ただいま我が家
本日より第三章開幕です!
よろしくお願いしますm(_ _)m
俺が仙国スオウから帰国してから一週間が経過した。
この期間で何があったかというと帰国の翌日に謁見の間で父上や主だった貴族たちの前で一連の報告をおこなった。
今回スオウで起きた事件は大規模な魔物津波だったと。
当然真相は違うのだが余計な不安や憶測が飛び交っては国内に無用な混乱を生んでしまうということで事前に宰相と打ち合わせて意図的に情報を伏せたのだ。
スオウの方もあくまでも超大規模な魔物津波と公的に発表しており詳細は明かしていない。
ちなみに一連の事件は【海魔異変】と名付けられたそうだ。
公的な報告の後、父上と宰相を含む重臣たちに嘘偽りない報告をおこなった。
スオウの南で起こった大規模な魔物津波。
時を同じくして起こった首都キョウトへの魔物津波。
魔堕ちした四大聖獣ケトゥスとの交戦とその消滅。
そして光の精霊王の代替わり。
どれか一つだけでも驚愕に値するような出来事が同時にこれだけ起こったのだ。
聞いていたいい歳した大人たちは揃って頭を抱えるか苦しげに唸っていた。きっと彼らの中にはこれから胃薬とお友達になる者もいることだろう。
まぁここからは俺が何かする必要はない。
その後の会議はのらりくらりと聞き流して終えた。
余談だが、今回の報告をしたのは全てレインだ。
俺は空気を読んでその時々に合った表情を浮かべていただけである。
全ての報告を終えたあと俺は図書館に引きこもった。
それはもう外敵からの攻撃を防ぐために甲羅で身も守る亀の如く。
俺は一生分外に出て国のために働いた。
だからこれからは目一杯読書三昧の日々を送るのだと意気込み面会謝絶で読書を楽しんだ。
この一週間思う存分、活字に満ちた生活を送っていた。
最初は度々、宰相の使いが俺を呼び出しに来たが断固拒否し続けたおかげか誰も来なくなった。
今では日に何度か騎士が様子を見に来る程度だ。
「アウリー、さっきの棚からこの本の続きを持ってきてくれるか?」
「精霊使いの荒いご主人様だなー」
そう言いつつも取ってきてくれるアウリーは優しいなぁ。
よく考えれば信仰の対象にもなっている精霊王を召使いのように扱ってるのは不敬なのかもしれないな。
その手の信者にバレたら即暴徒化して襲ってきそうだ。
といっても今更だが。
「これは読まないのかしらぁ?」
そこに俺とアウリー以外の声が響いた。
声のする方へ視線を向けるとおつかいを頼んでいた一人の女性がやってきた。
一人…とは言ったが相手は人ではない。
「それはゆっくり大事に読むよ。プラールさん」
「なら読み終わった本を棚にしまってくるわね」
実は帰国の際にプラールさんから一つ頼みごとをされた。
それはプラールさんをアルニア皇国に連れていくこと。
聞けばプラールさんは数百年もの間、愛した人間の生まれ故郷を陰ながら守るために一度もスオウを離れなかったという。
離れなかった理由の中には光の精霊王という肩書きのせいで自由に動ける状況になかったこともあったそうだ。
だが現在の彼女はサキへ精霊王位の継承を終えたことで縛る肩書きが無くなり、自由そのもの。
ということでせっかく精霊を目視することができて帰国する皇子がいるならば付いていこうとなって今に至る。
そういった経緯から彼女はスオウを出てアルニア皇国にやってきた。
プラールさんにとっては見るもの全てが新しいらしくしばらくは皇都の散策をしていたが今は落ち着いて図書館に居着いている。
ちなみにプラールさんが持ってきてくれたのは今回の海魔異変でのお礼ということでオリベ国主から俺に届けられた大量の書本。
今すぐ読みたいほどには楽しみだが俺は一つの本を途中で読み止めて別の本を読むことはしない。
読んでいる最中の本を読み切らずに投げ出し、別の本を読むという行為は本を書いた著者に対する侮辱だと俺は思う。
読書家たるもの常に著者への礼を忘れてはならないのだ。
「ねールクス。今日の魔力ちょうだい」
「…いいけど、なんかこっちに帰ってきてから供給の頻度増えてないか?」
「んー、気のせいだよきっと」
そう言って俺の首元に顔を埋めて魔力を吸い始めるアウリーの視線はチラチラとプラールさんへと向いている。
プラールさんはというと微笑ましいものを見るような顔をしている。
「そんなに私がルクスくんから魔力をもらうのが嫌なのねぇ。ふふ、自由を好む貴女が束縛だなんて可愛いところあるじゃない」
「そりゃあそうさ。私の初めてを捧げた相手なんだ、当然独占欲もあるよ」
「あらあら、サキに伝えた方がいいかしらねぇ」
「……語弊しかない言い方しないでもらえる? あと要らぬ誤解を生むのでその念書の構えを解いてください」
確かにアウリーの初めての契約者にはなったが言い方がなんか…違う。
プラールさんはプラールさんで光魔術の念書でサキに密告しようとしているのが怖い。
別にやましいことはないけど、彼女の行動力はものすごい。
念書が届いた次の日にはアルニア皇国に殴り込みに来そうだ。
俺は詳しく聞いてないが俺たちが帰国してからやってきたスオウ側の使節団からオリベ国主とサキの連名の書状が届き、その内容は俺への婚約の申し込みだったとか。
まあ、父上が何も言ってこないということは受けてないんだろうけど…。
まるで新しく飼い始めた猫から飼い主の膝の上を死守する古参猫のようなアウリーは正直新鮮だ。
今まではクールだなと思っていたがプラールさんが来てからはずっとこんな感じだ。
別に悪い気がするわけでもないので俺としては一向に構わないのだが。、
「さて、ルクスくんやアウリーがゆっくりできる日々はいつまで続くのかしらねぇ。 あ、私も魔力を貰うわね」
「不吉なこと言わないでくださいよ……どうぞご自由に」
少しにやっとしたプラールさんが俺の左手を取って魔力を吸い始める。普通の人間なら秒ももたずに欠乏しているが幸い俺なら問題ない。
…そういえば俺の魔力は渡さない的なことを言っていたアウリーだったがプラールさんとの間で何か取引があったらしく、今では大人しく供給を許している。
魔力を提供すのは俺なのに選択肢が無いのは何とも解せぬ。
余談だが、精霊との契約にはいくつか種類があり、それぞれに利点や条件が存在する。
大まかには『仮契約』『対等契約』『血縁契約』『調伏契約』の四種類。
まず、『仮契約』とはその名の通り契約者と精霊との間で簡易的に契約を結ぶこと。この契約は精霊側が有利な契約で一方的に破棄することができる。スオウの海魔異変の際に精霊の末裔である幽さんたち仙人と結んだ契約はこれにあたる。力関係としては契約者と精霊で二対八といったところ。
この契約のメリットは精霊側が了承すればすぐさま契約を結べること。
デメリットは精霊側に命令を断る権利があることと契約者の負担が大きすぎることだろう。実際、喚び出すには膨大な魔力が必要となるしな。
次に『対等契約』。
これも名称の通りで契約者と精霊との対等な条件での契約になる。大陸の精霊術師の大半はこの契約を結んでいる。これの大きなメリットは魔力消費の軽減だ。何故魔力の消費が変わるかといえば契約者と精霊との間に結ばれる魔力回路の太さが異なるのだ。わかりやすく言うならば細くて脆いパイプから水を流すのと太くて頑丈なパイプから水を流すのではどちらが効率的かということ。
魔力回路から漏れ出る魔力が少ないので契約者も精霊も十全な力を発揮できるのだ。
『血縁契約』は特殊な事例だ。
本来、精霊という存在は気に入った者との間で契約を結び、契約者が亡くなれば通常は契約自体が破棄される。しかし、精霊の中には血縁者に受け継がれていく契約を結ぶものもいる。最初の契約者が亡くなってもその子孫との間に契約が継承されるという希少な事例だ。南のシャラファス王国のマゼンタ公爵家がこれにあたる。
もっとも、契約者との折り合いが悪いと血縁契約ごと破棄されるなんてこともあるらしい。
最後に『調伏契約』。
これは最も難易度が高い契約で契約する精霊に魔力を送り、精霊の魔力量を上回ることで力関係を契約者有利のものとする契約だ。
精霊とは魔素と共に生きる魔力の権化、そのような相手に魔力量で勝とうなど到底正気の沙汰ではない。事実、調伏契約に挑戦し契約者側が深刻な魔力欠乏を起こして死んでしまったという事例も少なくない。微精霊程度であればまだ成功率も高いのだが格が上がるほど難易度は跳ね上がっていく。
俺の知る限り、天帝級以上の精霊との間で調伏契約を成功させたという人間は存在しない。俺以外は。
そう、俺がアウリーと結ぶ契約は調伏契約なのだ。
契約を結ぶときは精神的に焦っていてあまり深いことは覚えていないが、契約後が大変だったことだけは覚えている。まぁ契約の際にある程度の忖度はあった気がするのだが。
ある意味策士であっあアウリーとの契約を思い出すと思わず苦笑いをしてしまう。
それをどう受け取ったのかアウリーは首に手を回して抱きしめるようにまた魔力を吸い始めた。
俺は机に置いた本を開いて読み進めながら二人が満足するのを待つのだった。




