表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
37/103

もう一つの戦場

 国の存亡を賭けたこの戦いが始まってから一体どれほどの時間が経ったのだろうか。

 半刻? 四刻? もっと経ったのかもしれない。

 しかし、戦士たちは深く考える余裕など存在しない。


 刀剣を振るい、槍を突き出し、弓を引き絞る前線の将兵たちは今まさに自分たちの故郷を蹂躙しようとする大鯨と文字通り死に物狂いで戦っている。

 同じ部隊の仲間が死んでも刀を振るう手は止めない。

 死した戦友がそれを望まないとわかっているから。


 そんな壮絶な死戦の最中、魔力の動きが分かる数少ない者たちは動きを止めて打ち倒すべき敵から目を離して守るべき民がいる方角を見た。

 同僚に脳筋と言われる騎士達だけはどれだけ斬っても壊れない大鯨おもちゃへと向かっていたが、空を舞う白き女騎士達も、天性の才能を持つ氷風の才女も、神からスキルを授かっている若き転生者も、新たなる精霊王でさえも反射的に振り返っていた。

 異常という言葉だけでは片づけられないほどの、敵か味方か確認しなければならないと本能が告げるほど膨大な魔力の高まり。

 しかしそれも一瞬で振り返った時には何事も無かったように静まり返っていた。


 どこかで感じたことのある魔力だと感じたレインを除いて全員が後ろへの警戒心を新たに持ってそれぞれの戦いへと戻っていく。

 

「…今のは……? ううん。今はアマテラス様の援護を…!」

 

 レインが前へと視線を戻すとそこでは天照と黒髪黒衣の青年との戦いが繰り広げられている。

 黒衣の青年が闇属性と思われる魔術を放ち、天照が光弾で相殺し爆発する。

 巻き上げられた水飛沫と共に黒衣の青年が肉薄した。

 平時の天照であれば問題なく反応できるはずだが動きはかなり鈍い。

 間に合わないと感じたレインは天照の前へと氷壁を作り出して風刃を放つ。

 黒衣の青年は予期していたように風刃を回避して最初の位置へと下がった。


「アマテラス様、お手伝い致します」

「…うん。ありがとう」


 どこか浮かない表情の天照に理由を聞こうにも詳しく聞く時間はありそうもない。

 レインは複数の魔術を並列展開し始めた黒衣の青年に意識を傾けた。

 

「格上と感じるのはお師匠様以来ですね…」


 魔力を削られている自分がどこまでやれるだろうか。

 そう考えながらレインも魔術を複数展開し始めた。





 キョウトの戦いが佳境へと向かう頃、スオウの命運を担うもう一つの戦場にも動きがあった。

 三万以上の魔獣による魔物津波スタンピード

 これが皇国や帝国の辺境で起きていれば容易く周辺を飲み込む大災禍となっていたことだろう。

 しかし、スオウは古来より魔の森と生活を共にしてきた。

 この世界のどこよりも魔物津波スタンピードに対する対応力と防衛能力は高い。

 

 スオウ各地の都市から集まった柳川救援軍が最前線である柳川・上田の長城に辿り着くまでの二十一日間、二城の守備に付いていた合わせて四千の将兵達は前線を死守し続けていたのだ。

 スオウ中央の予想では柳川が陥落し河越手前の盆地まで抜かれてしまったとされていた。

 その最悪の予想を覆した要因は三つ。


 一つは柳川城周辺の地を任されている立花家の行動と奮戦。

 壁に空いた穴を迅速に塞ぎ対処してみせた手腕には援軍にやってきた各地の領主達も舌を巻いて感嘆した。

 穴を塞ぐ際に土塊や岩、木材だけでなく魔獣の死体ですらも使った対応力は防衛意識の高さと経験が窺えた。

 そして立花家当主、立花宗平と長女・千代率いる立花家の将兵の奮戦は目を見張るもので数千の魔物を打ち倒していた。 


 二つ目は上田城周辺を領地とする真田家の危機管理能力と判断。

 真田家にはスオウ中央が抱える隠密部隊と同等以上の実力を持つ諜報を主任務とする忍び部隊がある。

 彼らは一人一人がA級冒険者に匹敵し魔の森林での単独行動すらも可能にしており、事前に異常を察知していた真田家は魔の森深部に忍びを向かわせて探っていた。

 その結果、真田領から立花領への大規模な魔獣の移動をいち早く気づくことに成功した。

 これだけでも優秀な将であると分かるだろうが彼はさらに先手を打っていた。

 真田昌春は抱える二千三百の守兵のうち、半数の千を事前に柳川へと向かわせていたのだ。

 真田家の機転のおかげで柳川が持ち堪えたと言っても過言ではない。


 しかし、当然その分真田領側の長城を守る兵は必然的に少なくなってしまう。

 真田領側の長城も平時とは比べ物にならない数の魔物に襲われた。

 それを寡兵で凌いで見せたのは真田家の軍略によるところが大きい。

 

 これは余談だが、当主である昌春は「立花の者が苦境を味わうのであれば我らも共にするのが筋であろう」と笑って言っていたという。


 そして三つ目の要因は………。


「ふんっ!!!」

 

 熊のような大男が身の丈ほどの大剣を機の棒のように振るうと魔物たちが宙を舞って絶命する。

 大男が振るった大剣を肩に担いだところを狙って背後からシャープウルフの群れが襲い掛かった。

 しかし、大男に触れるよりも先に壁上から放たれた矢によって地面へと縫い留められていた。


「相変わらずいい腕してるな、マリベル!」

「よそ見しないでちゃんと戦ってくださいよ」


 矢を放った緑の外套で目ぶかにフードを被った少女は呆れるが大男の方はどこ吹く風だ。


「リーダーが真面目にしてたら別人です…よっ!」


 マリベルと呼ばれた少女の隣に立つ茶髪の少女は話に加わりながらも火属性第八階位に属する魔術を魔獣の群れへと放っている。


「おわっ! ちょっ、ちょっと!ポーラ! 俺が戦ってるところに魔術を撃つなって!」

 強烈な魔術の爆心地から紙一重のタイミングで離脱してきた猫背の男が壁を見上げながら苦言を呈す。


「ギルさんなら多分逃げれるなと思う時にしか撃ってないので大丈夫ですよ」

「いやいやいや! 多分で撃たないでほしいんだけど!? ベルの旦那も何とか言ってやってくださいよ」

「はっはっは! 愉快なことだな!」

「全然愉快じゃないですって!!!」


 戦場ということを忘れそうになるほど気の抜けた会話だが、この間にも全員が数十匹の魔物を倒している。

 

 これが柳川が今まで持ち堪え続けることができた三つ目にして最大の要因。

 たまだ依頼で柳川へと赴いていたSランク冒険者パーティ、獅子の翼が防衛へと参加していたことだ。

 

 基本的にスオウには冒険者がいない。

 各大陸の国々には冒険者ギルドが置かれているがスオウは最近までアルニア皇国以外の国とは鎖国状態にあった。

 それもあって冒険者ギルドの設置も進んでいなかったのだ。

 冒険者ギルドがなければ依頼を持ち込む場所も依頼を受ける場所もない。

 ゆえに冒険者がスオウに滞在することはほとんどない。

 例外的なのは彼らのように大陸側で受けた依頼の目的地がスオウでの活動だった時のみ。つまり本当に偶然である。


「ベルの旦那、援軍も来たようですし一回壁の中に戻りましょう」

「そうだな。一旦足並みを揃えるとしよう」


 獅子の翼の面々が壁内に戻ると壁の要所に援軍でやってきた兵達が配置されているところだった。


「ふむ、守兵達も練度が高かったがこの兵達も中々…」

「ベルモンド殿もお戻りになられましたか」


 そこに同じく壁外で魔獣と戦っていた柳川城主の嫡男・立花宗幸たちばなむねゆき率いる遊撃部隊が戻ってきた。

 

「おぉ、ムネユキ殿! ご無事で何より。随分と暴れておられましたな」

「なに、獅子の翼の方々ほどではありませんよ」

「血気盛んな若者は良いですな。さて、今回の援軍はどれほど来られた? また千やそこらなら苦境は続きますぞ?」

「私も戻ったばかりなのでどれほどかは。ですが……」

 

 周りを見渡すと壁へと登っていく兵達の鎧には統一性がない。つまり……


「どうやら危機は去ったようですね」

「その通りだ」

 

 中央で防衛の指揮を取っていた当主・立花宗平が二人の元にやってきた。

 その顔色には疲労が色濃く出ているが表情は明るい。


「獅子の翼の皆々様、そして立花の者共!みな聞けぇい! 先ほど三人の仙公と各都市からの援軍合わせて約一万が到着した。我らはこの苦難を凌ぎ切ったのだっ!」


「「「「「おおぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!!!」」」」」

 

 周りで話を聞いていた守兵達が一斉に勝ち鬨を上げた。

 実際はまだまだ魔物の波は押し寄せている。

 しかし、寡兵で壁に空いた穴を塞ぎ、大波を防ぎ切った。

 それは敗北条件である柳川の陥落を見事に回避したことを指す。

 

 これまで戦い続けていた立花家の兵と真田家からの援軍部隊と交代で壁上にはスオウ各都市からやってきた兵達が守備へとついた。

 それに伴って壁外へ打って出る部隊も各都市の援軍と入れ替わった。

 とびっきりの精鋭部隊である。


「門を開け! 我ら伊達地竜隊の大一番よ! 人と地竜の絆を見せつけてやれ!」


 最初に打って出たのはキョウトからやってきた伊達地竜隊。

 彼らはその名の通り地竜に跨り戦う。

 過去に伊達家は大角竜トリトプスの幼体を保護しその育成と繁殖に成功した。

 彼らは知らぬことだが、大角竜トリトプスは冒険者ギルドではC級とされているそれなりの魔獣だ。

 二メートルを超える体躯、額に生えた一本の角。

 そのような魔獣が走ってくれば避けたくもなる。

 大角竜トリトプスに乗る騎手もまた実力ある者であり彼らは大角竜の幼い頃から世話をしてきた。

 まさに阿吽の呼吸で戦う伊達地竜隊が魔物の波をかき分ける。


「伊達の者は元気だな。我らにも分けてほしいくらいだ」

「一番血気盛んなお前が言うか」

「若い者に負けていられませんね」

「だがあの荒波を真っ向から切り開くのは骨が折れるだろう?」

「それならば我らは乱れた波の間を泳ぐとしますか」

「壁の上からは怖いご老人も見てますし真面目に行きますかね」

「それがいい。久々の戦場だ。さぁ征くぞ」


 続いて出て行ったのは七本槍と呼ばれる男達に率いられた一軍。

 彼らはかつて七尾で発生したA級の魔物であるジャイアントフロッグをたった七人で討伐した実力者達だ。

 物理攻撃が効きにくいはずのジャイアントフロッグを槍術のみで討伐したという強者たちは冒険者が聞けば嘘だと鼻で笑う偉業を成し遂げたのだ。

 そんな七人に率いられた軍の勢いは目を見張るほど。


業盛ぎょうせい様、全員配置につきました」

「うむ。では若造どもの手助けしてやるかの。者共ぉ! 遠射用ぉ意!」


 壁上に小隊ごと均等に並べられた兵達が持つのは通常の弓の倍はありそうな長弓。

 普通の兵であれば弓をまともに引くことすらできないことだろう。

 ここにいるのは周防随一の弓術を誇る長野家の精鋭弓兵部隊。

 彼らは難なく矢をつがえ弦を引き絞る。

 狙うは伊達地竜隊のさらに前。距離にすれば四百メートルほど。

 

「放てぇい!!!」

 

 すぱぁん!!!


 長野家当主、長野業盛の号令とともにおおよそ矢を放った音とは思えない轟音を響かせて千本の矢が空を駆ける。

 ある程度の高さまでいくと一斉に地面に向けて突進を開始する。

 少なくない風の影響を受けているにも関わらず放たれた矢は狙い通りに目標である伊達地竜隊と接触前の魔物へと殺到した。

 

「…とんでもねぇなこの国の兵隊」

「これで陸軍が弱いと思われているのは戦ったことがないからでしょうね」

「マルシアの陸軍ともいい勝負できそうな気はしますけど」

「信じられないことに魔術抜きだからなアレ」


 様子を見に城壁へと上がった【獅子の翼】の面々は笑いながら戦場を見ていた。

 各国を旅して依頼を受けるS級冒険者絡みてもスオウの軍は実に精強だった。

 陸続きであれば間違いなく小国の一つや二つ踏み潰せる実力だと感じた。


「極めつけは…やっぱりあの三人ですね」

「…あれがスオウの仙人ですかい」

「ありゃ別格だ。相手があの中の一人だったとしても俺らでも勝てるか怪しいな」


 見つめる先では仙人による掃討が行われている。

 その一角では突然大地が割れて多くの魔物が落下していった。

 その一角では周囲の森ごと魔物が凍りつき氷像のみが砕かれ崩れていく。

 その一角では木々を避けて魔物だけが火柱に呑まれて燃え尽きていた。


 数多の死線を潜り抜けたS級冒険者たちでさえ驚いた。というかもはや呆れている。

 彼らの中でも特に魔術師であるポーラには理解できないものとしてその瞳に映し出されている。


「魔術であんな派手なことをやろうとすれば数回が限度のはず…なのに連発できる仙術って一体……?」


 間違いなく人間ではない。

 いや、仮に人間が修行を積んであそこまで上り詰めるとしたらどれだけの年月が必要になることか。

 何度も何度も巻き起こる神業を見たポーラはそのうち考えるのをやめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ