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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
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月夜の宣誓

 サキに手を引かれるがままに連れられた場所は宴席となっている広場からは少し離れている海辺だった。

 微かな喧騒とザァーザァーと波音と砂浜を踏みしだく音が夜の静寂によく響いている。

 わざわざ人気のない所まで呼び出すということは大事な話があるのだろう。

 何を言われるやらと思っているとここまで引いてきた手が離れ、前を歩くサキが振り返った。


「…ルクス皇子殿下。此度は我らの故郷を救って頂き誠にありがとうございました」


 その優美な一礼は思わず目を奪われてしまうほど魅力的で美しかった。

 出会ってから一番真面目であろう彼女の姿は普段の彼女からはまるで想像できない。

 

「皇子殿下をはじめとする皇国の皆様のお力がなければ戦いはより厳しいものとなり、地図からスオウという国が消えていたことでしょう」

「俺たち皇国とスオウは同盟国だ。それに我が国は一度スオウに助けられている。だから今回の戦いは俺たちからすれば恩返しでもあった。ま、俺は何もしていないし、皇国の騎士たちも微々たる助力をしたに過ぎない。この戦いを乗り越えることができたのはスオウの人々の力さ」


 実際、皇国は何もできていない。

 騎士達もスオウに滞在していた俺や使節団の面々を守るために戦った。

 …まぁ黒鳳騎士《脳筋共》に関してはただ戦いたいという純粋な欲求があったと思うが。


「今更ではありますが正直に申し上げましょう。私…いえ、私たちは貴方に一つの嘘をついていました」

「嘘?」

「はい。初めて会った時に伝えた予知夢の内容です」


 確かあの時、織部国主から聞いた夢の内容はこうだった。

『明日アルニア皇国から同盟と援軍を求める使者がやって来る。その際、同盟の条件としてかの国の皇族を一名スオウへ招くように。その人が私の旦那様になる人だから』と。


「私の予知夢の嘘、それは貴方が旦那様になるという一点です」


 まぁ嘘があるとしたらそこしかない。

 初めから喉に小骨が刺さった程度の違和感を覚えていた。

 彼女が過去に視た予知夢の例は大雨による大洪水、魔獣の襲撃、連合国家マルシアの大侵攻。

 そこに今回の異変の予知夢が加わる。

 すると、違和感が生まれてくる。

 これまで視てきた彼女の予知夢には大きな共通点がある。

 それはスオウの民に被害が出る可能性がある事案ということ。

 今回だけ咲個人の未来を視たというのはさすがに都合が良すぎるのだ。


「本来の予知夢の内容はこうです。『明日アルニア皇国から同盟と援軍を求める使者がやって来る。その際、同盟の条件としてかの国の皇族を一名スオウへ招くように。その人がスオウの時を進める人である』」

「時を進める、か」


 言われて少し腑に落ちた。

 スオウの時はずっと止まっていたのだ。

 血で血を洗うような戦国時代に精霊王たちの手によって魔力を封じられたその日から。

 結果的に魔力を失ったことで戦いが落ち着き群雄割拠の時代は終わりを告げた。


 一つの国に統一され人間同士の争いが無くなった今、かの結界は役目を終えた。

 魔力とは千変万化。

 生活を豊かにする魔術も、便利な魔道具も魔力がなければ使えない。

 スオウという国がさらなる発展を遂げるには魔力を封じる大結界の解放は必要だった。

 しかし、精霊王たちの結界を破る方法など彼らにはない。

 手詰まりの状況を打破するきっかけとなったのが精霊王と契約を結ぶ俺だったのだ。

 俺がこの地に来るということは契約している精霊王のアウリーもやってくる。

 精霊王ならば解き放つための方法を知っている。

 だからこその時を進める者。


「でも、なんで俺を旦那様になんて嘘をついたんだ?」

「…それは私ではなく国主の発案です」

「オリベ国主の?」

「はい。その、私の容姿はそれなりに整ってますから…あの、それなりに美しい私が距離感を縮めればころっと落とせるのでは…みたいな…えへへ」

「はぁ…」


 合点がいった。要するに色仕掛け《ハニートラップ》か。

 確かにサキの容姿は人の視線を釘付けにすることができるほど整っている。

 というか自国の民に崇められる人気者にそこまでさせるのかあのおっさん。


「俺は花より読書だから上手くいかなかったと」

「仰るとおりです…」


 恥ずかしそうに俯くサキの姿は少し珍しい。


「さっきから言おうと思ってたけどいつもの元気いっぱいな感じはどこいったんだ」

「…かしこまった方がそれっぽいかなって」

「今更…?」

「いいじゃん! 別に! もう…」


 調子狂うなぁと呟いた彼女は胸に手を当てて深呼吸をした。


「…よしっ」


 不思議に思っていると勢いよく顔を上げた彼女と目が合った。

 空色の瞳には俺の姿が投影されていて月光に照らされる彼女の白い肌には少し朱色がさしているように見える。

 そんな彼女はふと俺の後ろを指さした。 


「ルクス、あれってなぁに?」

「あれ? なんだ何もない……っ!」


 振り返って彼女が指差すものを探したが何も見つからない。

 もう一度方向を聞くためにサキの方へ振り返った瞬間、彼女の整った顔が文字通り目の前にあった。

 驚いて俺が後ずさる前に、頬に温かくて柔らかいものが押し付けられた。

 一拍遅れて何をされたのかを理解し彼女の思わぬ行為に硬直してしまう。

 その一瞬の停滞を逃さないと言わんばかりに今度は反対側の頬に唇を落とされた。

 ちゅっと可愛らしい音を立てて離れた彼女の空色の瞳は満足気で夏空のように澄んでいる。


「これは私の正直な気持ち。誰かに言われたわけでも、夢での声に従ったわけでもない。私が自分で考えて悩んで決めた決断。初めて芽生えた感情」


 一呼吸おいた彼女は普段の爛漫な笑顔とは違う控えめで微笑むような表情で、


「私はルクスが好き」


 と言った。

 色恋に関心がない俺でも思わずグッとくるほど魅力的で穏やかな顔だった。

 軽々しく受け取ってはならない想いだからこそ心苦しいが俺も言わなければならない。


「…俺は、誰かを好きになるっていうことがわからない。娯楽小説のように文字に起こされてもわからなかった。だから…その想いには応えられない」


 ひどく自分勝手なことを言っていると思う。

 傷つけてもおかしくないことを言ってる自覚もある。

 だが、彼女が本気で想いをぶつけてくれたのなら俺も正直な思いをいうことが礼儀だと思った。

 どんな顔をしているのかと彼女の顔を見てみる。

 そこには無邪気な笑顔の花が咲いていた。


「ってことはさ、誰か好きな人がいるわけでも婚約者がいるわけでもないんだよね?」

「え、まぁそうだけど…」

「なら私を好きになることもあり得るってことでしょ?」

「…それはそうだけど、そもそも好きという気持ちがわからないって話であって…」

「私が好きで好きで堪らなくさせれば良いってことでしょ? それなら私がルクスを振り向かせてみせるよ!」


 自信満々なサキの様子に呆気に取られていると彼女はいつもの笑顔を浮かべて言った。


「決まった未来なんて存在しない。絶対なんてありえない。それは貴方が教えてくれたこと。なら貴方が私に絶対惚れないなんてこともない。だから私は諦めない。いつかきっとルクスに『好き』を教えてあげるからさ! 光の精霊王の名に賭けてね」


 一大宣言をする乙女と戸惑う青年を応援するかのように月明かりが二人を優しく照らしていた。

長かった第二章も何とか走りきれました…!

お付き合いいただきました読者の皆様に感謝をm(_ _)m

次回からの第三章もよろしくお願いいたします!

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