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読書家皇子は精霊に愛される  作者: 月山藍
第二章 仙国スオウ編
34/103

対峙

本日二話投稿です。

 忌まわしい。


 矮小なる身で姑息に這い回る人間どもが忌まわしくてならない。


 かつてはあらゆる命が愛おしく見えていたというのに。

 あれらを守護していたというのに。

今となってはただただ煩わしい。


 いつからそう思えるようになったのか。

 否、これこそが我が本心だったのだ。

 

 今こそ目障りな小さき命を我自ら蹂躙するのだ。

 

 震えよ。


 崇めよ。


 我こそは世界の守護者たる大賢者なり。

 汝らの塵のような命、そのことごとくを喰らい尽くそう。





 主戦場となっている仙国スオウの首都キョウトへと四大聖獣の一角が迫るが歩みはそれほど早くない。

 だが、その巨躯は前進する都度に大波を引き起こす。

 僅かに残っている艦隊が海の上で大きく揺れる。

 波止場や沿岸にも波が乗り上げていた。

 

『前線後退! 魔物の残党に留意しながら二番街前までラインを下げる!』

 

 総大将でもあり指揮官でもある翼は素早く前線を下げさせた。

 その甲斐あり大波による人的被害は抑えられていた。

 

「さて…魔物の残党はもうすぐに処理できるだろうけど…」

「あの鯨が問題ですね」


 上からの声に翼が視線を向けると白鳳騎士団長をはじめとした女騎士達が降りてきた。

 全員怪我はないようだが純白の鎧やマントは返り血が目立っている。

 

「モウリ殿、この場に集うスオウの戦力でアレに打撃を与えられる者はどれほどいらっしゃいますか?」

「鬼島津衆と赤騎団、加えて僕といったところですね。そちらは?」

「あの鯨と戦いたくて仕方がない脳筋騎士が三十名、魔力切れが近く魔術が満足に使えない我々白鳳騎士が二十名です」

「アンジーナ団長、私も加えてください」


 後方からでやってきたのは奇襲部隊を壊滅させたレインと赤騎団だった。

 レインも騎士達ほどではないが返り血や泥に塗れている。


「後方に現れた魔物は全て打ち倒してきました」

「民の壁となって救ってくれていたのは貴女でしたか。指揮官として、そしてスオウの者として感謝を」

「当然の行いをしたまでです。状況はいかがですか?」

「正直に言いましょう、手詰まりもいいところです。退くことはできないが戦力もない。何より海に浮かぶ鯨への攻撃手段が不足していますから」


 人が自由に動けない海上では鬼島津の白兵能力も、赤騎団の機動力も、黒鳳騎士の戦闘力も満足に発揮できない。

 遠距離攻撃の手段であった艦隊も既にかなり数を減らしている。


「とはいえあの巨大な鯨が上陸するようなことがあればこのキョウトにどれほどの被害が出るか見当もつかない…。どうするべきか」

「海に足場を作る…というのはどうでしょう?」

「なるほど、マルシア海戦の再現ですか。しかし、この場に雹彩凍流真君はいませんよ。いや……まさか」

「はい。私が海に足場を作ります」

「……氷風の才女の名声は僕も知っています。でもあの鯨に打撃を与えられる貴女が足場と引き換えに魔力切れとなれば戦力も決め手も少なくなってしまう。それに……可能なんですか?」

「凍らせて足場を築く程度なら可能です。それと魔力切れの懸念は必要ありません。魔力測定の際に計器を壊すほどには魔力がありますから」


 翼はもちろん、魔術をよく知るアンジーナや白鳳騎士たちもレインの言葉に驚かずにはいられなかった。

 魔術を扱う者ならば必ずおこなう魔力測定では魔力の量によってランクをつけられる。

 上から、

 S級…国に数人

 A級…師団長級魔術師

 B級…上級魔術師

 C級…中級魔術師

 D級…下級魔術師

 E級…一般人

 となっている。

 余談だが、アンジーナを含む白鳳騎士は全員がB級のエリート集団である。

 彼女らにとって計器を壊すというのは衝撃だった。

 魔力測定器が世に流通してから数十年は経っているがそんな話は初めて聞いた。

 本当だとすれば世界一の魔力量を誇る魔術師ということになる。


 「それしか手段はないと思いますがどうされますか?」

 

 驚愕の事実を言われればレインの提案に乗る以外に選択肢はなかった。

 圧倒的な存在に挑む勇者たちは手早く作戦を決めて決戦の場へと向かった。



 


  海の支配者たる四大聖獣が迫り大波が押し寄せる中、その歩みを止めるべく少女は建物の屋上から鯨を見据えた。


「四大聖獣だろうと無辜なる民を狙ったことは事実。聖獣であろうと私はあなたを許しません」


 先の戦いと同じく無詠唱で氷槍が浮かび上がる。

 水系統魔術第九階位に属する『凍龍槍』

 その数、十本、矛先は怨敵たる四大聖獣。

 一斉に放たれた氷の大槍は揺らぎなくケトゥスへと突き進む。

 対するケトゥスも迎撃の水弾を放つが落ち落とせたのは四本のみ。

 一本でA級の魔物を貫き殺した槍が六本命中した。

 先に三本が顎を穿ち、顔が持ち上がる。

 持ち上がったところにダメ押しの三本が突き刺さりその巨体が大きく浮く。


 ア゛ア゛ア゛ア゛ッッア゛ア゛ア゛!!!!!

 

 空間をつんざくのではないかと錯覚してしまいそうな断末魔の如き咆哮が上がった。 

 巨大な身体が持ち上がった瞬間を逃さずにレインは次なる魔術を行使する。

 変化は劇的だった。

 ケトゥスを中心とした半径二百メートル近い範囲の海を凍結させたのだ。

 加えて港からケトゥスの元へ続く数百メートルの氷道を作り上げた。

 それはまさしく偉業。

 人の身でありながら精霊と人間のハーフである仙人に匹敵する力を見せつけた。

 これで士気が上がらないわけがない。 


「さぁ、スオウの勇士達よ。盟友たるアルニア皇国の者達に任せてばかりで良いのか? 良いわけがないたまろう! 征くぞっ! ここはスオウ、我らの祖国を脅かす魔物は我らの手で打ち倒す! 我に続けっ!」


 総大将の翼が自ら赤騎団と鬼島津衆を引き連れて先頭を駆けていくと末端の兵達も一斉にケトゥスへ続く氷の道を走っていった。


「私たちも行きましょう」

「えぇ。この戦いを終わらせましょう」


 アルニア皇国組もスオウ軍に続いた。

 ケトゥスとの距離が近づくほどその大きさに圧倒されそうになる。

 全長数百メートルを超える巨躯、口から覗く龍の爪の如き歯牙、苦しみに悶えながらもこちらを見つめるギラつく眼。

 等しく全員が恐怖を抱く中で先頭を走る翼がミストルティンを構えた。

 神の残滓に反応してか翼へ向けて水弾を放つケトゥス。

 

「そうくるよね」


 予想していた翼はつがえた矢を拡散させずにそのまま放った。

 魔導砲のように真っ直ぐと飛ぶ矢は水弾を撃ち貫きケトゥスの左頬辺りに着弾した。

 同時に鬼島津衆と赤騎団が左右に展開し巨躯の側面を狙い攻撃を仕掛ける。

 中でも目立つのは身の丈以上の大斧を振るい硬い毛皮を切り裂き分厚い肉を削ぐ老輩の大男と巨大な槍をケトゥスへと突き立てる壮年の男性だ。


「があっはっはっはっ! この大鯨、思ったよりもやわいのぉ!」

「ご油断召されるな。魔に堕ちたとはいえ世に名の知れた聖獣、この程度では終わらないでしょう」

「がははっ! その方が存分に楽しめるのぉ!!!」


 齢六十を超えてなお衰えを感じさせない鍛え抜かれた上半身を惜しげもなく晒しながら戦い笑う翁。

 島津家前当主、島津義宗しまづよしむね

 

 燃え盛る炎を彷彿とさせる真紅の甲冑に身を包んだ騎兵の中で一際異彩を放つ長烏帽子型の兜と表情を悟らせない面頬をまとった男。

 赤騎団団長であり代々団を率いる井伊家の当主、井伊直秋いいなおあき


 開戦から圧倒的劣勢だったにも関わらず戦況が傾かなかったのは百戦錬磨の将が前線で奮戦したからである。

 早期に敗北とならなかったのは二人の奮戦によるものといっても過言ではない。


「乱戦が予測されるので指揮権を分けます。お二方はそれぞれ左面の島津衆と右面の赤騎団の指揮をお願いします。僕は正面の兵をまとめますので」

「がっはっはっ! 任せい! うちの連中のことは倅が勝手にやるでな! 儂は気ままに暴れる方が都合がよかろうて」

「承った。毛利殿もご武運を」


 二人の豪将達が各々の部隊の方へと駆けていった。


 巨大な体躯を持つケトゥス相手では広域への指揮が難しいと考えた翼は左面を島津衆、右面を赤騎団の将に任せて自身は正面の兵の指揮に集中することにしたのだ。

 そして兵の指揮だけに集中できる相手ではないと翼もわかっている。


「僕が戦いに加わらなければ元より無いに等しい勝算が皆無になっちゃうしね」


 翼は山のように巨大な鯨を見上げながら改めて言った。

 この間にも兵たちはケトゥスへ矢を射掛け、槍を刺し、刀で斬りつけ、槌や斧を打ち込んでいるが、ケトゥスが苦しんでいる様子はない。

 自分が死ぬことなどあるわけが無いと考えているような振る舞いを見て翼はケトゥス視点に立ち思考を回してみた。


 もし自分がケトゥスの立場ならどうするか。

 無数の小人に針を突き刺され僅かに斬られる。

 痛くもない刺激が永遠と繰り返される。


 ……間違いなく苛立つだろう。

 そうなればどうするか。

 子どもが道端を歩く蟻を見つけた時の行動と何ら変わりないだろう。

 ただ行動の大きさが数百倍の規模感になるだけの話。

 ケトゥスの身体が左に傾いた。

 まるで助走をするかのように。


 何をするか悟った翼は拡声器を無造作に掴み全力で叫んだ。


『総員退避ぃぃぃぃ!!!!』


 声が轟いた数秒後、背を向けて走り出した兵たちは垣間見た。

 先程まで近くにあった黒き山のような身体がもっと近くにあることを。

 分厚い氷の地面に亀裂をいれながらケトゥスは二回ほど転がった。

 戯れのような行動の結果は悲惨なものだった。

 右面から攻撃をしていた兵士達が為す術なく押し潰され氷の大地に血と肉の花を彩らせた。

 難を逃れたのは頭部や尾の付近にいた兵と騎馬に乗る赤騎団のみ。


 ただ転がるだけで総兵力の三分の一を蹂躙した四大聖獣の口元は歪むように口角が上がっていた。

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