再会を彩る魔法
突如戦場に現れた存在に俺と帰ってきたばかりのアウリーは目を剥いていた。
「なあアウリー。あれって…」
「…うん。間違いない。あの容姿と羽衣、それに眩しいくらいの魔力の煌めきは何人たりとも真似できないよ」
彼女が世界から消失して数百年。
永きに渡り空席となっていた光を司る精霊の玉座に今日、次代の王が腰を下ろした。
そんな日に消滅したと思われた彼女が姿を見せたのだ。
「…プラール」
ぽつりと呟くように友の名前を呼んだアウリーの中では様々な感情がごちゃ混ぜになっているのだろう。
顔には笑顔とも悲し顔ともいえない表情が浮かんでいる。
それも一瞬のことでやがて彼女は、
「おかえりなさい」
穏やかな眼差しと共に囁くように言った。
◆
「お母様っ!」
目の前にケトゥスがいようが知ったこっちゃないと言わんばかりに咲はプラールへと抱きついた。
「もう。すっかり大人になったのに甘えん坊なところは変わってないのねぇ」
プラールは少し驚いてみせて困ったように言った。
母と子、実に三百年越しの再会である
積もる話もあるだろうが今は語らう余裕はない。
フィァア゛ア゛゛ッア゛ア゛ア゛!!!!!
プラールの顕現を待ち望んでいたかのようにケトゥスは叫声をもって歓迎の意を示す。
「…すっかり呑まれてしまったようね」
「光の精霊王様…いえ、今はプラール様とお呼びするべきでしょうか」
「ええ、今の私はただの野良精霊プラールよ。だから敬語もいらないわよ?」
「承知しました。ですが、敬うことはお許しいただきたく」
「貴方たちも相変わらずのようねぇ」
三人の仙人に苦笑し、プラールは改めてケトゥスを見た。
「してプラール様。何故消滅したはずの御身がこの地にまた降り立ったのでしょうか」
「困った昔馴染みの願いを果たしに来たというところかしら」
「というと…?」
「長い話になってしまうから所々かいつまみながら話すわ。三百年前のあの日貴方たちを逃がした時、既に自我を失いかけていたケトゥスが私に頼み事を残したの。もし自分がこの世界に対し牙を剥いた時は構わず討ってくれってね。自身が魔に堕ちそうになりながらも彼は私と契約をした。契約内容は『自我を失った聖獣ケトゥスが世界に対して大きな影響を及ぼす時、私は必ずケトゥスを止める』こと。当時、私は持てる力のほとんどを使ってケトゥスを封印したけど四大聖獣を永久に封じるのはさすがに厳しかったわ。力を使い果たした私は自らの格を微精霊にまで落として今日までこの地を漂っていたの。今の私が顕現できているのは契約内容が未来のケトゥスへの抑止だったから契約時にケトゥスが用いた魔力が契約の遂行のために私に供給されたからね」
長々と説明をして疲れたのかプラールはふぅと息をついてふと二条城の方を見た。
「…あらまぁ。自由な貴女が契約するなんてねぇ。余程気に入った子がいたのね」
『まぁね。相思相愛だし魔力回路も完璧、おまけにやみつきになる魔力の質。文句なしの逸材だよ』
「そう言われちゃうと気になるわねぇ。私もお世話になろうかしら?」
『プラールなら私も歓迎するよ。でも、今は…ね。今の君には『時間』があまり残されてないんじゃない?』
「そうね。手遅れになる前にこの悲劇に終止符を打つとしましょう」
プラールは親しげに誰かと話していたが咲や幽たちには風の音しか聞こえなかった。
それだけで誰と話したかは一目瞭然だったが。
「咲」
「はい、お母様」
「王になったのなら知らないはずの知識が脳裏に浮かぶはずよ。例えば、高圧縮光熱線の術式とか…ね」
「…確かに見たことも聞いたこともないはずなのに何故かわかります…!」
「それは過去の王からの引継ぎ資料みたいなもの。つまり私の知識ね。知らなくても術式もコツも分かるでしょう?」
「確かに分かりますが…上手くできるかどうか……」
「大丈夫、自信をもってやってご覧なさい。必ずできるわ」
「わかりました。やってみせます」
「あの一際黒く染る背びれ。あれこそが温厚な聖獣である彼の精神を蝕み汚染した元凶です。あれに私と咲の最大火力を叩き込みます。幽、樂、彩は私達をケトゥスの攻撃から守ってください」
「お任せください」「承りました」「御意」
子飼いの仙人たちの返事を聞き精霊王の親子はの視線は自然とケトゥスへと向けられる。
ケトゥスは微動だにせず二人に対する警戒を強めている。
交錯する視線、高まる魔力、一挙手一投足を見逃すまいという極限の集中の中で先に動いたのはケトゥスであった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
水弾の豪雨が二人へ降り注ぐ。
しかしプラールも咲も防御姿勢は取らない。
二人の前には三人の仙人が立ち塞がった。
「磐岩白鹿ッ!」
「鷹炎嶽ッ!」
「凍瑠璃鶴」
迫り来る破壊の豪雨を迎撃すべくそれぞれが持ちうる最大の切り札を繰り出した。
精霊と人間のハーフ。それも六王の次点である天帝級を親に持つ限りなく精霊に近い者たちが親から継承された『魔法』。
人間には扱えない領域に達した魔法をさらに超越する魔法を守るために使うことを選んだのだ。
敬愛と親愛を捧げる二人の親子のために。
二メートルほどの岩で組成された鹿の群れが水弾を受けながらケトゥスへ突進する。
羽ばたく度に迫る水弾を蒸発させながら飛行する炎鷹。
蒼く輝く二羽の氷の鶴が華麗に飛び水弾に触れては凍らせて地に落とす。
渾身の魔法は飛来する水弾を次々と迎え撃った。
しかし、いくら仙人たちが天帝級精霊の新生魔法を継承されているとはいえ三人の持つ魔力では対魔抵抗が異様に高いケトゥスへの決定打にはなりえず攻撃に対する迎撃のみが精一杯のはずなのだが……。
「あらあらこれは…。ふふっ、予想以上ねぇ」
ケトゥスの攻撃を全て相殺しただけでは終わらずに三者の魔法はケトゥスへと炸裂した。
苦しむ大鯨の鳴き声が戦場に響き渡る。
「彼の助力がなければ嵐や豪雨よりも激しいあの攻撃を防ぎきれなかっただろうな」
「そうなんだよね…。 それに国として考えるとこの借りは大きすぎるよ」
「…国としての借りは我らではなく織部がどうにかするであろう」
「だね…。私たちの優里家老に頑張ってもらおう」
仙人たちは事後のことは全て丸投げするつもりのようだった。
一方で苦しみもがくケトゥスへ引導を渡すべく、プラールと咲がケトゥスの左右上空へと飛び上がった。
二人の手元では光が収縮され徐々に大きくなっている。
あとはタイミングを合わせるのみというところで地上からプラールと咲に向けて飛矢の如き速さで迫る影があった。
先ほどまで赤騎団の団長井伊直秋と激しい一騎打ちをおこなっていた黒騎士と幽らによって海中深くへと叩き落とされていた雀。
二人はケトゥスを脅威から守るべくプラールと咲へ襲い掛かる。
だが、二人の攻撃は彼女たちには届かない。
「通すわけないだろうっ!」
「もう一回大人しくしてて!」
黒騎士を樂が、雀を幽が抑えに入った。
勢いを殺された二人は再び地上へと落とされた。
そして地に足がついた時には下半身が氷漬けになっている。
「…姫の元には行かせぬ」
彩の氷結は簡単にどうにかできるものでは無い。
不死の力に頼り下半身を砕いて再生するとしてもその僅かな時間がこの場では致命的。
ゆえに勝負はここで決まる。
プラールと咲。
精霊王が二代揃うなど創世以来初めてのこと。
そんな二人が本気の魔法を同じ標的に放つというのは四大聖獣とて抗いようのない破壊力を有している。
左右から挟まれるように│高圧縮光熱線がケトゥスのどす黒い背びれ目掛けて放たれた。
命中と同時に熱風が辺りに吹き荒れ海面の氷が溶け始める。
慌てたようにスオウの将兵たちは撤退を始めた。
幸い、咲たちの戦闘に巻き込まれないようにと陸地近くまで退くように総大将毛利翼が全軍に通達していたため兵たちが海に投げ出されるという事態には至らなかった。
ケトゥスから悲痛な叫びが上がり、身体からは背びれが文字通り消し飛んでいた。
そして目に見える大きな変化がもう一つ。
その変化は対峙しているプラールや咲はもちろん、仙人たちも、遠目で見守っていたスオウ国軍の兵士も、天守から眺めるルクスとアウリーからも確認できました。
「おい大鯨を見ろ!」
「色が…!」
「あれはさっきまで戦ってた奴なのか…? 別の魔物なのか…?」
漆黒色だったケトゥスの身体が背びれのあった位置を中心に純白へと染まり始めたのだった。
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