後日談は謎を残して
魔物の大群やケトゥスとの戦いが終息を迎えてから二週間が過ぎた。
ニジョウ城の被害は軽微だったものの首都であるキョウトの城下や港町は大きな被害を受けた。
水軍の軍船の八割は再起不能なほど損害を受け、漁船も少なくない数が沈んでしまった。
今回、一連の戦いで出た死者は約三千人。
南で起きた魔獣津波による死者は立花・真田両家の活躍と機転により数百人という最小限に抑えることができたが、キョウトの戦いでは甚大な被害が出てしまった。
あれだけ規模の大きい戦いとなってしまったのだからどうしようもなかったといえばそれまでだが。
幸いといえるのは民からの死者が出なかったことだろう。
この成果はまさしくスオウの兵士一人一人が命を張って稼いだ時間のおかげだ。
スオウ滅亡の危機は去ったが被害はやはり甚大。
しばらくの間、スオウは膨大な戦後処理と復興に力を注ぐしかないだろう。
余談だが国力が著しく低下したスオウを取り込もうと連合国家マルシアが軍を動かしたらしいが三人の仙人たちがスオウの領海侵入と同時に追い払ったとかどうとか。
…まったくあの国も懲りないな。
一連の出来事はスオウに深い傷を残したが人々の顔は一様に明るかった。
その理由は二つ。
一つはスオウの人々の中に魔力を持つ人間が生まれたこと。
過去の戦争の天罰として魔力を失ったとされていたスオウに魔力が戻ったことは新たな時代の訪れを感じさせるには充分な出来事だったのだろう。
そして二つ目、これが大きいだろう。
「これより精霊王継承式を始めます」
家老である細川優里の開式の言葉を聞き広場に集まった民衆から大歓声が上がった。
ここは首都キョウトの港前広場。
倒壊した建物がいくつか見えるこの場所で精霊王の継承式が今まさに行われていた。
広場は満員御礼、式典のために建てられた簡素な舞台の上にはオリベ国主と進行役であるホソカワさん、そして。
「改めてご紹介いたします。この度、光の精霊王位を継承される皆様ご存知の天照瑠璃咲真君様です」
ホソカワさんが紹介すると白を基調とした荘厳な衣装を身にまとったサキが優雅に一礼をした。
「天照様ー!」「いつもの破天荒ぶりはどうしたんですー?」
「今日もお美しい!」「お着物とってもきれー!」
といった感じに大声援が送られた。
それに対してサキさんは手を振り応えていた。
サービス精神旺盛だな。
「そしてこちらにおられます御方が神話の時代より光の精霊王として君臨し周防を見守ってくださる女王。そして天照様のお母様であるプラール様です」
プラールさんはサキと同じようににこやかに一礼すると民衆からまた歓声が上がった。
サキの時よりも声援が控えめなのは知名度の違いだろうか。
「紹介も済みましたので我らが国主様よりお言葉をいただきます」
オリベ国主が椅子から立ち上がり舞台の最前へと出てきた。
「今日ここにスオウに住まう民が集えていることを嬉しく思う。……我らは先の魔物津波で多大な犠牲と被害を受けた。一歩間違えれば我らがこうして集うこともできなかっただろう。今、皆の胸中には悲しみも葛藤もあることだろう。大切な人や家族を失った者も多いだろう。しかし、我々は生き残った。どのような感情を抱えていようと前を向き歩くことが犠牲となった人々への手向けであり我々の義務であると我は考えている。さて、此度の国難を乗り越えるにあたってご尽力いただいたお二方による精霊王位の継承という貴重な瞬間をこうして見届けられることを我は光栄に思う。我らが敬愛する天照様は今日、世界を担う精霊の王となられる。我々はその姿をしかと己の眼に焼き付け後世に伝えよう
相変わらず普段とはまるで別人なオリベ国主の姿に俺が苦笑いしているとプラールさんとサキが前に進み出ていた。
プラールさんは常にまとっていた純白の羽衣を外した。
「咲、貴女は新たな王となって何を思い、何を成そうと考えていますか」
「…きっと私はお母様のような完璧な王にはなれないと思います。ですが、私を愛し、私が愛したこの地がより良くなるように。そして過去のようにスオウの人々と精霊が仲良く暮らせる場所をここにいるみんなと一緒につくりあげていきます」
「…とても良い答えね。今この瞬間から名実ともにあなたが光を司る精霊の王よ」
ふわりと微笑んだプラールさんはサキの首元に手を回して羽衣をまとわせた。
「新たなる精霊女王の誕生だっ!」
オリベ国主の宣言を聞いた民衆から盛大な歓声と拍手をサキへと送った。
『ありがとう』
「いいさ別に」
舞台から手を振るサキを眺めていると霊体化しているアウリーに声を掛けられた。
風を使って音を散らしているのか周りに聞こえている様子はない。
アウリーが口にしたのはプラールさんに魔力供給をしたことへの礼だ。
ケトゥスはプラールさんと契約を結ぶ際に対価として自分の魔力を付与する形をとっていた。
魔力の付与は対象に自らの魔力を貸し渡すという構図になるため今回ケトゥスの消滅にともなって元々ケトゥスのもっていた魔力も魔素へと還元されてしまい、プラールさんは実体どころか存在そのものを維持することが難しくなってしまった。
あのままいけばプラールさんもケトゥスと共に消滅していただろう。
そこで俺はアウリーに黙ってプラールさんに勝手にパスを繋ぎ一方的に魔力を供給した。
かなり難易度の高いことだったし魔力操作が繊細すぎて四苦八苦したが、無事成功し今に至る。
アウリーの大事な友人でありサキの肉親を見捨てることはできなかった。
誰にも俺がやったとは言っていないが、こんなことができる者など限られている。
ちなみにアウリーには秒でバレた。
『でもあの子にルクスの味を知られちゃったから少し複雑』
「味って言い方やめてくれよ…」
『まぁ精霊救助の功績に免じて今後は控えてあげる』
「ありがとうございます。女王様」
『くるしゅーない』
そんなやり取りをしていると舞台を降りて来たプラールさんがやってきた。
「ルクスくん、貴方のおかげで私はあの子の成長を見ることができたわぁ。それに邪悪な存在のこともありがとう」
「はて、私は戦う術を持たない非力な皇子です。きっと何かの勘違いでしょう」
「ふふ、そうかもしれないわねぇ」
知らぬ存ぜぬをしているとニコリ優しくと笑ったプラールさんは俺の右手を取った。
そして恐らくアウリーがいるのであろう虚空を見つめニヤリといたずらっ子のように笑いかけた。
「愛しき貴方に黎明の加護を」
奏でるように口にした瞬間、俺の右手に紋が刻まれた。
しかし、それも一瞬のことですぐに紋は消えてしまった。
俺は何をされたのかと分からず首を捻る。
『ねぇ! 何をしてくれてるのさ!!』
「あら? 感謝の気持ちをお伝えしただけよぉ?」
『わ!た!し!のっ!契約者なんだけど!』
「えぇそうね。だから契約はしなかったでしょ?」
『だからってこんなに強い加護を契約精霊のいる人間に与えるなんて…!』
「あって困るものじゃないでしょう? ね、ルクスくん」
ここで俺に同意を求めないで欲しい。
言動から察するに恐らくプラールさんは俺に加護をくれたのだろう。
それもかなり強力な加護を。
前にアウリーから聞いた話だが複数の精霊と契約することは魔力の問題から相当困難らしい。
だがある程度の加護を持っているのであれば可能になるそうだ。
加護は与えられば与えられるほど加護の保有者の魔力量は増え魔力を使った際の出力も強くなる。
精霊の加護は維持に魔力消費を伴うものでは無いので手に入れれば恒久的な能力向上が見込まれるので俺としてはありがたい限りではある。
…アウリーにとっては違うようだが。
「それにしても…本当にすごい魔力量がねぇ。これで人間というのが信じられないくらい」
「あはは、光栄です」
『…ルクスの魔力は年々増えてるからね。もう精霊王の二人や三人は養えると思うよ』
「なら私も契約を…」
『それは絶対ダメ』
俺は断固拒否するアウリーと交渉を続けるプラールさんをしばらく眺めていたのだった。
◇
日が落ちると昼間の式典ムードから一転、無礼講のお祭りが始まった。
老若男女問わず自分の生存と新たなる精霊王の誕生を喜んでいた。
俺は自室で本を読もうと帰ろうとしたがアンジーナに文字通り首根っこを掴まれ無理やり連れてこられた。
…アイツは俺の事を皇子として見てないのか。
「そんなに不満そうな顔をしないでください」
「レイン、読みたい本のお預け食らった時の気持ちがわかるか?」
「分かるからこそ私個人としては居た堪れない気持ちになってるんです」
杯に注がれた桃酒を持って隣にやってきたレインは苦笑いしている。
「幼い頃から様々な魔法書を読んでいたのですが読み始めると止まらなくなるもので…。食事の時間になっても動かないからとよくお父様やお母様に没収されたものです」
「そうか…同志だったのか…。わかるよ、読み途中の本をお預けされると先が気になって他のことに手がつかなくなるよな。ということで俺は読書に…」
「行かせません」
振り向いた先には俺をここまで連行してきた赤髪の女騎士が立っていた。
おかしい…何故今ここにいる…!?
抜け出すのに一番厄介なアンジーナには俺の元に来れないように一計を…!
「…スオウの軍人達と話していたんじゃなかったのか?」
「ええ、彼らとは大変有意義なお話ができました。スオウの美酒で飲み比べ勝負など中々できることではありませんのではしゃいでしまいました。イイ殿やシマヅ殿と共にする酒はとても美味でした。もっとも、私以外の方は皆寝てしまいました」
なんてこった…!
スオウの酒豪を集めてアンジーナと語り合うように誘導しておいたというのに…。
てか、コイツなんで普通の顔してるんだよ!
口当たりが柔らかくて飲みやすく酒精が強くて酔いやすい酒を持ってくように給仕の人にもお願いしたにも関わらず…。
「殿下のおかげで貴重な経験ができました。ありがとうございます」
「…なに、気にするな。たまには息を抜いて欲しいと思ってだな」
含みのある言い方をしながら笑みを浮かべるアンジーナはスオウに伝わるオニを彷彿とさせた。
このままじゃまずい…。
そう思い視線を辺りに巡らせると丁度いい所に一人の青年が俺の友人と話している。
「さて! 俺もこの国の人々と会話すべきだな! よし、行ってくる」
颯爽とオニの元を離れ目的の人物の元に向かう。
危なかった…。
近づくと向こうも気づいてくれたようでニコッと笑いかけてくれた。
「ウジトモ」
「無事な姿を見ることができて嬉しいよ、ルクス」
「それはこちらのセリフだ」
全ての異変が起きる前に訪れたカワゴエにて友人となった北条家当主であるウジトモと俺は固く握手を交わす。
「キョウトも大変なことになってたって聞いてから心配してたんだよ」
「俺は戦ってないから平気さ。大変だったのはそっちだろ?」
「あはは、お互い様ってことにしておこうか」
俺はともかくウジトモは南の魔物津波における兵站を任されていた。
いきなり複数の都市からやってくる軍の兵站を一任されたともなれば、ままならないことも多くあったことだろう。
「氏友、そろそろ僕も紹介してくれないか」
「ごめんごめん。ルクス、紹介するよ。彼は毛利翼、スオウ史上最年少の将軍様だよ」
「スオウ軍のしがない将軍、毛利翼と申します。お会いできて光栄でございます。皇子殿下」
ツバサと名乗った黒髪黒目の青年は恭しく一礼し俺の顔を見た。
その表情には強い好奇心がみえる。
「アルニア皇国第三皇子、ルクス・イブ・アイングワットだ。先の戦いの活躍ぶりには驚かされた。指揮の腕もだがあの弓術はとんでもないな」
「お褒めに預かり光栄です。しかし私からすれば音に聞こえた皇国の才女殿の活躍の方が賞賛に値するかと」
「あー、あまり堅苦しいのは好きじゃないんだ。それにここは公的な場でもない。だからルクスと呼んでくれ。俺もツバサと呼ばせてもらうからさ」
「ではお言葉に甘えまして…。改めてよろしく、ルクス」
ツバサとも握手を交わし、酒を酌み交わしながらしばらくは世間話をしていた。
しかし、唐突にツバサが話題を変えた。
「ルクス、一連の異変についての意見を聞かせて欲しい」
「急だな。何か気になることでもあるのか?」
「まぁな。年々増加していた水棲魔獣による被害、大鯨によるキョウトの襲撃と同時に起こった南の魔獣津波。これだけのことが偶然、同じ時期に起こるなんて考えにくい」
「…その言い方だと今回の一件を描いた黒幕がいるように聞こえるよ」
「いや、氏友の認識で合ってる。俺は今回の異変には黒幕がいると思ってる」
確固たる自信を持っているのかツバサの言葉には迷いがない。
もしかすると二人はケトゥスが黒幕なのではらないかと疑っているのかもしれない。
今回襲ってきた大鯨が四大聖獣の一角であったことを知る者は限られているのも疑惑を深める原因となっているのかもしれない。
俺はケトゥス以外に本当の黒幕がいたことを知っているのだが。
確かに水棲魔獣の増加の理由は数百年間ケトゥスが現れなかったことによる生態系の変化だと思えなくはない。
魔獣津波もケトゥスによるものと思えなくもない。
しかし、四大聖獣ケトゥスが魔に堕ちた理由は不明のままだ。
魔堕ちの決定打となった漆黒の背びれ。
あれ自体は悪魔の仕業だろうが一体なんだったのかは謎のままなのだ。
「ルクスはどう思う?」
「…他言無用で頼むぞ。俺は二人の知らない情報を持っている。その上で言わせてもらうと黒幕は確実にいる。それも大鯨以外に」
「…やっぱりそうだよな」
ツバサは考え込みハッとした顔をした。
「そういえば大鯨との戦いの最中に現れた三人の人、あれはなんだったんだ?」
「あれは過去に死んだはずの人間を操って……」
ふと引っかかるところがあった。
創世記にはケトゥスの司るものは『あらゆる生物の生命』とある。
もしケトゥスが死者を蘇生し使役できたのだとしたら何故他の人間や死した魔物を操ることをしなかったんだ…?
あれがケトゥスの力ではなく第三者によるものだったら?
「現れた三人の死者のうち、二名は消滅を見届けた。黒騎士と青年だ。でももう一人…あの少女の姿をした奴だけは倒れたのを見ていない。どうなったか知ってるか?」
「言われてみるとあの女の子だけは姿を見ていないな。島津のおっさんが潰した可能性もあるけど」
「さっき義宗さんが久々に自分より強い者と戦って逃げられたって大声で話してたよ」
「つまり、その少女だけはどこかで生きてるかもしれないってことだよな」
「死人の原因が大鯨だとしたら奴の消滅で一緒に消えたって考えるのが自然か」
「問題はもし、大鯨以外の要因があった場合だね」
死人を操っていたのがケトゥスでなかった場合、操っていた者の討伐が確認されてないのだ。
もしそいつが黒幕でどこかに逃げたとしたら、最悪同じ規模の戦いが起こってしまうかもしれない。
俺とアウリーが討伐したあの悪魔たちは大して強くなかった。
あの二人組の役割は観測であると考える方が無難だ。
死者を操る術…死霊術の使い手がどこかで生き延びたとすると極めて深刻な問題ではあるが…このことはオリベ国主に考えてもらうことにしよう。
「とりあえず、今はとにかく無事を祝う会だ。気にはなるが話はこのくらいにしておこう」
「だな。今は喜ぼう」
「それもそうだね」
三人で改めて杯を合わせて喋っていると本日の主役ともいえる少女が後ろから勢いよく抱きつかれた。
あまりの勢いに腰が折れるかと思った…。
「ルクス! ちょっと付き合ってよ」
「わ、わかったから勢いよく突っ込んでくるのはやめてくれ。腰が砕ける…」
苦言を呈してもサキはどこ吹く風だ。
昼間のお淑やかな感じはどこにいったのか。
「というわけでルクスを借りるね!」
「どうぞどうぞ」
「腰は砕かないであげてくださいね」
「うん、わかった!」
元気よく頷いたサキに引っ張られるまま俺は彼らの元を後にした。
◆
ルクスが咲によって連れ去られた後、残された氏友と翼は話題を変えてルクスについて話し始めた。
「翼はどう感じた?」
「底が見えない。ある意味じゃ織部様に似てると思う」
「そうだよね。とても噂の皇子様には見えないよね」
大使として周防にやってくるルクスのことは事前に周知されていたし評判についても聞かされていた。
皇子でありながら国政には関わらず無気力で無関心。
贅沢をすることもなければ民を虐げることも無い。
趣味は読書で城から出ることは無い趣味人皇子。
しかし、実際に話してみたところ頭はキレるし知識は豊富、人当たりも良いときた。
「加えてあの魔力。かなり巧妙に隠してあったけどこれのおかげでよく分かったよ」
氏友が身につけているのは指輪型の魔道具。
以前、旅の商人から買った代物で魔力の高まりに応じて色が変わるというもの。
いつか自分に魔力が芽生えることを夢見て身につけていたものだが思わぬ形で役に立った。
指輪の色は紅赤色。
尋常ならざる魔力に晒されると変わるとされる色でこの魔道具で量れる最高値を示す。
「天照様も紅赤色だったことを考えると人間とは思えない量だね」
「能ある鷹はなんとやらと言うが本当のことらしいな」
「そうだね。願わくば彼と敵対することがないように祈るよ」
「敵対したら俺は将軍やめて逃げるよ」
会場の誰にも聞こえないほど小さな翼の声は冗談には思えないほど真剣なものだった。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!