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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
35/76

喪友

 ただ寝返りをするかのように転がり相当数の兵の命が潰えた。

 顔を見たこともなければ話したこともない人々が大勢死んだのだろう。

 俺だって人の死に動揺しないほど人間性を捨てていない。

 だが……!


「今動いちゃえばケトゥスは私やルクスを警戒しちゃう。そうなれば決めるべき盤面で決めれなくなる」

「わかってる。でも…」


 そう頭ではわかっている。

 アウリーの言うことは正しい。

 俺とてこの状況で精霊の存在を隠すことはもう考えていない。

 幸いにもここは異国の地で皇国の者は僅かだ。

 オリベ国主も恐らく協力してくれるだろうし上手く誤魔化せる可能性は高い。

 しかし、今は動くべきでは無い。

 俺は奴の知らない予想外の存在のはず。

 つまり切り札になり得るのだ。

 

「大丈夫。あの子も戦場に向かったから状況は良くなるはずだよ。それに…」

 

 言葉を切ったアウリーが背中から腕を回し俺を抱きしめた。


「ルクスの心の在り方はとっても暖かくて人間らしくて私は大好きだから。新たな精霊王を、この地の人間を信じて」

「…わかった。ありがとう」

「ふふっ、いいえ」


 俺は改めて戦場へと視線を向ける。

 ちょうどそこには黄金の輝きと共にある少女がたどり着いていた。



 


「損害を報告しろ!」

「みっ…右側面に攻撃をおこなっていた歩兵部隊の八割が…魔獣の下敷きになりましたっ。恐らく死傷者多数…! 赤騎団が離脱の際に連れ出した歩兵以外は討死したものと……」

「クソっ…戦力の三分の一がただ転がっただけで…!」

「…報告します! 右翼歩兵は壊滅した模様! 内藤歩兵大隊長、馬場軍団長、甘粕将軍、朝比奈遊撃隊長がお討死…!」

「…そうか……」


 討死した四人の者はいずれもこの世界で何も知らない翼を気にかけてくれた恩人たちだった。

 何度も戦場を共にし窮地を救ってくれた知勇に優れた将たちだった。

 しかし、彼らの死を偲ぶ時間など今はない。


「右翼が機能していないなら左翼が危ない。一度左翼も下げて部隊を再編するよう各将に伝えろ」

「「ははっ!」」


 伝令が一斉に走り出したのを見届け今もこちらを見つめる大鯨を睨みつける。

 間違いなく自分を警戒している。

 不用意に動けないと思った時、視界が光に染まる。


「天照様…?」

 

 その姿は戦場に集う全ての者の視線を集める。

 魔力を認識できるようになった翼はその姿に疑問を抱いた。

 何度か戦場で目にした時と同じように重圧を感じるがそれよりも…


「魔力が…多すぎる…!」


 今までの彼女の魔力量が十であったなら今は百をも超えている。

 いや、今も増え続けているのだ。

 

「私の愛する場所を、大切な人々を、そして…お母様を奪ったお前だけは絶対に倒す」


 いつものふわふわとした空気は微塵もない。

 あるのは圧倒的なまでの重圧と殺意のみ。

 当然ケトゥスの意識は彼女にのみ注がれる。

 自らを殺しえる存在であると理解しているからだ。


「はぁぁっ!!!」


 天照から八十を超える光線が同時に放たれた。

 対するケトゥスは魔力障壁を何重にも張って迎え打つ。

 一つ一つの障壁が並みの魔術師百人の一斉砲撃を余裕で防ぎ切るようなものであったが、


「舐めるな獣」


 一つたりとも防ぎ止めることができずに全てが命中する。


 フィァア゛ア゛゛ッッア゛ア゛ア゛!!!!!


 ケトゥスは痛烈な叫びをあげてもがき苦しむ。

 あれだけ硬かった身体の表面には焼け爛れ肉の焼ける匂いが辺りを支配していた。

 歓声を上げる兵たちには見向きもせずケトゥスは天照だけを見ている。

 そして苦しげに嗤った。

 おもむろに大口を開ける中から三つの人影が現れた。


 一人は漆黒の鎧にまとって大剣を担ぐ偉丈夫。

 一人は露出の多い革鎧を着た小柄な少女。

 そしてもう一人。


「なんでっ…そんなはずがっ…!」


 激しく動揺したのは天照だ。

 先ほどまでの威圧感が少なからず霧散したのを翼だけは感じていた。

 

 夜の帳の如く黒い髪を後ろで結び、物憂げで優しい目元、絵に描いたように整った顔立ち。

 忘れるはずがない。


「…じゃく…なの?」


 かつて家族のように共に過ごした青年。

 そして自分を守るために命を落としたはずの喪われた仙人の一柱。

 夜天雀陰真君やてんじゃくいんしんくんがかつてと変わらぬ姿でそこにいた。

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