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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
40/106

思いと想いを拳に乗せて

誤字報告等ありがとうございます。

今後とも暖かく見守って頂ければ幸いですm(_ _)m

 四人の仙人たちはそれぞれの標的へと同時に動き出した。

 幽と樂が雀陰真君へ、咲と彩がケトゥスへと疾走する。

 中でも樂が雀へと向かう速度は異様に速い。

 あまりの速さに人の目では紅い長髪が残像のように瞬きながら猛進しているように見えている。


「雀っ…!」


 灼炎を纏い、燃えたぎる拳に湧き上がる激情を込めて繰り出した。

 雀は表情を動かすこともなくその右拳を払って自身の左側へと受け流す。

 それを予想していた樂は払われたと同時に回し蹴りをがら空きになった胴体へと叩き込んだ。

 完璧な脚技を披露した仙人は後方へと吹き飛んだ友を見つめながら懐かしげに笑った。


「我の拳撃をさばくとき、必ず繰り出す拳と逆の方向に力を逃がす。昔と変わらんな」


 人間ならば一撃で全身の骨が折れ内蔵が破裂する致命的な蹴りを受けた雀だったが直撃がなかったかのように再び樂へと肉薄する。


 樂にとって雀はかつて幾度となく鍛錬を共にした友であり、切磋琢磨し合う好敵手であった。

 そんな彼には雀の動きが手に取るように分かっていた。


「どんな痛烈な打撃を与えようとも仙術で軽減し即座に復帰していたな。加えて今は不可思議な力があるようだ。今も昔も長期戦向けのようだなっ」


 迫る喪友ともの拳を樂の炎拳が迎え撃った。

 接触と同時に爆発し、氷の大地に大穴が開き、あちこちにひびが走るが構ってはいられない。

 目にも止まらぬ速さで超至近距離の格闘戦が幕を開ける。


 樂は元々、高火力の一撃によって勝負を決める短期戦型の仙人。

 こうなると、長時間仙術を使えて殴り合う体力もある雀が有利になる。

 しかし、この場で雀が気にしなければならない相手はもう一人いる。


「はあ!」


 拳と拳がぶつかり合う男の戦いに水を差すように石弾が降り注いだ。

 二人の男は同時に後ろへ飛び距離を取ったため、硬直状態へと移った。


 この状況を作り出した張本人である淑女は一歩前に踏み出した。

 そしてじろりと樂を見た。


「戦いを楽しまないで」

「…すまぬ」


 仙人たちの力関係はまとめ役であり苦労人の幽の一強なので他の仙人は幽が怒りたしなめれば反省し謝罪する。

 この関係も昔から変わっていない。


 そして膠着へ。


 互いに動きを止めてはいるが、一挙手一投足を見逃さないといわんばかりに視線で牽制し合っている。

 特に、雀を見つめる黄玉色の瞳には警戒以外にも様々な感情が渦巻いている。


 驚き、戸惑い、悲しみ、怒り。

 そして、ほんの少しの喜び。


「…本当にもう一度、貴方の顔を見れるとはね」

「………」

「ねぇ雀。あの子を助けて私に投げ渡したあの時、何か言ってたよね」

「………」

「私、今でもあの時の雀の顔が忘れられないの。抵抗らしい抵抗もできずに、あの鯨に圧倒的な力の差を見せつけられて、自分が死ぬことを理解した瞬間のあの時の……あの笑顔が」


 それは在りし日の記憶。

 仙人たちが未熟を嘆いた過去への追想。

 狙われた咲を庇い、鯨に飲み込まれるてしまうまでの刹那の時間、雀は穏やかな笑みを浮かべながら姿を消した。

 幽の脳裏に深く刻み込まれた情景だった。


 彼が何を思い、何を考え、誰へと想いを馳せたのか。

 長年考えてきたが答えは一向に出なかった。

 しかし、 今なら分かっている。

 ならばするべきことは一つだけ。


「私が雀を絶対に救ってみせる。死者を弄ぶあの憎き鯨も、貴方も、私が倒してみせる」


 制限されていた魔力が解放され幽を中心に岩弾や岩柱が生み出されていく。

 その生成速度と数は尋常ではない。

 

「いつも一人で背負い込むな」

「もちろん樂にも手伝ってもらうよ」

「無論そのつもりだ。…ゆくぞっ!」


 紅蓮を纏い疾駆する樂。雀もそれに呼応するように走り出そうとした。

 しかし、


「動かないで」


 宙空を漂っていた無数の岩石弾が樂を追い越して雀へと飛来した。

 殺到する岩を人間離れした速さと動きで叩き割る雀。

 そこに船舶ほどの大きさがありそうな石柱が放たれた。

 暴威を向けられた雀は石弾と同様に拳に魔力を込めて迎撃した。

 石柱が真っ二つに裂けて雀の左右に裂けるように流れ落ちた。


「受け取れっ…!」

 

 先ほどまで雀の正面から疾走し接近していたはずの樂が頭上から現れ渾身の一撃を打ち込んだ。

  

 幽が無数の岩石弾を放ったのには狙いがあった。

 樂が接近するまで雀をその場で縫い止めるため…ではない。

 本当の狙いは奇襲によって雀を確実に追い詰めるためであった。


 はじめに樂が走り出し、姿を目視した雀は迎え撃つことを選んだ。

 そこに幽による岩石弾による援護が入り雀の意識はそちらの迎撃へと向いた。

 無数の石や岩を砕けば砂煙が舞い視界は悪くなる。

 土煙の中から飛来した石柱を本命の攻撃と雀は判断し破壊した。

 しかし、実際のところ石柱の目的は攻撃ではなく移動。

 石柱に飛び乗っていた樂が頭上から現れ奇襲を成功させたのだ。


 樂の一撃は雀だけでなく足場の氷もろともぶち抜いた。

 これにより雀の姿は海へと消えた。


「今の雀にはどんな攻撃も再生してしまう力がある。恐らくあの鯨めが要因だろう。これではいくら倒しても意味がない。ならば可能な限り復活してくるのを遅延し奴が倒されるのを待つ」

「私達は貴方を救いたいだけで苦しませたくはない。だから必要以上に戦わない」


 幽はそれにしても、と呟き自身の魔力の減り具合を確認する。

 平常時の魔力量が百であるならば、今の魔力量は百。

 いつもならば、あれだけの岩石を生成すれば七十程度までは減っているところだ。

 しかし、今は使った分だけ魔力が漲ってくる。


「本当に末恐ろしい人間だね」

「ああ、確かにこの魔力は実に心地が良い。精霊王様が忠告なされるのも無理はないだろう」


 そう言う二人の右手の甲には簡素な紋様が浮かんでいた。





 鯨の巨躯へ氷柱を突き刺し、足場として駆け上がる彩をケトゥスは気にした様子もなく咲へと水刃を飛ばしている。


()()我から目を離すとは……随分と舐められたものだ」


 そう言うと彩は八メートルにも及ぶ極大の氷柱を鯨の無防備な背に突き立てた。

 ケトゥスから悲鳴のような叫びが戦場へ轟いた。


 ケトゥスの思考は困惑で埋め尽くされていた。

 何故、四大聖獣である自分が矮小なる人間と精霊もどきにここまでの傷を負わされているのかと。


 ケトゥスの身には常に三重の対魔障壁があり、物理的な攻撃はともかく魔術に脅かされるはずがない。

 そのはずなのだ。

 だというのに今、背には大きな氷柱が突き立てられている。

 もどきから精霊の王へと至った忌々しい小娘ではない。

 たかが精霊もどき風情が、我に傷をつけた。


フィァ゛ア゛アアァアア゛ッ!!!!!


 ケトゥスの瞳の色が真紅に染まった。

 その身に渦巻く憤怒を隠すことなく抹殺対象となった背に乗る仙人に向けて水弾と水刃をこれでもかと展開し発射。


 反撃を予想していた彩はそのまま背を走って尾の方へと駆けてゆく。

 すると怒りに燃えるケトゥスの意識は尾の方へと傾く。


 元々、自ら戦うことが少なく、今まで自分を傷つけることができる者がいなかったことでケトゥスは対人戦において複数人を警戒するという行為に慣れていない。


 その隙を逃すほど新たな精霊王は腑抜けてはいない。

 ケトゥスが尾を跳ね上げるのと同時に彩は膝を折って飛び離脱。

 離れた彩の気配を感じたケトゥスは再度咲の方へと意識を傾かせる。

 するとタイミングよくケトゥスを取り囲むように百を超える光弾が半円状に出現した。


「雀を、解放しなさい」


 呟かれた言葉は何故か戦場においてよく響いた。

 こちらの要求通りに解放されなければ徹底的に戦う。

 それはある種の最後通告であった。


 ケトゥスは従う気などないと言わんばかりに水弾を投射する。

 しかし、その全てが咲の障壁に阻まれ霧散した。


「そう。なら……」


 ケトゥスを取り囲むように広がっていた光弾が数倍に数を増やした。

 展開されている光弾は一つでも当たれば人の身体は爆発四散するほどの威力を秘めている。

 それが数百個。さしもの大海の策謀者も焦りからか放つ水弾の精度が落ち始めていた。


「周防を脅かした罪、力なき一般人を狙った罪、そしてお母様と雀を亡き者にした罪。どれも万死に値する大罪。ゆえに周防の人々に代わって私が裁く」


 大きく息を吸い込んで、


「ちゃんと倒されて」


 轟音と共に戦場が再度光に包まれた。

 光だけでなく凄まじい熱風が氷の大地を吹き抜ける。

 人々は吹き飛ばされぬように必死に踏ん張ることで事なきを得たが、爆発の中心地にて裁きを受ける大鯨はそうはいかない。


 高熱を宿す光弾をすべてその身で受けたことによって、無事な外皮が見つからないほど黒い体躯には焼き跡が築かれ、加えて身体の一部には火花が燻っていた。

 それだけの傷を与えても四大聖獣たるケトゥスの致命傷足り得ないのだ。


「…姫。我らの総力を彼奴にぶつけたとしても殺し足り得ないと考える。ともすれば取れる手段は一つ」

「封印、だね」


 かつての光の精霊王であったプラールは咲や仙人たちを逃すためにケトゥスと戦ったとされている。

 後日、改めて現場に赴いた幽たちは一つの推論を出していた。

 プラールは自らの持つ魔力全てを使った結界術によってケトゥスを今日こんにちまで封印していたのではないか、というものだ。


 光の精霊王が為す術なく敗北し消滅するというのはやはり考えにくい。

 現場に戦闘の痕跡がなかったこと、今までケトゥスが現れなかったこと、そして唯一の痕跡であった膨大な魔力溜まり。

 これらの状況からプラールがケトゥスを封印したのはほぼ間違いないだろうと考えた。

 問題は封印より解き放たれたケトゥスを再度封印できるかという一点に尽きる。


「…私の魔力も技量も足りない」


 咲は直感的に分かっていた。

 精霊王となった自分の持つ魔力と技術、加えて封印術式に用いる精密な魔力制御と供給効率。

 いずれもプラールには及ばないことを。

 そもそも大前提である四大聖獣を百年単位で封じる術式すら知らないのだ。これでは封印などできるはずがない。


「…姫。我と幽と樂の魔力を全て用いれば可能か?」

「ううん、封印するための術式が分からないから無理。…そういえばなんかいつもよりみんな元気じゃない?」

「それは後ほど説明する…今は徹底的に奴を削るのみだっ!」

「そうだね。なんとか倒すしかないんだから…」


 氷柱と再びケトゥスへ向かう彩を援護すべく光弾を展開しようとした時、それはふと咲の目に止まった。

 小さく儚い光の微精霊。


 精霊というのはとても気まぐれで穏やかな気質の生命体だ。

 力のある精霊の中には戦いを好むものも存在するが、力が弱い精霊というのは僅かなきっかけで消滅しかねないのだ。

 契約していれば契約者となる人間の魔力を得るため簡単には消滅しなくなるが野良精霊となればその命は儚い。

 ゆえに過敏なまでに戦いの気配に敏感で戦いの前には姿を隠してしまう。

 にも関わらず、最も激しい戦場であるこの地に最もか弱い微精霊が漂っているというのは十分違和感の強い光景なのだ。


 微精霊がなぜここに? という疑問を口に出すより先に小さな存在から極光が放たれた。

 戦いが始まって以来、何度も戦場を覆った目を灼くほどの閃光。

 咄嗟に手で目元を隠し事なきを得た四大仙公の前には一人の女性が出現していた。


 腰まで伸びた薄金色の長髪。

 色白でバランスの整った眉とまつ毛。

 快晴の日のように澄んだ空色の瞳。

 ぷっくらと膨らんだ朱色の唇。

 純白の羽衣をまとい現れた女性に全ての生き物が目を奪われた。

 その対象は俗世を揺蕩う気ままな精霊も例外ではなかった。


「そんな…お母…様……!?」


 最も近くで、一番の衝撃を受けたであろう新米の精霊王から思わずといった呟きが漏れた。

 ちらりと四人の仙人を見て目を細めて微笑んだ女性はかつてよりも真っ黒に染まった大鯨に視線を向けて、


「『契約』に基づいて、三百年前に果たせなかった『救済』を果たしに来たわぁ。ケトゥス」


 ふわふわと語りかけるように、それでいてよく響く声で告げた。

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