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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第三章 禁書探索編
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盗まれた禁書

「国内視察に行け」

「嫌です」

「行け」

「嫌です」


 アンジーナ(悪魔より悪魔な奴)によって玉座の間に無理やり連れてこられた可哀想な俺に王である父上が外に出ろという。無論、聞き終わる前に否定の声を上げる。 

 スオウから帰国してまだ二週間。当面外に出るつもりはない。

 互いに譲らない問答を数回繰り返すと父上が諦めたように溜息を漏らした。


「お前という奴は…。先の使節団ではよくやっていたと同行した文官らが賞賛しておったからついに皇族としての自覚が芽生えたのかと思ったが、帰ってくれば以前のように図書館に引きこもりおって……」

「人というのはそう簡単に変われません。そして俺はそもそも変わる気がないので変わりませんよ」

「…儂の認識が甘かったようだ」


 父上はもう一度大きな溜息をつき同席している宰相オーキスに視線を送った。

 

「ルクス殿下。改めましてスオウ使節団の大使の任、お疲れ様でした」

「俺は何もしていないのでその言葉はレインや騎士達にかけてあげてください」

「もちろん他の方々は既に労ってあります。ですがルクス殿下には中々お会いすることができずにおりましたので」


 …図書館にやってきた呼び出しの使いを拒否し続けたことを根にもってるな。

 実際片手で足りない数は拒否したのだから当然か。


「それはすまなかったな。それで今更になって国内視察の話がなぜ引きこもりの俺に?」


 現在アルニア皇国と国境を面する国々が何かを仕掛けてくる可能性は非常に低い。

 北のオルコリア共和国は国を二分した紛争中。

 南のシャラファス王国にはイリア姉上が嫁いでいて良好な関係だし、西のスオウについては言わずもがな。

 一番の脅威だったルクディア帝国とも三年の停戦期間がある。

 

 各国との関係が停滞を保つ間に国内に目を向けようというのはわかるが俺のような引きこもり皇子に視察を命じる意図がわからない。

 民へ皇族の姿を見せる目的なら俺より聖女だと崇められるグレイ姉上の方が適任だ。


「今までのことを考えれば殿下の疑問はもっともです。自然災害や魔物の被害が深刻でもなければ皇族の皆様がわざわざ視察に行っていただく必要はありません。治める貴族たちや監察局の者を向かわせれば済む話です。しかし、今回の国内視察はあくまで表向きの理由に過ぎません」

「表向きの理由?」

「はい。本当の狙いは別にあります」


 その狙いというのが想像できずに首を捻る。

 国内視察が表向きの理由であれば本当の狙いを達成させるには国内を回ること自体が肝要ということか?

 だがやはり皇族、それも俺が赴く必要性があるのだろうか。

 国内を回るのであればやはり俺より誰からも好かれるグレイ姉上の方が向いていると思うが……。

 何やらまた面倒くさいことになりそうな気がする。


「今回、なぜルクス殿下にお願いするに至ったかを説明いたします」

「いや、いい。俺は行かないから他の者に…」

「オイル・ポワンカレを知っておるか」


 退出を試みようと動き出した時、父上からそんな人名が降ってきた。

 この名を聞いて足を止められる歴史家や読書家はいないだろう。


「…呪狂王じゅきょうおう、ですか」

「ほう、知っておるか。さすが読書家皇子などと呼ばれるだけはあるな」


 オイル・ポワンカレ。またの名を、呪狂王。

 約百二十年前、現シャラファス王国の西側にはトポロジという小さな国があった。

 かの国はこれといった特産もなく人々の記憶に残ることもないほど特徴のない国だった。

 しかし、トポロジ最後の王オイル・ポワンカレによってその名を歴史に刻み込んだ。

 オイルは生粋の研究者体質で気になることがあれば徹底的に追求し答えを求めるような性格だった。

 そんな彼が興味を持ち生涯研究したのが呪術だ。

 呪術とは魔力を通じて対象の精神や肉体に悪影響を及ぼす邪法で当時から忌み嫌われていた。

 オイルは齢十七から呪術を研究し始め四十になる頃には人を呪い殺し、自在に操ることができるほどの力を手にしてしまった。

 呪術を極めたオイルは自身の力があれば世界を手中に収めることすら可能だと考え、近隣の国々に対して宣戦を布告。

 呪術によって自我を失い操り人形となった全国民四万人を動員し戦争へ踏み切った。

 操られた人々はあらゆる感覚を持たない死兵となり、大いに苦戦を強いられたが、当時アルニア皇国を含む全ての隣国合同軍によって打倒された。

 問題はその後だった。

 捕らえられたオイルは自らを呪って自害した。

 オイルは自身の死を契機に発動する遅延術式を施していたのだ。

 その結果、呪術に蝕まれていた四万人のトポロジ国民が一人残らず命を落とすという世紀の大虐殺が起きてしまった。

 これが歴史に残るトポロジの悲劇の全容だ。


「呪狂王と今回の視察に何の関係が?」

「シャラファス王国内のとある場所で保管されていたとある禁書が先日盗まれました。その禁書の著者はオイル・ポワンカレ」

「…もしかして」

「禁書には呪狂王が研究し編み出した呪術の術式が記されており、シャラファス王国からの話ではその禁書がアルニア皇国に流入した疑いがあるとのことです」


 宰相の説明を聞いていると僅かな憤りが込み上げてきた。

 この視察に対してではない。シャラファス王国に対して、だ。

 禁書と呼ぶに相応しい内容の書物を盗まれるなどあまりにも管理が杜撰だと思う。

 本とは知識であり書物は未来への道標だ。

 そんな貴重なものを……。


「故に、今回の視察の真意は禁書の探索です。既に監察局が様々なルートで行方を追っていますが、未だ発見には至っておりません」

「だが、発見には至ってないだけである程度のあたりはついてるんだろう?」

「はい。監察局が最後に掴んだ足取りはセノーラ伯爵領レシュッツです。ここで盗み出したと思われる一団の消息が途絶えています」


 セノーラ伯爵はシャラファス王国との国境に面している南部貴族家の一人だったか。

 面識は無いがどこかで名前を聞いたことがある気がする。

 どこだったかと考えている内にふと別の疑問が浮かんだ。


「盗人の消息が途絶えたということはレシュッツからは出ていないということか?」

「はい、恐らくレシュッツこそが賊の目的地だったということでしょう」


 盗人の拠点なのか、それとも盗人がただ雇われただけの輩で依頼人がいる場所、もしくはレシュッツこそが受け渡し場所なのか。

 目的としてはこの辺が妥当なところだと思う。


「皇族の視察となれば街は浮き足立つし民の注目はもちろん、やましいことがある者の注意も向く。ましてやこのタイミング、間違いなく動きはあるだろう」

「ええ。視察で注意を引いている間に監察局が場所を特定し回収するつもりです」


 この作戦は言ってしまえば皇族を囮に使うということ。

 表向き視察に赴く皇族が監察局が特定した場所、もしくは団体に対して多少の圧力をかけなければ尻尾を出さない可能性もある。

 しかし、露骨に疑ってるような態度を見せれば皇族に危害を加え混乱のうちに逃げてしまおうという発想に至るかもしれない。


「流れはわかった。民衆の人気が高いグレイ姉上でほなく俺が選ばれた理由も。だが、表から圧力をかけなければいけない皇族には害が及ぶ可能性がありそうですね。その辺はどうなんです?」


 暗に俺ならどうなってもよいのかと聞くと父上も宰相も苦虫を噛み潰したような顔になった。


「お前がどうなってよいなどと考えている訳では無い。儂としても可能であればユリアスやトレシアに行かせたかったが…」

「現状二人を動かすことはできないでしょうね」


 ユリアス兄上は東部国境の守将。軍部の信頼も厚い。停戦中とはいえそんな兄上を友好的な関係を築いている王国国境近くの街へ視察に赴けば皇国と王国の間で要らぬ不和が生じることも有り得る。


 トレシア兄上に至ってはシャラファス王国内にいる。今回のことを王国側から聞いているとしても視察に向かうことは難しい。


「仮に動かせたとしてもお二人では格が高すぎて別の問題が浮上してしまいます。次点であるグレイ皇女殿下は性格的にこういった事柄には向いていませんので…」


 苦笑する宰相の言う通りグレイ姉上には向いてないだろう。

 極度のお人好しだし、常にふわふわとした空気をまとうあの人は緊張という概念を飽和してしまう。


「だから俺ですか」

「ああ。お前はユリアスのように咄嗟の決断ができてトレアスに並ぶほど頭の回転が早い。不本意だろうが適切な者がお前しかおらん」


 父上の真っ直ぐな視線を受け止めながら思考を巡せる。

 嫌味は言ってみたが俺の中ではこの視察は受けるつもりだっあ。

 俺以外に適切な者がいないのも理由の一つではあるが何よりも……。


『件の禁書が読みたいっ!!!』


 禁書という単語を出された時から俺の頭の中には読みたいという本能が視察に行けと訴えてきている。

 きっと禁書が確保されてしまえば、シャラファス王国に返還され以前よりも厳重な警備下に置かれることになり、読む機会など二度と訪れないだろう。

 つまり禁書を読むには今この機会しかない。

 しかし、視察などという面倒極まりないことをしたくないのも事実。

 どうするべきか…。


 唸りながら考えていると玉座の間の大扉からノッカーの音が響き一人の女性騎士が遠慮しがちに入ってきた。


「お話し中に失礼致します。ルクス殿下はいらっしゃいますでしょうか」

「ここにいらっしゃいますが、何か?」


 宰相が聞くと女性騎士は少し困った顔をしながら俺を見た。


「その、フィア皇女殿下とシア皇女殿下がお呼びしていらっしゃいまして…」

「ほう、珍しいですね。お心当たりは?」

「いや特に………あっ」


 否定しかけてから気がついた。

 今日がフィアとシアと前々から約束していたお茶会の日であり既に一刻以上約束の時間を過ぎてしまっていることに。

 スオウでの土産話を聞きたいと言った世界一可愛い双子の妹達からの申し出を俺が快く引き受けたのは記憶に新しい。

 …やばい、この女性騎士が困り顔なのにも合点がいった。


「…すまん、()()()だ?」

「…大変申し上げにくいのですが…どちらもです」


 思わず頭を抱えた。

 今回の件、約束を忘れていた俺が全面的に悪い。

 父上と宰相が俺を呼んでたからどちらにしろ時間には遅れていただろうがそれにしても一刻も待ちぼうけで音沙汰が無ければ幼い彼女達は悲しい思いをしたことだろう。

 その悲しみが耐えられなくなった時どうなるかは想像に容易い。


「父上、先約があることを思い出しました。話は後でもよろしいですか?」

「…まさかとは思うがフィアたちとの約束を忘れていた訳ではあるまいな」

「えっと、あはは…」

「お前という奴は……。いや、此度の件に至っては呼び出した儂にも非があるか」

「そう思うなら一緒に謝りに来て頂いても?」

「…宰相、しばし外す。よいか」

「はい、陛下もしばらくお二人とはお話になっていなかったでしょう。たまには父親としてお話ししてあげてください」

「…うむ」


 俺と父上は宰相に見送られ二人揃って気まずい顔をしながら玉座の間を辞してフィアとシアの待つ部屋に向かった。

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