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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
36/103

愚者

「…雀…なの?」


 ケトゥスから生まれた三人の影の一つ。

 その姿はかつて咲を庇いケトゥスに喰らわれたはずの仙人、夜天雀陰真君やてんじゃくいんしんくんであった。


 想像すらしなかった再会に咲の意識は雀へと向いてしまい戦意も大いに綻んでしまった。

 そして賢き鯨はその隙を逃さない。


「ぐっ…!?」


 ケトゥスから放たれた高速の水弾が咲へと炸裂した。

 纏う輝く黄金に阻まれ傷こそ付けれなかったが衝撃は確かに咲へと通っていた。


 咲は身体の表面に溢れる魔力を流用した結界を展開して自身の鎧としていたのだ。

 しかし、本来結界というものは何かを封じたり、指定する位置に展開して対象を守るものであり、その使い方は用途から大きく乖離していた。

 結界が防ぐのは刺す、斬る、燃えるといった概念的要素であって衝撃は殺せない。

 相手を文字通り爆発させる程の威力の水弾の衝撃をまともに受けた咲は抗うこともできず地に落ちた。

 そして今度こそ確実に仕留めるためにケトゥスが無数の水弾を斉射した。


「ふっ…!」

「させません!」


 無数の水弾を無数の魔矢と氷槍が相殺する。

 ケトゥスの意識が咲に移った瞬間を逃さず毛利翼とレイン・フォン・アストレグはより良いタイミングで動けるようにケトゥスに接近していた。

 その判断のおかげで咲への援護が間に合った。

 動いていたのは彼らだけでは無い。


「儂を無視するとは中々どうして腹立たしいのぉ!!!」

「天照様ばかりに負担をかけるわけにはいきません」


 ケトゥスの左右から巨漢の豪傑と紅の槍騎士が己の間合いへと踏み込んだ。

 狙うは一点、巨大な眼。

 しかし、ケトゥスは自慢の巨体を身じろぐことすらなかった。

 まるで自らが傷を負うことはないと分かっているかのように。


「…ほう」

「なっ!」


 二人とケトゥスの間に人影が割り込み迎え撃ったのだ。

 義宗の剛腕から繰り出される地を穿つ一撃も、

 直秋の槍から放たれる鋭い刺突も防がれた。

 

 武器を打ち付けた反動を使って着地した二人の前に立っていたのはケトゥスからの口内から現れた男と少女だった。


「がははっ、儂の斧を弾く者など初めてじゃ。小娘、名はなんという?」

「……………」

「何じゃ喋らんのか?」

「もしくは喋れないかですね。そちらの少女も、こちらの方も」


 義宗の前には小柄な少女が、直秋の前には騎士風の偉丈夫が対峙している。

 どちらも感情が抜け落ちたかのように無表情でぴくりとも顔は動かない。


「井伊の小僧、こやつらできるぞ」

「そのようです。鯨狩りの前の準備運動、にしては贅沢なほどに」


 歴戦の猛者である二人は一度刃を混じえただけで理解した。

 対面する者達が自分たちと同等以上の実力を持つことを。


「儂はあの小娘をやる。儂の一撃を流せる者など真田の子倅以来じゃからな。大男の方は任せたぞ」

「承りました。私としてもあの黒騎士の槍さばきは見過ごせません」


 二人の狙いはあくまでケトゥス。

 並の相手であれば無視してでもケトゥスへと向かうが対面する猛者たち相手では背を討たれるのみだとわかりきっている。


 突如現れた謎の少女と黒騎士と二人の武士もののふによる壮絶な一騎討ちが始まった。





 優勢とは言えずとも拮抗へと向かっていた戦況が大きく揺らいだのをルクスは感じていた。

 きっかけとなったのはケトゥスの体内から現れた三人。

 あらゆる本の知識を持つルクスでさえ何が起きたのか分からなかった。


「体内から人…? いや、人にしては魔力量が多すぎる。魔物ではないとすれば……? その前にあれは召喚魔術なのか…?」


 ルクスは手を顎に当てて高速で思考を回す。


 自らの知識で理解できなかった時、深く考え込んでしまうのは彼の悪い癖と言える。

 いつもならアウリーが思考世界から現実へと引き戻すのだが最上位精霊である彼女は大きく目を見開いていた。


「…魔人」


 漏れるように零れた単語はルクスを思考世界から引っ張り出すほどの吸引力を孕んでいた。


 今から二十一年前、大陸全土で勃発した人間と悪魔による大戦争。

 大陸北部に位置する多くの国が滅亡し十数万の人々が犠牲となったかの大戦で魔界からやってきた悪魔が人に受肉した存在が魔人と呼ばれる者たちだ。

 開戦当初は大群とはいえ知性のない魔物が多かったこともあり各国も耐え忍んでいた。

 しかし、魔人が前線に現れ魔物か組織的に動くようになってしまうと一日と持たずに蹂躙され滅亡する国が多く出た。

 最終的にはアルニア皇国北部国境にてシャラファス王国の精霊使いと勇者が魔人を一体討伐に成功した。

 時を同じくしてルクディア帝国の大陸北部救援軍に参加していたS級冒険者と帝国騎士団団長がそれぞれ魔人を討伐して魔人戦争は終結した。


「二十一年前に確認された魔人は三人で全て討伐されたはず…。アウリー、あれは本当に魔人なのか?」

「私が知っている限りあれほど魔人に似ている存在はないよ。でも…」


 アウリーは改めて魔人と思われる三人を注視した。

 どうやら何か引っかかるらしい。


「あれが魔人だとしたらスオウだけの問題じゃなくなるな」

「過去の大戦の時、私は北部を少し彷徨ったけれど大地は荒れ果て、村や街は炎に包まれて死体の山を魔物が喰い散らかす、まさに地獄という言葉を体現するような光景だった」

 

 二度と繰り返してはならない。

 終戦後に行われた人類会議では一つの盟約が結ばれた。

 

 例え戦争中であろうと再び魔人が現れたときは必ず手を取り合って戦うこと。


 しかしここは大陸も違う上に島国。

 援軍を望んだところで到着する頃にはスオウという国が滅びていることだろう。

 今を戦う俺たちに取れる選択肢は一つだけ。


「…今ある戦力でケトゥスも魔人も退ける。口で言うには簡単だけど……さすがに厳しいな」

「でも見てよあれ」


 アウリーが促す先にはありえない光景が見えた。

 あろうことか魔人と一対一で渡り合う人の姿があったのだ。


 瞳孔をこれでもかと開いた老人が楽しげに少女のような魔人と闘い、全身を赤い甲冑で包んだ男は卓越した槍技で黒騎士と互角に打ち合っている。

 まさしく強者同士の死闘。

 俺にはとても追いきれないほどの動きだ。

 だが同時に疑問が湧き上がる。


「…魔人にしては弱くないか?」

「私もそう思う。いくらあの二人の人間が強いといっても魔人が相手ならもっと押されてるはずなんだよね」

「そうだよな。それにあの日俺たちが倒した奴らよりも感じる魔力が少ない」

「懐かしいね。私とルクスの初めての共同作業」

「…あながち作業だったからなんとも言えないな」


 皇国の図書館にはかつての魔人戦争の記録書があるし俺も実は交戦経験がある。


 記録書の内容自体は戦局の推移や人類のとった戦略などが主だが魔人についての記載もある。

 魔人は常人離れした身体強化と強力な魔術を駆使して戦ったと伝わっている。

 確かにあの魔人?達も身体強化は使っているが常人離れというには些か弱い。

 それにもうひとつ気になることもある。


「あの黒髪の魔人を見てサキさんは激しく動揺していた。魔人だとしたら知ってる顔がいるのはおかしいよな」

「……そんな」


 いつも穏やかなアウリーの表情が歪み膨大な魔力が放出された。

 俺たちの周囲だけでなく戦場にも一瞬、風が吹き荒れた。

 こんなにもアウリーが感情的になるのは珍しい。


「どうかした?」

「…音がないの」

「音?」

「あの魔人…ううん、あれは元々人間だったんだよ」

「人間…?」


 改めて魔力の動きを見るがとても人間の出せる出力では……いや、人間だった?

 ふとスオウ国営図書館で語られたサキさん達の過去が頭をよぎった。


『動けない私たちを尻目にアイツは眠る天照へと目を向けて口を開き、地面ごと飲み込まうとした瞬間、唯一動けた雀が天照を立ち上がりかけていた私の方へ投げ渡した。雀はそのままアイツに飲み込まれた。』


 あの話を聞く限り遭遇していた存在がケトゥスだったのは確実だろう。

 もし、サキさんのことを命を賭して守った彼があの黒髪の青年だとしたら……。


「まさか…喰らった存在を…使役しているのか…?」

「…使役なんて生ぬるいものじゃないよ。あれは死者の身体に無理やり魔石を埋め込んで動かしてる。私が聞き逃すわけがないもん。聞こえるはずの鼓動の音がない時点で既にこの世を生きる存在じゃない。…こんなの死者への冒涜でしかないわ」

「…っ! ふざけた真似をっ…!」


 内なる魔力が暴走しそうになるのを理性で制御しながら冒涜者である鯨へ目を向けると奴は愉快そうに嗤っていた。

 あれがかつて賢者と呼ばれていたのは確かだ。

 しかしどうだろう。

 魔に堕ちた奴は既に死者すら辱める愚者へと成り下がった。

 生きとし生けるものに平等に訪れる死を否定し望まぬ戦いへ駆り立てる。

 彼も自らの命と引き換えに守った相手と敵対など絶対にしたくはないだろう。


「お前がその気ならもう俺も手段は選ばない」

 

 体内で渦巻く膨大な魔力を右手へと集める。


 覚悟を決めた。

 アイツだけは許してはいけない。

 無邪気で、奔放で、責任感が強くて、とても優しい彼女の笑顔のためにも。

 

「いいんだね?」

「介入はする。けど俺たちがあのクソ野郎をたおせばきっと世界中に事の顛末が広がって俺たちの存在が露見してしまう。だから俺がするのはあくまで援護だ。彼を止めてあげるには役者が足りないだろ? 俺は()()()()()を喚んであげればいい。()()()の元に行けるか?」

「そういうことね。でも…」


 アウリーは少し頬を膨らませて不満げに俺を見つめる。


「…私のルクスなのに妬けちゃうなぁ」

「今回だけだから頼むよ」

「じゃあこの戦いが終わって図書館に帰ったらいっぱい甘やかしてね」

「はいはい」


 普段供給する十倍以上の魔力を込めた俺の右手をアウリーは微笑みながら両手で持って口付けをした。

 右手に溜まっていた魔力の全てを吸収した彼女は恍惚とした表情を浮かべながら唇を離した。


「はぁ…こんなに濃厚な魔力を貰ったら癖になっちゃうかも…」

「ご褒美じゃないけどたまにならいいぞ」

「なら頑張らなくちゃ! 行ってくるけどあっちが片付いてなかったらどうする?」

「俺がいなければバレないだろ。適当に彼女らの功績にして吹き飛ばしちゃえ」

「はーい」


 スキップでもしそうなほど上機嫌なアウリーの姿が風と共に消えた。

 彼女らの元に向かったのだ。

 さて、俺もそろそろ鬱憤がかなり溜まっている。

 最低限の援護はさせてもらおう。

 

「準備が終わるまでそこで大人しく見てろ」

 

 ケトゥスの身体の周囲に結界を張った。

 魔術書を読んで結界魔術を知った時はイメージが曖昧だったため耐久力が低すぎて実用的でないと切り捨てていたがスオウに張られていた魔封じの大結界やサキさんの結界術を見たおかげでかなりイメージが固まった。

 並の魔術師や魔術書の通りにしか結界を張れないような者が張った結界では奴は簡単に突破するだろう。

 だが、俺が術式に改良を施し有り余る魔力を注ぎ込んだ代物なら話は別だ。


 張られた結界に気づいたケトゥスは水弾を放ったり身動ぎしようと試みるが結界はヒビすら入らない。

 

 今まで結界は対象と対象を隔てる万能な壁というイメージが強かったが網目状にし魔力を引き延ばして注ぎ込むことで伸縮性を付与できるとわかった。

 現にケトゥスが何をしても結界に綻びは生まれない。

 これでアウリーが戻るまではアイツは動けないし戦いに介入できない。


 一つ懸念があるとすれば…。


「さっきの魔力供給といいこの結界魔術といい魔力を使いすぎたな」

  

 俺の魔力自体はまだまだ余裕がある。

 そうではなく魔力感知がある程度できる者なら俺の存在に気づいたかもしれない。

 気づいても戦いの最中にいるだろうからどうしようもないだろうけど。


「一応移動しておくか」


 そう呟き俺は天守閣を離れるのだった。

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