
俺の腹部にしがみつきながら嗚咽を漏らす二人の少女を見ると罪悪感がひしひしと込み上げてくる。
どう声をかけようかと考えていると室内からよく知る声が耳朶を打った。
「声をかけるより先に抱きしめてあげなさい」
椅子に腰掛けながら呆れた眼差しを向けているのは俺によく似た女性…いや、俺がよく似たの方が正しいか。
アルニア皇国第二皇妃であり、俺やグレイ姉上、そしてフィアとシアの母でもあるカタリア・イブ・アイングワット。
「…母上が何故ここに?」
「どこかの誰かさんが約束を忘れているのか全く来ないからこの子たちが泣いていると報告があったのよ」
「…その、大変申し訳なく……」
「謝る相手は私じゃないでしょう」
母上の言う通り、まず謝るべきは腰にしがみついて肩を揺らしている二人の妹たちにだ。
膝を曲げて二人の目線に高さを合わせながらフィアとシアに腕を回しながら頭に手をおいた。
「フィア、シア。帰国してから会うのが遅くなってごめん。約束してからずっと楽しみにしてくれてたのに忘れちゃってごめん。こんな可愛い妹を泣かせるなんて兄失格だ」
「違うの…お兄様が来なくて、悲しかったけど、違うの…っ」
「違う?」
「兄様が行った国、大きな戦いがあったって聞いて。兄上と、二度と会えなくなるかもしれなかったから…!」
泣きながら話す妹たちの頭を撫でつつ母上に視線を送る。
フィアとシアにスオウでのことを話した犯人は誰ですかの意を込めて。
母上は先刻まで俺がいた廊下を見つめたので父上が言ったのかと思ったが父上の顔を見ているというよりは廊下の先を見ている。
そう思っていると一人の女性が菓子やお茶を持って現れた。
その薄紅色の髪を見て意図せず溜息が漏れた。
「カタリア様、お菓子とお茶をお持ち……あら」
「話したのは君だったか…」
現れたのはスオウへ共に行ったレイン・フォン・アストレグだった。
◆
妹たちがひとしきり涙して落ち着いたところで集まった全員が椅子に座った。
父上と母上が丸机に向かい合うように座り、俺とレインはそれぞれ長椅子に座っている。
ちなみにフィアとシアは俺から離れなかったので俺の両脇に座っている。
「さて、ルクス。私が言いたいことはわかるわね?」
「…はい」
「あなたにとって本を読むことが生き甲斐というのは知ってますし、今更とやかく言うつもりはありませんが家族との約束くらいはしっかり守りなさい」
「……はい」
威圧的な母の微笑みは異論を許さない。
実際、反論の余地がないし俺が全面的に悪いので異論も何もないのだが。
次に母上の微笑みを向けられたのは気まずそうにお茶を飲んでいた父上だった。
「陛下」
「ぬ、何じゃ」
「私、陛下にはフィアとシアが今日ルクスと話すことを楽しみにしているとお話し致しましたよね」
「…確かに聞いた気はする」
「お忘れでなかったのなら何故この時間にルクスを呼び出したのです?」
「いや…その……」
「陛下ともあろうお方が、可愛い娘たちの先約を知っていて呼びつけた。などということはありませんよね」
「………」
あ、父上が何も言えなくなった。
母上はそんな父上で遊んでいるのだろう。
父上には申し訳ないがしばらく母上と仲睦まじくお話ししていてもらおう。
「それでレインがなんでここにいるんだ?」
「登城する用事があったのですがそこでカタリア様とお会いしまして。諸用が終わったあとにフィア皇女殿下とシア皇女殿下にスオウでのことを話してほしいと」
「なるほど。俺が来なかったから代わりにレインに話させたわけか。手間をかけてすまないな」
「いえ、私の方こそ気が利かずに先の戦いの話をしてしまって申し訳ありません。その、泣いてしまわれるとは思わず」
「前に図書館で俺がフィアとシアを気にかけてると言っていたな」
「はい、スオウへ行かれるよう説得に行った際ですね。ルクス殿下についてお聞きした皆様からはそのように伺っておりました」
俺がスオウへ使節団の一員としていくことになったきっかけである日のことだ。恐らくレインは宰相や城で働くメイドや警護の騎士あたりから俺のことについて聞いたのだろう。
第三皇子ルクス・イブ・アイングワットについて調べたならば最初に聞くことになるのは生粋の趣味人、読書家あたりだろう。だが、城の者に聞くならば読書家ともう一つの評判を聞くことになる。
それはフィアとシアとの仲の良さだ。
本以外に興味がない皇子だと民衆には思われているようだが実際は少し異なる。
俺はフィアとシアに対しては親馬鹿ならぬ兄馬鹿なのだ。
逆もまた然り。この二人の妹たちは父上や母上以上に俺に甘えたがる。
まあそれが可愛くて俺もつい兄馬鹿になるのだが。
「昔、きっかけがあってな。その時から二人は俺のことを慕ってくれてるんだ。だから俺が気にかけてるのと同じようにフィアとシアも気にかけてくれているんだよ」
「美しい兄妹愛というものですね」
「やめてくれ、気恥ずかしい」
自分で言う分には良いが、他人に言われるのはむず痒い。
レインと話していると両隣に座っている双子が小さな手で俺のそれぞれの手を握りレインを拗ねたように見つめた。
「…ルクス兄上は私たちに会いに来たの」
「な、なので私たちもお話に入れてください…!」
「これはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。では、改めてルクス殿下の口から仙国スオウでのお話をお聞きしましょうか」
そう言ってレインが俺の方へ視線を向けた時、フィアとシアが身を乗り出して迫ってきた。
「お兄様!」「兄上!」
「お、おう…」
「お兄様が向かったスオウという国の都市の視察中に魔物の群れに襲われたって聞きました!」
「それだけじゃなくて大きな戦いが起きた時、兄上は戦場から逃げずに戦地に留まっていたとも聞いたよ。レインさんからそう聞いた時、私もフィアも胸が痛くて苦しい思いをしたんだよ!」
「…レイン」
「申し訳ありません。その、あそこまで取り乱されるとは思わず…」
話さなくていい余計なことを言ってくれたとは思うがレインは俺の代役として話してくれたわけだからあまり強くも言えない。そもそも俺が忘れずに来ていればよかった話でもあるし。
「二人が心配してくれるのは嬉しいし、俺も本心では逃げたかったよ」
「なら…」
「でも、俺は皇族だ。この国の王の一族。ただの貴族であれば自分の領地の民だけ守れば十分及第点だ。だが、俺たちは違う。皇族はアルニア皇国で暮らす何万人もの民の命を背負ってる。皇族の及第点は自国の民の安息を守ることだ」
「ですが…スオウはお兄様が、いえ、皇族が守るべき場所では…」
「そうだな。スオウにはスオウの王がいるし、仙人という強き者たちが守っている。さて、ここでフィアとシアに質問だ。もし、二人の前に今にも死んでしまいそうな子犬がいたとする。そんな時、二人はどうする?」
二人の天使は愛らしい顔で思案している。
やはり可愛いな、うちの妹たち。
やがて答えが出たのかまっすぐに俺の目を見つめてきた。
「まず、フィアから聞こうか」
「はい。私は騎士やメイドに手当をするように命じます」
「ふむ。シアはどう?」
「私は子犬を抱えてグレイ姉上のところに走る。グレイ姉上ならきっと助けてくれるから」
「二人とも優しい答えだね。二人の答えは手段は違うけど命を救うことを選んだ。それと一緒だよ」
「一緒?」
「そう。目の前で失われる命があって、俺には救う手段があった。だから俺はレインや騎士達に戦ってもらったんだ。俺の命令で彼女らが命を賭けてスオウの民の命を救おうとしてくれて、俺もやれることをやるために戦場に残った」
実際のところは同盟関係だったり、結界の解除にアウリーが関わったこともあって引くことができなかったという背景もあるが言わないでおく。
フィアとシアは互いに顔を見合わせて諦めたように笑った。
「お兄様はそういう人ですよね」「兄上はそういう人だもんね」
「どういう意味だ?」
「お優しいということです」「優しいってこと」
誤魔化された気がしなくもないがそれ以上言うつもりのなさそうな妹たちに肩を竦めてみせると二人にいつもの笑顔がもどった。
(これで約束を忘れてたことも上手く流せただろう)
密かに安堵していることを目敏く見抜いたのか母上からじっと見つめられた。
…あの目は何らかの行動で自分から罪滅ぼしを願い出ろという意だろう。
もし、何もしなければ口を出すという警告でもある。
……仕方ない。
「約束を破ってしまったからお詫びにフィアとシアの言うことを何でも聞こうと思うんだけどどうだ? もちろん、できる範囲でになるが」
そんな俺からの提案に二人は一度顔を見合せ、
「ルクスお兄様と外出したいです!」
「ルクス兄上とお出かけしたいっ!」
水溜まりに陽光が差し込んだ時のように目を輝かせながら声を揃えて言った。




