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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
39/103

想いを胸に

「んっー…! やっぱり気兼ねなく力を振るえると気持ちがいいね」


 両者の間にゆっくりと降りてきたのは若竹色の髪を翻す少女。

 その姿を目指するよりも先に気配を感じ取った三人の仙人は膝をつこうとしたが少女それを制した。


「…精霊王様」


 呆然とする狐人の呟きに微笑みを返した少女が残る巨大蟹に向けて左に右にと手を振るとそれだけで大きな身体は為す術なく倒れ込んだ。

 まさに一刀両断。

 予想外の魔獣は規格外の精霊によって瞬殺されたのだった。


「あとはここを守る兵士たちでどうとでもなりそうかな」

「ご助力に感謝いたします。精霊王様」

「気にしなくていいよ。今のは発散ついでに倒しただけだから」


 そのついでに時間がかかりそうだったのだが誰もそのことは口に出さない。

 精霊の王たる彼女にとっては些事に等しいとわかっているからである。


「今の状況はわかってる?」

「詳しいことは伝わっておりませんが超大型魔獣と魔獣の群れがキョウトへ迫っていると」

「迫ってるんじゃない、もうとっくに戦いは始まっているよ」

「…奴でしょうか?」

「うん、君たちに聞いた話とは合致する相手だ。あれは間違いなく世界の理を守る四大聖獣が一柱だよ。なぜだか魔に堕ちてるようだったけれどね」


 魔に堕ちた四大聖獣。

 精霊と人との間に生を受けた彼女らには事の重大さを瞬時に理解する。

 

「私の契約者は私と契約していることを世に伝えたくない。でも、スオウの滅亡もこの国の人が死ぬことも許容できないの」


 アウリーは知っている。

 隠したいと言いつつも救える命は救いたいと動いてしまう彼の優しさを。


「そしてあちらの戦場には君たちがよく知る彼がいる。理由は分からないけどね」

「彼…?」

「うん。かつて命を賭して守った相手と戦わされている君たちの同胞がいる」

「っ…!」


 目を見開き嘘だと呟いた幽とは異なり、樂と彩はアウリーの言葉を正しく理解した。

 怒りが魔力となって周囲に満ち始める。

 あまりの圧迫感にキョウトへ戻るために忙しなく動いていた兵達が動きを止めた。


「精霊王様、発言をお許し願いたい」

「何だい?」


 アウリーの前に出て膝を付いたのは焔正樂雲真君えんせいらくうんしんくんだった。


「我らが今より走っても京都の地に着くには些か時がかかってしまいます」

「そうだろうね。君たちに施された魔術は悪くないけどそれでも半日以上は経ってしまうと思う」

「ですが風の精霊王である御身であれば我らを京都へと飛ばすことも可能なのではないでしょうか」

「可能だよ」


 それを聞いた彼は膝をさらに折って地面に自らの額をつけた。

 スオウに伝わる最上級の礼である。


「…伏してお願い致す。我らは…いや、我は…! あの日喪友(とも)に誓ったのです。 アイツの代わりに天照を…そして仲間を守ることを…! 何卒、お力をお貸し願いたい!」


 普段の樂からは考えられないほどに感情が乗った言葉だった。

 

 あの日、あの場所で自分が動けていれば、親友である夜天雀陰真君やてんじゃくいんしんくんは死なずに済んだ。

 あの日、あの場所にいた自分に圧倒的なまでの力があれば、敬愛すべき光の精霊王は消滅しなかった。

 彼はあの時から今日こんにちに至るまで自分自身を赦せないと自責の念に囚われていた。


「我からも。これは契約、どのような対価でも必ず支払います。姫のためならば」

「二人の気持ちは分かった。君は?」


 風の精霊王は苦労人の仙人へ問う。

 最初に願ってくるのは彼女だとアウリーは思っていた。

 常に咲のことを考えて仙人たちのまとめ役を担っている彼女が一番に声を挙げなかったことを不思議に思った。

 目を閉じて耐えるような様子だった幽は静かに口を開いた。


「…本当なら私は真っ先に姫を助けたいと言うべきなのでしょうね。ですが、私はそう言えませんでした。これではあの子を守る者として失格ですね」

「なぜそう言えなかったのかな」

「……彼が、雀がいると聞いてしまったからです。割り切れた気持ちだったはずなのに。私は彼と戦う自信がないんです」

「もしかして君は彼のことが」

「はい。好いていましたし愛されていたと思います。くだらない想いが姫様よりも優先されたことに失望しているのです。だから……」

「ダメだよそれは」


 強風が吹き抜け幽は咄嗟に瞼を上げた。

 その目の前には芸術品のように美しい少女の顔があった。

 整った眉を釣り上げる彼女は怒っていた。


「そんな言い方をしちゃ絶対にダメ。大事な気持ちなんだよ。誰かを好きって気持ちはさ」

「ですが私は姫様のことを第一に……」

「姫様、姫様って言うけどあの子はそんなに頼りない子どもなの? 確かに昔はそうだったかもしれないけれど今の咲は違う。先刻、私を含めた六柱の精霊王と精霊神の承諾を経て彼女は次代の光の精霊王として認められた」

「っ!! 咲が精霊王に…!」

「君も精霊王の王印のことは知っているでしょう? 咲にあれが刻まれた以上、君たちが束になっても勝つことはできない。咲は巣立ったんだよ。あの子はもう誰かに守られる存在じゃなくて誰かを守る存在になれた。なら、君はどうする?」

「私は………」


 様々な思いと過去の光景が彼女の頭を巡る。

 故郷の里での穏やかな日々、修行に明け暮れた日々、想いが実った日、故郷と家族、そして愛しい人を同時に喪ったあの日。

 あれ以来、託された少女を守ることが幽の全てになっていた。

 だが、天真爛漫で皆に愛される彼女は姫から王へとなった。

 守る側から守られる側へと。

 なら自分はこれからどうすれば良いのだろうか。

 …もし、我儘が許されるのなら私は。


「私は…咲のためでも、スオウの人々のためでもなく、雀のために戦いたい。雀は咲と戦うことを絶対に望まないはずだから。彼を救うために私を京都へ飛ばしてください」


 幽が頭を下げると樂と彩も改めて最敬礼をした。

 周囲の兵たちから見れば絶対的な強者である仙人達が懇願する構図だ。当然注目も集まる。


「顔を上げて、誇り高き仙人たち」


 アウリーの言葉に顔をあげた仙公たちは見た。

 合格だと言いたげで満足げな彼女の顔を。


「君達の願いは風を司る精霊王アウリーの名にかけて叶えよう。ここに契約は成った」

 

 風が吹きすさび、魔の森の木々が大いにざわつき城壁に立てられた軍旗が翻る。


「元々私がここに来たのは契約者が君達を迎えにいけって言ったからなんだけどね」

「ル…彼はなんと?」

「君達の亡き友を救い、事態を収めるには役者が足りていないだって。これは君たちが自らの手で決着をつけるべき運命さだめということだよ」

「お任せください。必ず雀を救ってあの鯨を打倒して見せます。それで…一体どうやって我らをキョウトヘ?」


 幽が問うとアウリーは若干不満そうな表情になる。


「…私が飛行魔法で運ぶのが普通だとは思うけどその時間も惜しいからね。君たちも半分精霊なんだから一時的な仮契約は結べるはずでしょ?」

「確かに可能ですが…」

「私の契約者が君たちと仮契約を結ぶ。そうすれば彼は君たちを喚び出せる」

「そんなっ! いくら何でも彼の魔力が持つとは思えません!」

「彼なら問題ないよ。…大体私だって本当は彼が他の精霊と契約することは嫌だよ。でも、彼がそうするというなら従う。第一、君たちはこの提案を拒否できるほど余裕はないんじゃないかな」

「ですが…!」


 一般的な常識で考えれば天帝級下位ほどの実力がある精霊三体との同時契約など正気の沙汰ではない。

 契約が成った瞬間、魔力を一瞬で吸い取られ重度の魔力欠乏症で死に至る。

 召喚などもってのほかである。


「魔力量は絶対に問題はないと私が保証する。ただし、一つだけ忠告しておくよ」


 しかし、アウリーに契約者への心配はない。

 あるのは警戒のみ。


「…彼の魔力は本っ当に濃厚で、濃密で、深くて、中毒性があるの。一度味わったら高位の精霊ほど癖になっちゃうような味。君たちは仮契約、一度の召喚のために縁を結ぶんだ。以降、彼の魔力を味わうことは許さない。いい?」


 精霊王からの有無を言わせないほどの重圧に当てられながら三人の仙人は頷いた。

 

「では仮契約を…」

「精霊王様っ! お話を遮り申し訳ございませぬ。妾に何卒お時間を!」


 これまで黙っていた狐人が声を上げた。

 アウリーは面倒そうに顔を向けた。


「何かな。狐ちゃんもわかってるでしょ? 時間がないんだけど」

「理解しております。故に此度の騒乱が全て片付いた暁にはお話しするお時間をいただきたく存じます」

「私の契約者が許したらいいよ。ただ、事が収まればきっと帰国になる。その前に会えるといいね」

「ありがたき幸せにございます。妾もこれより京都へ向かわせて頂きます」

「好きにしたらいいよ」


 それだけ言うと狐人の少女は二人の仲間と共に駆け、長城を軽々と飛び越えていった。


「さぁ今度こそ、仮契約をするとしよう。この地の命運を賭けた戦いに幕を下ろすために」


 眩い光が三つ、瞬きのように輝く。

 残された兵たちが次に目を開けた時には仙人たちの姿はどこにもなく、ただ静かに風が吹くのみであった。





 漆黒の影が凍りついた海を疾駆する。

 降り注ぐ氷柱も無数の飛礫つぶても避け切り目指す先には空色の瞳の少女。

 行く手を遮る結界も氷の壁も粉々に砕いて猛進する雀に咲は正面から至近距離での熱線を放つ。

 確実に当たるタイミングに消滅するような攻撃を雀に放ったことに咲は顔を歪める。

 しかし、


「かはっ…!」


 咲の一撃を確かに受けて消滅したはずの雀が咲の右脇腹へ強烈なローキックが入った。

 くの字に折れた咲の小さな身体が吹き飛ぶが、レインが風魔術で受け止めたことによって衝突によるダメージは防ぎ切ったが着地とともに膝を折った。


「アマテラス様、まだ立てますか?」

「もち…ろん。雀を助けなきゃ…!」


 既に八回、雀へと攻撃を放ち、雀によって痛烈な返り討ちにあっている。

 だが、八回の攻勢でいくつかわかったこともある。

 

 まず雀と呼ばれた青年は物理的にも、魔術的にも攻撃を受け付けない無敵状態だということ。

 咲による打撃にも光属性を孕んだ魔術にも避ける素振りは見せずに直進していた。

 つまり自らを傷つけられると思っていない。もしくは、自身が傷つけられても問題ないと判断しているのだ。

 

 次に彼の優先目標。

 何度かレインは咲を守るべく二人の直線上に立ちはだかったが青年は見向きもせずに咲へと突き進んだ。

 つまりあの青年は咲を倒すことを最優先目標としている。

 もちろんブラフの可能性もあるのだがそれは流石にないと信じたいというのがレインの気持ちだ。


 レインには知る由もないことだったが過去を知る咲は気づいていた。かの青年の身体能力は生前の彼の比ではないことに。


「ねぇレインちゃん。死者を蘇生させる方法なんてないよね」

「私が知る限りではないです」


 ならば今相対している黒衣の青年はなんなんだろうか。


(死者を蘇生させる方法が本当はある? それとも別の方法? 一体どうすれば雀を助けられるの…)


 いかに四大仙公筆頭と呼ばれる実力を持ち精霊王へとなった咲だが欠点がある。

 それは経験。

 彼女は対魔物においては比類なき力を発揮してきたが、知性ある相手や対人戦に関してはまるで素人である。

 戦場において思考することは決して悪いことではない。

 相手が強者であるならば意識を集中することはおかしいことでもない。

 しかし、この特異な戦場においては絶対に意識を外してはならない相手がいる。

 

「アマテラス様っ!!!」


 レインの声にはっとして頭上に目を向ければ数え切れないほどの水弾と水刃が自分へと向けられたところだった。

 一番に警戒し意識を向けるべき相手であったケトゥスは咲が隙を見せるのをずっと狙っていたのだ。

 何者かによって張られていた自身の動きを封じる煩わしい結界も破っていた。

 

 回避は不可能、防御も間に合わない。

 レインによる援護も望めない。

 絶体絶命という言葉が相応しい彼女の元に鯨の放った暴威が殺到する。

 凍りついた足場から雪煙が舞い上がり辺りが白銀の世界と化した。


「……違う…この魔力じゃなかった…」


 咲に対する心配よりも先にレインは困惑していた。

 確かに魔力感知によって大きな魔力の動きを察知して警告を発した。

 しかし、レインが感じ取ったのは南からおこった魔力であって、鯨が鎮座している東側の魔力ではなかった。

 

 魔力感知とは大気中に漂う魔力や対象から発せられる魔力の動きを波として感じ取る技術だ。

 技術の完成度によって個人差はあるが、魔術を扱うならば必ず使える必須技術といえる。

 万能に思える技術ではあるがあまり知られていない欠点もある。

 それは強大すぎる魔力を感じ取った際にそれよりも小さい魔力の動きには気付けない。

 海で大きな波が押し寄せた際に小さな波はかき消されてしまって気付けないという事象と似ているだろう。


 巻き起こった白煙が晴れる。

 そこにはしゃがみ込む咲の姿とそれを庇うように立つ三人の人影があった。


「咲、遅くなってごめんね」

「安心せよ、これより我らが汝を守る」

「姫だけに背負わせはしない。共に我らの友を救おう」


 一人は短く切り揃った茶髪の女性。

 その頭部には紫丁香花の髪飾りがきらりと光る。


 一人は扇状的な身体を目立たせるぴっちりとした衣装と雪の如く透き通った白髪の女性。

 

 一人は燃え盛る炎のように紅い髪をなびかせた和服の男性。


「みんなっ……でもどうして…?」

「話はあとで。今は……はあっ!」


 追撃に飛んできた水弾を錫杖で迎撃し打ち消した岩散幽甲真君は油断なく大鯨を睨みつける。

 

「二度も不覚を取る気はない。私がお前から意識を離すことはない」

「その通り」


 ケトゥスは巨大な両眼で四人の仙人を見据えている。


「なるほど。彼に言われていた通り、我らの仇と亡き友が敵として立ちはだかるか」

「私、レインちゃんと一緒に戦ったけど全然立ち打ちできなくて…」

「安心せよ姫。これより我らが共に戦うのだ。我らに二度も敗北ない、そうだろう?」

「もちろん。昔の私なら無理だっただろうけど、()()私たちなら倒せる」


 過去、四人の仙人が揃い戦ったことはたったの二度のみ。

 一度は幼き咲を庇うために戦ったとき。

 二度目は連合国家マルシア戦のとき。

 この大戦は三度目の仙人集結戦となるのだ。


 これまでとは違い、参上した三人の仙人たちは何故だか今まで見たこともないほど魔力が満ち溢れている。

 まるで()()()に魔力供給を受ける精霊のように。


「我は雀を抑えるつもりだ。…幽はどうする」

「大丈夫だよ。私も雀の抑えに回る。樂と私が止めるべきだから」

「ならば我の相手は憎き鯨か。相手にとって不足はない。姫は大丈夫か?」

「うん。まだまだやれるよ」

「では征くとしよう」


 四人の仙人がそれぞれの敵へと向かい合う。

 それぞれの想いを胸に抱き、過去との因縁を清算するために。

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